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2016年11月13日
お待たせしました、ソユーズ帰還編、最後の投稿です。
10/29 Part 3
通称"ソフト"ランディングで無事に地球に帰還した私たち。
しばしボーっと、自分たちの無事をかみしめたあと、着陸後もいくつか行わなければならない操作があり、アナトーリの指示でそれを進めていきます。
グローブを外すところまできて、アナトーリが救援チームに無線で尋ねました。
「カプセルはどんな状態で着地している?」
嘘みたいな本当の話ですが、この時点では私たちはカプセルがどういう態勢で着地したのかわかっていなかったのです。
重力が身体にどの方向からかかっているかわかりません。
ソユーズの着陸では、カプセルが横倒しになる可能性が高いのですが、着地の衝撃がすご過ぎて、自分たちが横倒しになったかどうかがわからないのです。
グローブを外した時に、どっちの方向に重力がかかるか心構えをしておかないと、グローブを取り落とすかもしれません。
そしてそれが他のクルーメンバーに直撃しないよう、尋ねたのだと思います。
「真っすぐ立ってるよ」
という返答で、初めて自分たちのカプセルが体操選手がピタリと足を揃えて着地を決めるように見事な着陸をしたことを知った私たち。
ほとんど風がない着陸だったのでしょう。
ひどい時は着地後にパラシュートが風で引きずられて100m近く移動したケースもあるので、私たちはラッキーでした。
注意深くグローブを外して、それを慎重にソコル宇宙服のポケットにしまいました。
そしてヘルメットを開けます。
途端に鼻をつく焦げ臭いにおい。
パラシュートで降下中にカプセルの中に煙が入ってきましたが、やはりあれは外からカプセルが焦げた煙が中に入ってきたのでしょうか。
ISSにいる間に、オレグからソユーズで地球に帰還した時に、「何だか変な臭いがした」と聞いていましたが、この臭いのことを指していたのかな。
まだこの時点では、興奮しているからか特に頭が回るとか、身体が重いとか、気持ちが悪いとか、そういった感じは全くありませんでした。
宇宙にいた時と全く変わらない感覚です。
着陸してからハッチが開けられるまで、どれくらいの時間がかかったのか全くわかりません。
私の感覚ではあっという間だったのですが、きっと20分近くかかったのではないかと思います。
救援チームの方々に危険が及ばないよう、降下中にカプセルをコントロールするための小型スラスタ―用の燃料が残っていないか、カプセルの安全化処置が適切に行われているかを慎重に確認しながらハッチが開けられました。
ハッチはカプセルの内側に開くので、それを妨げないようにアナトーリが身を縮め、外からの操作でハッチが開きました。
ひんやりとした空気がさーっとカプセルの中に入ってきて、ハッチ越しに3人の人の顔が見えました。
4か月ぶりに見る、自分たちのクルー以外の人間です。
3人とも満面の笑顔です。
もちろん私たちも笑顔です(^^)
うち1人は、懐かしい星の街のインストラクターでした。
サバイバル訓練の教官なので、忘れるはずがありません。
手を伸ばして、その方と握手しました。
手の重さは感じなかったです。
もう先ほどの焦げ臭いにおいも全くありません。
まずは中央のアナトーリからカプセル外に出ます。
彼が出ないことには、左右のケイトと私は出られません。
ただでさえ窮屈なカプセル内ですが、着陸前にシートが持ち上がっているのでその窮屈さに輪をかけています。
というか、これ、どうやって出るの?というくらい私のすぐ目の前にパネルがあります( ̄□ ̄;)
次はレディーファーストでケイトの番だろう、と高を括っていた私。
アナトーリが引き上げられるのをボーっと見ていたのですが、
「次はタクヤだ」
という頭上からの声でハッと我に返りました。
どういう基準で順番選んでるんだろうと焦りつつ、さて、どうやってここから出ようかと思案します。
まずは中央のアナトーリの席まで移らなければなりません。
最初にやることは、ソコル宇宙服に接続されている全てのストラップとホース類を解除することです。
足元のストラップを手探りで外す段で苦労しましたが何とか全て自分で外すことが出来ました。
「全部外したか?よし、ハッチを一旦閉めるから、コマンダーの席に移ったら教えてくれ」
と言われ、ハッチが閉じられます。
横に座っているケイトと目を合わせ、
「これ、どうやって移るの!?きついよね」
と笑います。
目の前のパネルに、5cm×6cmくらいの小型のタイマーが貼り付けられています。
軌道離脱噴射の時などに、バックアップとして使用するタイマーです。
そのタイマーを足で蹴ってしまいそうだったので、別の場所に収納しようと手を伸ばして取り外した瞬間―
ズシリ!
予想以上の重さに、思わず持った腕が下がりました。
ほんの50グラムもしないような軽いタイマーです。
いや、だからこそ、重さに対する警戒がなかったのかもしれません。
帰還して、初めて重力というものを感じた瞬間でした。
とにかく這い出るような形で、自分の席から片足ずつ、アナトーリの席に動かし、両腕を踏ん張って何とかその席に身体を移しました。
ハッチ越しに、
「もういいよ!」
と声をかけます。
ハッチが再び開けられました。
そこから抱え上げてもらうためには、自分で身体を途中まで持ち上げてやらなければなりません。
が、意外と身体の重さは苦にならず、狭いカプセル内で身体を支えながら座席の縁に足をかけて立ち上がりました。
地球は、もうすぐそこです。
両腕でさらに身体を持ち上げたところから、カプセルの外にいた人たちが両脇から私の身体を引き上げてくれました。
一気にカプセルの外に出され、ハッチに腰かけます。
二言三言、周りの人と言葉を交わしたと思うのですが、今となっては何を話したか全く覚えていません。
そこから身体を後ろに向けるよう言われ、身体を動かした途端、頭がグルグル回りました。
これが噂の地球酔いか・・・
帰還直後はとにかく頭を急に動かさないよう、視線も正面で固定するよう、多くの先輩から聞いていました。
そしてもう1つ。
私が信頼する、NASAのASCAN(宇宙飛行士候補者)クラスの同期の1人から言われた言葉。
『いいか、着陸後はとにかく笑顔だ。どんなに気持ち悪くても、全身全霊で笑顔をキープするんだ。カプセルから出た時の顔が、一番長く他人には記憶されることになる』
それを思い出し、努めて笑顔をキープキープ(;´∀`)
身体を反対側に向けたその先に待っていたのは、高さ2メートルほどの急な滑り台。
そしてその下で待ち構える多くの人たち。
これ、降りるのか。
とギョッとしました。
大気圏突入並みに危険に見えます。
笑顔笑顔。
というか、余りに原始的なカプセルからの降り方に、自然と笑いが込み上げてきます。
滑り台を滑って自力で着地する自信は全くありませんでしたが、下で支えてくれる人たちを信じて、えいやっと身を投げ出して滑り降りました。
身体が地面に着く前に、左右から抱きかかえられ、そのまま運ばれました。
すぐ目の前に、懐かしい油井さんの顔が見えました。
油井さんの顔を見ると安心して、そちらへ手を振りました。
何か油井さんに話しかけたと思うのですが、それも全く覚えていません。
なすがままの状態で運ばれて、カザフスタンの草原に置かれたソファに座らされました。
目の前にはロープが張られ、その向こうに沢山の人が見えます。
現地には日本のメディアの方々も来られると聞いていたので、その人たちの中に姿を探しましたが見えませんでした。
笑顔笑顔(;´∀`)
頭を動かさないようにしていれば、気持ち悪いというのはほとんどありません。
脈や血圧を測られながら、とにかく笑顔。
油井さんが、
「メディアの質問に答えられますか?」
と言うので、
「大丈夫です」
と返します。
油井さんの合図で、「大西さん!」と呼ばれました。
声のする正面左手へ顔を向けると、選抜試験の時から知っているNHKの小原さんの顔が見えました。
試験の様子をドキュメンタリーで追っていたチームの中のお1人です。
周りに日本の記者の方々が見えました。
何が驚いたって、自分のすぐ近くにこれだけの日本の方がいたのに、さっき見た時は全く気付きませんでした。
どうやら視野が極端に狭くなっているようです。
目で見ているものが、頭でちゃんと情報処理されていません。
宇宙に行った時もそうでしたが、しばらく頭がボーっとする感覚です。
まともにものを考えられません。
パソコンのCPUに例えるなら、普段は20%くらいが常駐プログラムで使用され、残りの80%で情報を処理していくイメージですが、その割合が逆になっているような感じです。
慣れない重力の感覚の処理に80%くらいのCPUを使用している分、他のことを考える、理解する能力が著しく低下しています。
小原さんから、2つか3つの質問を受けて、そのボーっとする頭で回答しました。
ろれつも上手く回っていません。
着陸してから、話すのが少し労力がいります。
何となく、自分の舌が重いです。
宇宙では意識していなかった重さの分、しゃべりにくいのだと思います。
回答し終わって、ホッと一息。
少し落ち着いてきました。
気持ち悪さはほとんどありません。
ふと、視線を上げると、空が見えました。
大きい-
こんなにも空って大きかったろうか?
決して快晴ではありませんでしたが、久しぶりに見る空はとても、それはもうとても、筆舌に尽くしがたい美しさでした。
途端に、地球に還ってきたのだという実感が全身を走りました。
自然と顔が笑顔になるのがわかります。
安心感、満足感、達成感、色々な感情が押し寄せてきて、そのまましばらく空を眺めていました。
そのあとのことは、既に時間が経って記憶にヴェールがかかっていることもありますが、何よりも思考能力が低下しているためにあまり覚えていません。
自分がどういう場所に着陸したかも、何となくしか覚えていないのです。
その中でも、断片的に覚えている範囲で記していきます。
ソファで一休みした後は、再び抱え上げられて近くのメディカルテントに移動。
ここでやっとソコル宇宙服を脱ぎます。
頭をなるべく動かさないように脱ぐのは至難です。
頭が大きい私は大苦戦で、お陰で額を思い切りすりむきました(;^_^A
このあたりから徐々に徐々に、地球酔いがひどくなって気持ち悪くなってきます。
とにかく、動くたびに目がグルグルと回ります。
ベッドに横になっていると落ち着くので、私はひたすらベッドで横になっていました。
ちなみにベッドに横になるのも一苦労です。
頭の重さを首が支え慣れていないので、頭を傾けるとそのままぶっ倒れそうになります。
立ち上がったり歩こうとすると、自分の重心がどこにあるのかわからず、歩き始めの赤ちゃんのような不安定さです。
横に誰かが支えてくれないと、とても自分では歩けません。
普段着に着替え終わり、一息ついたら軍用車で近くに停まっているヘリコプターまで移動しました。
車の中でも、横になって熟睡。
実は私、産まれてこのかたヘリコプターに乗ったことがなかったので、乗るのをとても楽しみにしていたのですが、離陸前から爆睡www
気付いたらカラガンダの空港に着いていました。
ちなみにこのヘリコプターの中で点滴を受けました。
水分が下半身に下がるので、とにかく水分補給が大切です。
ヘリから迎えの車に乗り込み、ターミナルに移動したのですが、気持ち悪さはひどくなる一方です。
着陸地では、途中から安堵で自然と笑顔になっていましたが、ここからは本当に意識して笑顔を作らないととても笑えない体調です。
周りの人たちが平気で立っていられるのが、不思議で仕方ありません。
ターミナルの控室に入った時には吐き気がしましたが、少し横になれたお陰で何とか持ちこたえました。
ここで、ターミナル内で行われる歓迎セレモニーに出席するかどうかの判断です。
体調が悪ければ出ないという選択肢もあるのですが、以前にも申し上げた通り、宇宙飛行士というのは余程のことがない限り自分からはノーと言えない人たちです。
私ももちろん、出席する旨油井さんから伝えてもらいました。
幸いセレモニー自体は短かったので無事に終わりましたが、そこから控室に歩いて戻るのがまた一苦労です。
再び吐き気。
今度はいよいよ危ないか、と思いましたがギリギリで横になれたのでセーフ。
しばらく横になっていると、アナトーリが彼もおぼつかない足でやって来てくれました。
彼とは、ここでお別れです。
彼は星の街に向かう飛行機に乗り、ケイトと私はNASAの飛行機でヒューストンにそのまま向かうからです。
お互い笑顔で握手をして、ハグをして別れました。
アナトーリとハグをしたのは、多分これが初めてです。
着陸してからここまでドタバタで、ほとんど話も出来ませんでしたが、12月にはヒューストンで彼と会うことが出来る予定です。
その時を楽しみにしています。
油井さんともここでお別れしましたが、1年前に同じ体験をした油井さんが近くにいてくれたのは本当に心強かったです。
何をすれば気持ち悪いかがわかっているので、適宜気を遣って休ませてくれました。
ヒューストンへと向かうNASAの飛行機は、カザフスタンのカラガンダから、ノルウェー、カナダを経由して向かいます。
18時間ほどの移動です。
その機内、私はほとんど寝て過ごしました。
身体がどうしようもなく重く、頭も働かず、抗しがたい眠気が襲ってきます。
いわゆる低反発マットレスのベッドがケイトと私には用意されていたのですが、横になっていると、マットレスに自分の身体が「めり込んでいる」ような錯覚を覚えます。
それだけ、重力が重かったです。
ノルウェーまでの飛行中、帰還してから初めての食事を摂りました。
パンにハムとチーズを挟んだだけのものでしたが、その感動的な美味しさ。
間違いなく、私がこれまで食べたものの中で5本の指に入る美味しさでした。
ノルウェーでは、近くの宿泊施設に立ち寄って、休憩とシャワーを浴びられることになっていました。
そこで出された新鮮なフルーツのまた美味しかったこと。
1人で歩けるようになったのは、この辺りからです。
シャワールームまで、自分の足でフラフラしながら歩いていきました。
待望のシャワーです。
フライトサージャンの鈴木先生が付き添って下さり、服を脱ぐのを手伝ってもらいました。
下半身には依然として例のケンタウルスーツを着用していて、それを自分で脱ぐのは容易ではありません。
シャワールームには椅子が設置されていて、それに腰かけて4か月ぶりのシャワーを浴びました。
温かいお湯が心地良いです。
頭からお湯をかけて、しばらくその感触を味わいました。
頭を洗ったり、身体を洗い出す頃になって、自分の感覚の異変に気付きました。
ゴシゴシと洗うたび、その反動で自分の身体が揺れているのがわかります。
40年間、そんなことに気付いたことはなかったのですが、こんなところにも作用反作用の法則がしっかりと働いていることに驚きます。
洗っているうちに、その揺れで猛烈に気持ち悪くなってきて、吐きました。
気持ち悪いなと思ってから、その臨界を超えるまで本当にあっという間で、鈴木先生がすぐに差し出してくれた吐袋の中に思いきり。
さっきあれほど美味しいと思って食べたサンドイッチもフルーツも、胃の中のものを全て吐き出しました。
吐くものがなくなっても吐き気が続き、痙攣のように身体を震わせながら、このとき1つ理解したことがありました。
アポロ計画で月に行った飛行士たちのやってきたことが、いかに困難なことだったか。
地球の重力から無重力状態での飛行に移り、4日後に月の重力圏に降り立ち、そこで船外活動を行い、また無重力状態に戻って地球への帰路につき、再びその重力圏に帰ってくる。
それは想像を絶する身体的負荷だったに違いありません。
吐いたのは、この1度きりでした。
ノルウェーを出てからは、寝て起きるたびに身体が重力に適応していくのがわかりました。
カナダの経由地ではアイスクリームを堪能し、離陸してからはピザに舌鼓。
そこからは、ヒューストン到着後の医学データ取りに備えて絶食に入りました。
また、カザフスタンを出てからすぐに、48時間の蓄尿検査も始まっています。
ヒューストンでは、私たちの「身体」の到着を待ちわびている研究者の方々が大勢います。
そのヒューストンに到着したのは、ソユーズの着陸から既に24時間以上が経った頃でした。
(おしまい)
長いっ(;´∀`)
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