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2015年11月13日
今日は試験前最後のソユーズシミュレーション訓練がありました。
ミスなくこなして、気持ちよく試験に臨むつもりでしたが、最後に落とし穴が待っていました。
シナリオは、ISSからの離脱とそれに続く軌道離脱噴射、地球への帰還までです。
いくつかハイライトをご紹介すると、ISSから離脱して、軌道離脱噴射の準備を開始したところで、メインエンジンの燃料加圧システムに異常が起こりました。
エンジンに燃料を送るために、高圧のヘリウムガスが使われているのですが、そのヘリウムガスタンクのバルブを開くと、エンジンを点火していないにも関わらず、ガスの量が減っていくのです。
開いたバルブを再度閉じると、減少は止まりました。
つまり、バルブよりも下流、燃料タンクまでの間のどこかでガスが漏れていることになります。
幸い、バルブさえ開かなければガスは漏れていかないので、通常通りのエンジン噴射を行うことにしました。
漏れていくテンポから算出して、エンジン噴射の間だけバルブを開くことにしてやれば、十分最後までエンジン噴射を行うことが出来そうだったからです。
ところで、軌道離脱のためのエンジン噴射ですが、もしその途中で例えばエンジンが停止したり、メインコンピューターが故障したような場合、そこまでのエンジン噴射が小さければ、クルーは一旦そこで軌道離脱を止め、地上と連絡を取り、次の軌道離脱のチャンスを待つことになっています。
その場合、最低でも地球1周回分は遅れるので、90分近く待たなくてはなりません。
ヘリウムガスの漏れがあると分かっている以上、私はこの90分近く待つというのが気持ち悪いなと思いました。
漏れの原因もわかりませんし、時間と共に悪化するかもしれません。
それなら、一度のチャンスで軌道離脱噴射を完了させてしまった方がリスクが少ないように思います。
メインエンジンが停止したら、補助エンジンで補てんすれば良いわけですし、メインコンピューターが故障しても、機能は劣りますがバックアップのコンピューターで噴射は続けられるので。
アナトーリからは、その点に関する指示や話が出なかったので、私から口火を切りました。
「もしエンジン噴射が途中で止まったら、ガスのリークもあるし、そのまま続行する方向で対処した方がいいかな?」
それに対するアナトーリの反応はそっけないものでした。
「その必要はない。バルブを閉じて、リークが止まっているのだから、この問題はこれ以上は深刻にはならない。だから、エンジン噴射が途中で止まった場合の対応も、いつも通りでいい」
ガス漏れのリスクに対する考え方が、アナトーリと私とではっきりと異なっていることがわかった瞬間でした。
先ほどは説明しませんでしたが、エンジン噴射が止まった場合、バックアップの方法でそのまま続行することには、それはそれで別のリスクがあります。
メインエンジンが止まった原因もわかりませんし、メインエンジンを使えないことによる計画とのずれが生じる可能性があります。
それよりは、一旦軌道離脱を中止して、じっくりと対策を練ったうえで再度実施する方が、その点に関してはリスクが低いのです。
要するに、アナトーリと私とで、どちらのリスクをより危険と取るかの判断が違っているのです。
私はそれ以上何も言いませんでした。
なぜなら、リスクを定量的に評価できない以上、どちらのリスクがより高いかは、たぶんに主観的な判断になってしまうので、そこで相手を説得するだけの材料はアナトーリも私も持ち合わせていません。
もし私がコマンダーなら、軌道離脱は続行するでしょう。
しかし、このソユーズの実際のコマンダーはアナトーリなので、最終的な決定権限は彼が持っています。
その彼がはっきりとした意思を示している以上、それに従うのが私のレフトシーターとしての責務です。
もし仮に、これがはっきりと正解のある問題だとしたら、そしてアナトーリが間違っていると思ったら、私は自分が納得するまで会話を続けたでしょうが、この問題はそういうシンプルな問題ではありません。
こういう状況で大切なことは、自分の考えを相手に伝えることだと思っています。
もちろんそんなことはないでしょうが、アナトーリが私が懸念しているようなリスクを全く考えていない可能性もあるわけです。
そこで私が自分なりの考えを伝えることによって、少なくともコマンダーに別の選択肢を提示することになります。
その上で、コマンダーが下す決定には、私は喜んで従うことが出来ます。
この問題への対応に関しては、クルーとして良い対応が出来たなと思います。
そんなこんなで。
エンジン噴射が始まりました。
注意深くエンジンのパラメーターをチェックします。
先ほどのバルブを開いてからは、やはりヘリウムガスが漏れていっています。
でも想定通り、エンジンを最後まで噴射するには十分そうです。
軌道離脱を中止するかどうかの判断ポイントとなる既定の噴射時間を超えました。
これ以降は、どんな問題が起こっても、最後まで軌道離脱を行うことになります。
パラメーターは依然として正常です。
予定しているエンジン噴射の5分の4が終わったあたりで、メインコンピューターが故障しました。
システムが自動でバックアップコンピューターに切り替わるので、その切り替わりが正常に行われたことを確認していきます。
と、今度はメインエンジンの出力が低下しています。
何らかの不調が生じているので、こちらも手順に従って、メインエンジンの停止操作を行い、補助エンジンを点火しました。
補助エンジンは、メインエンジンよりもパワーが劣る分、足りない噴射を補うためには、予定よりも長い時間の噴射を行う必要があります。
その差を算出して、無事に補助エンジンでの噴射を完了しました。
何とかインストラクターの猛攻を凌ぎきりました。
あとは、居住モジュールの切り離しと大気圏突入です。
モジュールの切り離しは、通常であれば自動で行われるのですが、先ほどのメインコンピューターの故障の影響で、手動で実施する必要があります。
手順に従って、切り離しに必要なコマンドを送信していきます。
切り離しまで、あと3分まで迫った時、視界の片隅でカプセル内の気圧が急降下しているのが目に留まりました。
かなり早いテンポです。
(ええい、この忙しい時に!)
幸い、ソコル宇宙服に身を包んでいるので、カプセル内が真空になってしまっても大丈夫です。
私がとっさに考えたのは、まずは目先に迫ったモジュールの切り離しに集中して、それが終わり次第、急減圧に対処すれば良いかな、ということでした。
アナトーリも同じ考えだったようで、
「今はモジュールの切り離しを優先。その後、急減圧への対応を実施」
という指示が飛びます。
今回は、2人の判断が一致したことになります。
予定時刻にちゃんとモジュールを切り離し、そのあと急減圧の対応手順を実施しました。
一件落着に思えましたが、通常よりも遅いタイミングで急減圧の対応手順を実施しながら、私の頭の中にもやもやと引っかかるものがありました。
何か、重要なミスをしでかしたような・・・
モジュールの切り離しを終えた頃には、船内の気圧は400mmHgを割り込んでいました。
通常であれば、その値まで気圧が下がるまでに、いくつかの安全化処置を行います。
その1つが、宇宙服への酸素供給バルブを開くことです。
それを行わずに、400まで下がっていました。
ということは、空気中の酸素の量は危険な領域まで低下していたのではないだろうか・・・
大体酸素の分圧が25%として、400の25%ですから、100mmHg。
これ以上低下すると生命にとって危険と言われる120mmHgを割り込んでいます。
いくら短時間とはいえ。
案の定、デブリーフィングで開口一番インストラクターに言われたのは、この点についてでした。
たかが3分、されど3分。
実際に生命の危険があったかどうかは別にして、いくらでも防ぐ手立てはありました。
アナトーリがモジュールの切り離し操作を行い、私がそれと並行して急減圧への対応を行うというのがまず1番の選択肢ですし、当面の対処として酸素バルブを開いておくだけでも十分な時間は稼げたはずです。
極端な話、モジュールの切り離しは多少時間がズレても、生命の危険には直結しません。
予定時間が迫っていた状況に焦って、明らかに優先順位をつけ間違えました。
何とも後味の悪い最終シミュレーション訓練になってしまいましたが、考えようによっては、訓練でこのミスをしておいて良かったと思います。
来週の試験、ましてや実際のフライトで同じミスをするより遥かにマシですからね。
これだけ厳しい訓練をやってきたわけですから、試験ではきっと大丈夫・・・のはず(;´∀`)
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