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JAXA宇宙飛行士によるISS長期滞在

2016年11月 4日

JAXA/NASA/Bill Ingalls

JAXA/NASA/Bill Ingalls


10/29 Part 2

ISSからバネの力で押し出された私たちのソユーズは、しばらくそのままISSの下方へと慣性飛行を続け、ある程度ISSから距離が離れたところで、1回目の補助エンジン噴射を行ってその速度を増しました。

ここから、ソユーズMS型機の初号機としてのテストを行いました。
MS型機から補助エンジンの構成が変わったので、手動操縦に切り替えてそれらのエンジンの性能をチェックするのです。
手動操縦に切り替えるコマンドを私が送信し、アナトーリの操縦で色々な動作を入力して機体がそれに対して問題なく反応するかを見ます。
アナトーリが入力するたびに、該当する補助エンジンがボッボッと鳴って機体に振動が伝わってきます。
2回目のエンジン噴射まで時間が限られているため、その間に予定された全てのテストを終えるべく、私はコマンドの送信で大忙し、アナトーリは操縦にかかりきりです。
テスト自体は5分程度で問題なく終了しましたが、次の2回目のエンジン噴射のタイミングがもうすぐに迫っていました。
2回目の噴射は、ソユーズをISSの前方に持って行く方向へ噴射します。

モニターに写っていたISSがあっという間に画面の外に流れ去っていきます。
ISSとのお別れです。

ISSから見て進行方向前方に加速した私たちのソユーズは、このあと軌道離脱噴射を行うまで、約2時間半ほどの間慣性飛行に移ります。
軌道力学に従って、ISSよりも増速したソユーズの軌道は地球に対して大回りになるので、長い目で見るとISSの後方へと下がっていくことになります。
もう少し具体的に言うと、ISSの前方に出た後、地球を1周する間にソユーズはISSの上方を通過してその後方に回り込みます。

慣性飛行に移ると、しばらくは何もすることがありません。
ここまでで既に長い1日になっているので、ここから先は睡魔との戦いです。
私は時折各システムのパラメーターをチェックしながら、合間合間で目を閉じてこのあとのビッグイベントに備えて少しでも心身を休めるようにしました。
と言っても、身体はソユーズの窮屈なシートに固定されたまま、膝をかかえたような態勢でほとんど身動きが取れませんが。
この先、間違いなく私のこれまでの人生で最も危険なフェーズに突入するはずなのですが、不思議と恐怖は湧いてきません。
長い歴史に裏付けされたソユーズ宇宙船の安全性は、これまでの飛行でも十二分に目の当たりにしています。
搭乗しているクルーとしても、それはそれは頼もしい宇宙船です。

そうこうしているうちに、ISSから通信が入りました。
セルゲイ、アンドレイ、シェインの順に声が聞こえてきて、

「この先、気を付けて!」

といった言葉を思い思いにかけてくれました。
私たちがモスクワの管制センターと逐一やり取りしている内容はそのままISSでもモニターされているはずなので、彼らも私たちの旅路の安全を祈ってくれているに違いありません。
ちょうどジェフたちが去った時の私たちがそうだったように。

私たちも、

「次は地上で会おう!」

といった言葉をそれぞれ返しました。

続いて、モスクワの管制センターから最新のデータが音声で送られてきました。
ISSから離脱する際に手動でテストやエンジン噴射を行ったため、多少当初予定していた軌道と異なる軌道に入っている可能性があります。
実際、軌道離脱噴射の予定時刻などが1秒早まっていました。
たかが1秒、されど1秒です。
ソユーズは、1秒間に8キロメートルというスピードで飛行しています。

03時06分34秒に開始される軌道離脱噴射に向け、1時間くらい前から準備が始まりました。
まずは宇宙船の中枢とも言うべきナビゲーションモードが立ち上がります。
角速度センサーや加速度計など、主要なセンサーが起動され、次に軌道離脱噴射に向けた姿勢の確立が始まります。

軌道離脱噴射というのは、宇宙船の速度を落として軌道を低い軌道に変え、大気圏に突入させることで減速して地上に帰還しようというものです。
従って、減速する為にはメインエンジンが進行方向前方を向くよう姿勢を変えなければいけません。
赤外線で地球の方向を知るセンサーを使って、この姿勢を確立しました。
ここまで、ほとんど全て自動制御で行われています。
この先も、着陸に至るまで順調にいけばほとんどの操作は自動で行われます。
私たちクルーの役目は、システムが正常に作動して、それらの操作がしっかり行われていることを確認することです。
もちろん、何らかの異常を見つけた時は、即座に対応する必要があります。

エンジン噴射に必要なデータが全て適切に入力されていることを確認した後は、静かにその時間を待つだけです。
その間に、エンジンの出力が低下した場合の対応や、その先のモジュール切り離し以降の注意事項などを頭の中で何度も反芻します。
なぜなら、こんなに静かな時間はもうこの先ないからです。
ひとたびエンジン噴射が始まれば、あとは着陸まで1時間弱の間に次々に重要なポイントがやってきます。

03時06分34秒。
予定通りの時間に、メインコンピューターによってメインエンジンが点火されました。
私たちの座る帰還モジュールから少し離れた位置にあるメインエンジンですが、ブーーーンという重低音が機体に響いてきます。
身体に緩い加速度がかかります。
ただ、大きな振動や音はありません。
とても静かな軌道離脱噴射です。
その中で、エンジンのパラメーターや加速度、減速した速度を示す値だけが、画面上で刻一刻と変わっていきます。
どんな小さな異常も見逃すまいと、それらのパラメーターをひたすら注視します。

軌道離脱噴射は、4分半ほどの間に秒速128メートル分、ソユーズの速度を減速させます。
元々秒速8キロメートル近い速度で飛んでいるわけですから、減速分はほんの1.5%強に過ぎません。
ほんのそれだけの減速で、私たちの乗るソユーズは軌道上に留まっていられるだけのエネルギーを失い、大気圏に突入するのです。

メインエンジンは期待通りの働きで噴射を終え、そこからモジュールの切り離しに向けた自動シーケンスがスタートしました。
もう既に、宇宙船は不可逆の領域に突入しています。
あとはどんなことがあっても、地球に向けてこの宇宙船は落ちていきます。

まず、頭上のハッチの向こうにある居住モジュールが真空状態に減圧されました。
モジュール切り離しの際に、居住モジュールに空気が残っているとその空気の噴射圧で予測できない挙動をする可能性があるので、その前にしっかりと空気を抜いておかなければなりません。
つい数時間ほど前に自分たちがいたスペースが、ハッチ1枚隔てた向こう側が、今はもう真空状態になっているというのは何とも不思議な気分です。

モニター画面に表示されている現在の宇宙船の高度は、400㎞あたりから最初はゆっくりと、やがてそのテンポを早めながら下がっていきます。

・・・350㎞・・・300㎞・・・250㎞・・・

窓の外に見える地球は日陰に入っていますが、水平線は横から差す太陽に照らされて微かに明るく輝いています。
高度が下がっていくにつれ、心なしかそれらの景色の見え方も変わっていくように見えます。

モジュール切り離しに続いてすぐ大気圏突入が始まるので、アナトーリが

「Gがかかり始めたら、ハーネスをどんどん締めていくように」

と言いました。
Gによって身体がシートにぐいぐいと押されていくので、それを利用してハーネス(シートベルト)をきつく締めあげようというわけです。
モジュール切り離しまであと6分ほどになったところで、ソコル宇宙服のヘルメットを閉めます。
このあと着陸まで、これは閉めたままです。
ヘルメットを閉めると、途端に周囲の騒音が小さくなりました。
聞こえるのは、頭のすぐ後ろあたりから宇宙服の中に吹き出ている酸素の音だけです。

・・・200㎞・・・150㎞・・・

高度が下がるペースが速くなってきました。
もう間もなく、モジュール切り離しです。

03時33分39秒。
バンッという大きな音がまず1回。
火薬によってボルトが破壊され、モジュールの切り離しシーケンスが始まりました。
1秒ほど遅れて、バンバンッと同じくらい大きな音が2回連続で鳴って、カプセルが軽く揺れたのがわかりました。
居住モジュールとエンジン区画が、正常に私たちのいるカプセル部分から切り離されました。

ソユーズは団子3兄弟のような形状をしていますが、いよいよ真ん中の団子だけになったわけです。
その心細さといったら、なかなか経験したことがないものがあります。

少しして、ゆっくりと身体にGがかかり始め、モニター画面の表示が0.1Gに変わりました。
大気圏突入です。
高度は約80㎞。
カプセルが小刻みに振動を始めました。
ヘルメットを閉めているのでソコル宇宙服の中は蒸し風呂のように暑くなっていて、汗が噴き出します。

カプセルはロール角を制御しながら目標の着陸地点目指して降りていきますが、ロール制御用のスラスタ―が噴くたびにゴンッゴンッと言った鈍い音がヘルメット越しに聞こえてきます。
このスラスタ―の音は、初めて聞く音です。

窓の外が、オレンジ色のプラズマで一気に明るくなりました。
火花のようなプラズマが、窓の外で自分たちの後方に流れ去っていきます。
Gが上昇を続けています。
やがて窓の外側が焼けこげ、真っ黒になってしまいました。
振動が一段と激しくなりました。

もし、この場面を外から見ることが出来たなら、私たちのカプセルは文字通り火の玉状態になっているに違いありません。

(我ながらクレイジーな状況に身を置いているな)

という思いが沸き上がってきて、途端に可笑しくなりました。
Gに耐えながら、多分私は笑っていたと思います。
この方法が、宇宙から還ってくる一番安全な方法であることは歴史が証明していますが、それを一番最初に考案した人はきっと自分で試していないに違いありません。

最大Gとなる4Gに差し掛かるとさすがに呼吸がし辛くなってきます。
星の街でのセントリフュージ訓練を思い出し、お腹で息をします。
顔の筋肉が横に引っ張られているのがわかります。
カプセルの状況を読み上げる自分の声が、少しハスキーボイスになっています。

アナトーリが、同じようにハスキーなボイスで

「ハーネスを締めろ!」

と言うので、その緊迫した内容とハスキーボイスの絶妙なアンバランスさに、思わず吹き出しそうになりました。
既に私のハーネスはきつく締めあげられています。

Gがかかって手元の手順書を読み上げる余裕がなくなるかもしれないと思い、強烈な衝撃が襲ってくるパラシュート展開予定時刻は、頭の中に入れてあります。
その時間が迫っていました。

「パラシュート展開まであと2分!」

と、私がハスキーボイスで叫びました。
経験者が皆、口を揃えてその衝撃のすごさを物語るパラシュート展開がすぐそこまで迫った頃、ひゅうひゅうという風切り音が聞こえてきました。
ヘルメット越しに聞こえるということは、相当大きな音なのでしょう。
高度は約10㎞あたりまで下がってきているはずです。
10㎞と言えば、普通に旅客機が飛んでいる高度です。
そこまでカプセルで突っ込んできて、一気にパラシュートで減速しようというのです。

風切り音が、ゴウゴウという轟音に変わり、カプセルの周りが厚い空気の層に覆われているのを実感したその刹那、

ガクンという衝撃と共に、パラシュート展開シーケンスの発動を告げる警告音が鳴り響きました。
と思う間もなく、カプセルがグルグルと回転を始めました。
どっちの向きに回っているのか全くわかりませんが、展開したパラシュートに引っ張られ、カプセルがジェットコースターのようになっています。

ただ、正直に申し上げると、とんでもない揺れを想像していた分、若干拍子抜けしました。
期待が大きすぎたかもしれません(゚ー゚;A
時間も数十秒という短い時間でしたし。
でも拍子抜けするぐらい身構えている方が、きっと良いのでしょう。
もしかすると、重心位置やパラシュート展開の微妙なタイミングで、通常よりも穏やかな揺れだったのかもしれません。

続いて、カプセルの底部に付いている耐熱シールドが放出されます。
こちらはほとんど衝撃無し。
ただ、その数秒後のパラシュートの「リフッキング」で、再びカプセルが大きく揺れました。
リフッキングというのは、これまで1点でカプセルを引っ張ってきたパラシュートが2点支持に切り替わる瞬間です。

さらに数秒遅れて、シートが持ち上がりました。
これは着陸の際に、ソフトランディングスラスターによる逆噴射が働かなかった場合に、着地の衝撃を和らげるためです。
シートが持ち上がった分、着地の衝撃を吸収してくれるというわけです。
何がすごいって、この持ち上げが文字通り一瞬で起こることです。
多分、まばたきしていたら気付いたら目の前に操作パネルがあった、という状況になるくらい一瞬です。
それが余りにも衝撃的で、3人で爆笑してしまいました。
一連の帰還の流れの中で、クリティカルな部分をほぼ通過した、という安堵もあったかもしれません。
これでまず間違いなく、無事に地球に還れるという実感が私の中で湧いたのはこの時です。

と、その時ケイトとアナトーリが何やら騒ぎ始めました。
足元の方を指差しています。
ヘルメットの中で首を回してそちらへ目をやると、ちょうどケイトとアナトーリの足元の間から煙が立ち昇っているのが見えました。
アナトーリが、

「普通のことだから心配ない」

と言う通り、これは事前に他のクルーやインストラクターからもその可能性を知らされていた現象です。
耐熱シールドの放出と同時に、カプセル内は外部と空気が筒抜けになるのですが、気圧が下がって空気中の水分が凝縮するからとも、外からカプセルがまとった煙が入ってくるからとも言われています。
過去に複数のクルーから同様の現象が報告されているので、私たちも慌てずに済みました。

あとは着陸まで、10分くらいパラシュートでフワフワと降りていきます。
やがてヘリコプターで周りを飛んでいる救援チームからの交信が聞こえてきました。
どうやら既に私たちのカプセルを目視で捉えているようです。
全くもって驚くべき着陸精度というしかありません。
1秒のズレが、8キロメートルのズレに繋がるわけですから。
刻々と変わる風などの大気の状況にも左右されるでしょうし、一体ぜんたいどうやって?と思わずにいられません。

船内の高度計表示が、ゼロに向けて減っていきます。
これは着陸予定地点の気圧を入力することで、気圧差を高度に換算しているもので、飛行機の高度計もこれと同じ原理です。

最後のビッグイベント、着陸の時が迫ってきました。
秒速数メートルで落下するカプセルを、ソフトランディングスラスタ―の逆噴射で秒速1メートルほどの降下率に接地直前で減速します。
高度500メートルくらいから、口を閉じて手順書を胸に抱き込み、耐衝撃姿勢を取ります。
話していると衝撃で下を噛む恐れがあるので、もう会話は交わしません。
200メートル辺りで、ヘリコプターから

「よーし、衝撃に備えろー!」

と指示が飛びます。
目視でその瞬間を正確に伝えてくれるのは本当にありがたいです。

ガンマ線高度計に連動して地表から1メートルでスラスタ―が逆噴射を行います。
また、着地寸前を知らせる警告灯が点き警報が鳴ります。
その音を聞いたと思った次の瞬間―

ゴッ‼‼‼

という強烈な衝撃。

自分の中では、ガシャンというイメージでいたのですが、大きな誤りでした。
一瞬で降下率がゼロになるというのは、衝撃としては本当に一瞬です。
ガシャンという暇はありません。
文字通り、ゴッ‼という感じです。
固い鉄板にぶち当たったような衝撃、しかしそれも一瞬で過ぎ去り、すぐに静寂がやって来ました。
自分はもちろん、他の2人とも無事なのは雰囲気でわかりました。

誰からともなく笑い出し、3人で手を合わせて喜び合いました。

03時58分。
私たちは地球に帰還しました。


(続く)


すみません、なかなか書ききれません(;´・ω・)
帰還直後の話はまた別途。



 
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