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中央大学 理工学部 教授 小松晃之と宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発員 木平清人の研究グループは、イヌ用人工血液の合成と構造解析に成功しました。小松らは、まず遺伝子組換えイヌ血清アルブミンを産生し、X線結晶構造解析からその立体構造を明らかにしました。さらに酸素輸送タンパク質であるヘモグロビンを遺伝子組換えイヌ血清アルブミンで包み込んだ形の(ヘモグロビン-組換えイヌ血清アルブミン)クラスター(製剤名:ヘモアクト-C™)を合成し、それがイヌ用の人工酸素運搬体(赤血球代替物)として機能することを実証しました。X線結晶構造解析には、JAXAの「高品質タンパク質結晶生成技術(Hyper-Qpro)」が適用されました。
動物医療の現場が抱える深刻な"輸血液確保"の問題を解決する画期的な発明であり、動物の輸血療法に大きな貢献をもたらすものと期待されます。
本研究成果は、11月10日(木)に英国の科学誌ネイチャー(Nature)の姉妹紙であるオンラインジャーナル「サイエンティフィック リポーツ(Scientific Reports)」にて発表されました。
【研究者】 | 小松晃之(中央大学理工学部 応用化学科・教授) 木平清人(宇宙航空研究開発機構 JAXA・研究開発員) |
【発表雑誌】 | Nature Publishing Group 社 Scientific Reports 2016, 6, in press 論文タイトル"Artificial Blood for Dogs" |
日本は犬猫飼育頭数1,979万頭を超えるペット超大国であり、その数は人間の子供(15歳未満)の人口1,604万人(総務省統計局データ)を大きく上回ります。近年、ペットの高齢化・肥満化が進み、動物医療に対する需要も増え続けていますが、"輸血"に関しては動物用の血液備蓄システムが存在しないため、未だ十分な環境が整っていません。輸血療法が必要な重症動物(犬や猫)については、獣医自身が自らドナーを準備し、輸血液を確保しているのが現状です。つまり、ペットの輸血療法における最大の課題は、血液を提供してくれるドナーの確保にあります。
もし、動物用の人工血液が病院内に常備され、大量出血や貧血の動物に対していつでも供給できる体制が確立されれば、ドナーの確保はもとより、血液適合性試験を行う必要もなくなるので、輸血の手技は大幅に簡略化されます。保存安定性に優れた製剤であれば、緊急時の対応も万全となります。つまり、深刻な輸血液確保の問題を抱える獣医療の現場にとって、人工血液、特に"赤血球の代替物となる人工酸素運搬体"の需要はきわめて高く、その開発と実現が強く望まれています。
イヌ用人工酸素運搬体としては、過去にウシヘモグロビン*1の重合体 [製剤名:Oxyglobin® (旧Biopure 社:米国)] が貧血犬の治療薬として米国および英国で製造・販売されたことがあるものの、皮膚/粘膜/尿の変色、黒色糞便、食欲不振、発熱など多くの副作用が報告されています。
今回、小松らは、血液型がなく、長期保存が可能で、いつでもどこでも使用できる安全なイヌ用人工酸素運搬体を合成し、それが臨床利用可能な赤血球代替物となることを明らかにしました。具体的には、ウシヘモグロビンの分子表面に3個の遺伝子組換えイヌ血清アルブミン*2を共有結合した(ヘモグロビン-組換えイヌ血清アルブミン)クラスター"製剤名:ヘモアクト-C™"(図1)を開発し、その構造、物性、酸素結合能を解明しました。
動物用製剤の場合、コアとなるヘモグロビンはその動物の血清アルブミンで覆わねばなりません。しかし、製造に必要な充分量のイヌ血清アルブミンを安定確保することは不可能です。そこで小松らは遺伝子組換え技術を駆使して、イヌ血清アルブミンを人工的につくり出しました。さらに、そのX線結晶構造解析*3に世界で初めて成功し、立体構造を明らかにしました(図2)。
遺伝子組換えイヌ血清アルブミンの製造が可能となったことで、イヌ用人工酸素運搬体「ヘモアクト-C™"」が完成したのです。このX線結晶構造解析では、JAXAが国際宇宙ステーションの実験で培った「高品質タンパク質結晶生成技術(Hyper-Qpro)*4」が適用されました。
本研究で明らかとなった精密な分子構造は、「ヘモアクト-C™"」の製剤化に向けて実施される様々な試験データを説明する基盤情報として、また製剤としての安全性を担保する情報として利用されます。
本研究の成果は、ペットの健康増進に多大な貢献をもたらすばかりでなく、動物医療全体さらには我々人間の生活にも大きな波及効果を及ぼすものと期待されます。
以下に、研究成果のポイントをまとめます。
長期保存可能なイヌ用人工血液が、溶液あるいは粉末として動物病院に常備され、通常医療あるいは緊急医療に供給できる体制の確立は、獣医療にとって長年の夢でした。緊急時の大量需要に即応でき、長期保存が可能で、血液型がなく、ウイルス感染の心配もなく、いつでもどこでも使用できる人工血液の市場範囲は、先進国・新興国を含む全世界規模に及びます。
ヘモアクト-C™の用途・利用分野は広く、赤血球代替物(出血ショックの蘇生液、術中出血時の補充液、病院搬入途中における酸素供給液、貧血犬への酸素供給液)としてはもちろん、心不全・脳梗塞・呼吸不全などによる虚血部位への酸素供給液、体外循環回路の補填液、癌治療用増感剤、などとしての応用も考えられます。
ヘモアクト-C™は、動物医療の現場が抱える深刻なドナー確保の問題を一気に解決する画期的な発明であり、動物の輸血療法に大きな貢献をもたらすものと期待されます。
現在、本製剤の実用化に向けた展開を共立製薬株式会社と協力して進めています。
臨床利用を目指したヒト用人工酸素運搬体の開発は、1990年代から欧米・日本において開始され、ヘモグロビンを加工した分子内架橋ヘモグロビン、ヘモグロビン重合体、高分子結合ヘモグロビンなどが製造されてきました。しかし、副作用(血管収縮に伴う血圧上昇)などの理由から未だ実用化には至っていません。
今回の研究成果はイヌ用の人工血液ですが、ヒト用に向けた研究も進行中です。現在、国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟にて、研究チームはJAXAのタンパク質結晶生成技術を用いて、ヘモアクト™の立体構造を精密に解析し、より効果の高い人工酸素運搬体の設計を進めています。
【問い合わせ先】
<研究に関する内容>
小松 晃之(コマツ テルユキ) 中央大学理工学部 応用化学科 教授 TEL: 03-3817-1910(直通)(または 03-3817-1894(応用化学科事務室)) E-mail: komatsu@kc.chuo-u.ac.jp
<広報に関する内容>
加藤 裕幹(カトウ ユウキ) 中央大学 研究支援室 TEL: 03-3817-1603、FAX:03-3817-1677 E-mail: k-shien@tamajs.chuo-u.ac.jp
<国際宇宙ステーションを使ったタンパク質結晶生成実験に関する内容>
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 広報部 Tel. 050-3362-4374、Fax. 03-3258-5051【用語説明】
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