<< 報告書目次 | 宇宙への芸術的アプローチ『1997年度研究報告書』-9 |
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3 今後の検討事項
3.1 研究の実質的進展のための条件(研究環境整備に関する問題点) このたび、STS-87で実際に実験する機会を得たこと、それが一つの形となったことは、我々の研究にとって一つ次の段階に入ったことを意味するが、一方で今後研究を続けるに当たって確認しておかなければならない条件も明らかになってきた。以下に考えられる問題点を挙げておきたい。 もともと我々が研究の対象としたのは、JEMで行われる活動を想定したもの、さらにそれ以後、未来の芸術モデルの研究であった。STS-87での芸術的活動の提案の際にはこれを我々の研究の為の調査・情報収集の機会であると位置づけひきうけた。実際、素材の選択、時間帯の選択など、どういう観点からなされるのかが窺い知れて貴重な資料とはなったが、今後も同じような形で依頼を受け続けるならば、研究対象の修正が必要になる。また現在のところ芸術ミッションは、宇宙飛行士個人の余暇を利用して行われているが、はたしてNASDAがこの研究を正式に人文社会的利用に向けた研究ととらえているのか、あるいは我々の研究を「宇宙飛行士にやってもらいたいこと大募集」と同じレベルに位置づけて考えているのか双方で明確にする必要がある。 今回の芸術ミッションのように、具体的な作業や芸術活動に関わる場合は、中間者の介在による時間的遅延や意図の誤解を防ぐためにも、われわれと作業主体(例えば宇宙飛行士)とのできるだけダイレクトな交渉を可能にしていただく必要がある。少なくとも、われわれとNASDAの関連部署との信頼関係および密接な連携は不可欠である。 具体的な芸術活動を提案するためには、船内船外の環境の詳細についての理解が不可欠である。STS-87芸術ミッションに向けた提案は、書籍や映像による情報と1997年1月の宇宙開発事業団筑波宇宙センター視察の際に得た情報を除いては、手探りの状態で行われた。このような中で、土井宇宙飛行士およびNASA宇宙飛行士へのインタビューは、かなり厳しい時間的制約があったものの、実際に初めての実験を行った人から生の声を聞くことができ、次の提案を考える上できわめて貴重な資料となった。また、宇宙を体験した人から直接話を聞くということが予想以上に説得力を持つものであることがわかった。今後も、より広い観点から提案を行う上で、宇宙飛行士に面会する機会が数多くもたれることが望まれる。さらに、宇宙ステーションにおける日常生活から生まれるであろう文化や芸術の可能性を検討するため、宇宙飛行士への off-duty の時間の生活全体を対象としたアンケート調査などを実施することも考えられる。 本研究グループは本研究テーマの特殊性を考慮し、個人による提案の羅列ではなく会合や自主参加によるグループ内メーリングリストの利用によって内容を検討協議し、既に様々な提案を本研究グループの名のもとに行ってきた。したがって少なくとも本研究グループの名のもとに提案されてきた内容については個人のものではなくグループ内で共有された状態にあるとの認識を持っている。またそのような提案内容を再度個人に帰属させることができるかどうかの判別は既に不可能である。たとえば、今回、STS-87の芸術ミッションで土井宇宙飛行士が、我々の提案に基づいて描いた絵があるが、この著作権はどこに属するのであろう。今後本研究グループにより踏み込んだ内容の検討や具体的な提案が要求される一方で、NASDAを通じ別グループや別個人にあて我々の研究内容や提案を元にした研究、実施依頼がなされる可能性があるのであれば事前に協議し双方の了解点を明確にしておく必要があると考える。いいかえれば本共同研究の性格が確認された後でなければ個々のメンバーから本研究グループに向けて具体的な提案をすることもまた困難であると考える。また研究成果の公開についても、この著作権・所有権の問題を明確にした上で、行われるべきだと考える。 われわれの研究の実践的性格は、個々の研究領域を越えた創造的な共同作業とそれを支える機能的な情報ネットワークの構築を要請することは前にも述べたが、加えて具体的な実験試作などのための制作室が必要なのはもちろん、素材なども購入しなければならない。現在のところ我々は、研究会議を開けばそれに対して謝金というかたちで支給を受けているが、上で述べたような現実に必要な経費に当てる研究費は支給されていない。さらにそうした研究の中から出てきた我々の提案についても何らの保障もされていない。今後具体的な提案については様々なレヴェルで可能であるが、高等研、及び、NASDAのこの研究に対するスタンスが、予算面も含め、いまだ不明であることは遺憾であり、些か躊躇せざるを得ない。両機関ともに、この点について是非とも明確な姿勢をしめしてもらいたい。 3.2 今後の展開のための検討事項 (1)宇宙飛行士に対する芸術カリキュラムの設定 今回のSTS-87の土井宇宙飛行士による芸術活動は個人の資質に基づくところが大きかった。今後宇宙飛行士に地上で簡単な芸術教育を行い、宇宙で芸術活動や鑑賞を行う芸術カリキュラムを設定することが必要性であるように思われる。このための教育メニューを我々の側で提案するべきであろう。また、宇宙飛行士に芸術的資質のある人を登用することも重要な課題であろう。 (2)データベース構築の必要性 今回のヒアリングやリサーチの成果を含め、今後の研究の展開のために有効と思われる画像・文書データを体系的に収集し、「宇宙への芸術的アプローチ データべース」を構築していく必要がある。併せて、NASAやNASDAによって公開されているアーカイブのサーベイをさらに進めておく必要がある。 これは、非日常的な作業という認識のもとでの芸術の可能性を探る時期である。将来の、JEMを含む国際宇宙ステーションの利用を視野に入れたつぎのような研究の展開が考えられる。 (1)芸術ミッションの発展的継続 STS-87ミッションにおいて土井宇宙飛行士が行った芸術実験は、宇宙における芸術の可能性について多くの知見をもたらした。今後のミッションにおいても、STS-87に際してわれわれがすでに提案した芸術実験を含む、広範囲な芸術実験の実施が望まれる。すなわち、船内環境を利用した平面表現実験を継続するとともに、立体的表現、言語的表現、音楽的表現、身体的表現、などの表現実験を開始する必要がある。これらの実験は、宇宙飛行士が義務感から解放された状況で実施されることが望ましい。船外での芸術実験も可能な限り実施されたい。船外活動のわずかな機会を利用して、宇宙空間を利用したパフォーマンスなどの芸術表現の可能性を研究することができる。これらのシャトルにおける芸術実験を通して、将来の国際宇宙ステーションを利用した芸術の可能性の検討、そのための材料の調査、新しいツールの開発が可能であろう。 (2)地上実験・訓練体験 シャトル芸術ミッションとの比較のため、地上で宇宙飛行士が同じ芸術実験を行う必要があろう。また、研究者が地上で同様の芸術実験を行うことも考えられる。船内の宇宙飛行士の生活を知るために、研究者が訓練を体験することも必要と思われる。 現在の宇宙飛行士の行程は厳しい時間的制約の中でかなりコントロールされた状態で行われている。長期間滞在が可能になり、宇宙での日常的な生活が可能になったときに芸術活動の果たす役割とその効果についてつぎのような可能性が考えられる。 (1) ヒーリングとしての芸術 宇宙活動が広範に展開されれば、宇宙飛行士の資質自体に多様性がみられるようになるとともに、宇宙ステーションでの滞在が長期間に亙るようになる。これにより、宇宙飛行士がカタルシスとして描画・造形活動を行うというだけでなく、造形作品や音楽を鑑賞することによる自分自身とのコミュニケーションも必要になってくると思われる。このとき、
などの調査をする必要がある。これらによって得られる知見は、地上の問題にフィードバックが可能である。 (2) 宇宙生活のためのデザイン 船内の環境の調査、宇宙飛行士の自由時間を含めた生活全般の調査をもとにして、宇宙での生活を美学的観点からとらえることで、生活環境・音環境・食環境・衣服環境・機器や道具などの人工的環境のデザインへの多面的提案を行って行くべきある。 (3)芸術活動を媒介としたコミュニケーション 現在は、人々にとって宇宙活動自体が極めて珍しい出来事であるので、宇宙で行われる活動は殆どすべて、それを見る事自体で充分、地球上の人々に対してコミュニケーション機能を果たしている。また、宇宙から見える地球、宇宙から見た星など、宇宙はそのままで、鑑賞の対象となっている。今後、人間が長期に亙って宇宙空間に滞在するとき、「宇宙」をどのように捉えるかという価値観の表現のひとつとして、芸術活動の果たす役割が考えられる。地上の人々に、宇宙が及ぼす心理的な影響をできるだけ主観に沿って表現・伝達するために、忠実な画像とともに宇宙生活の中から生み出された造形表現の訴える・ヘが大きいと考えられる。 このような芸術機能の研究に関連して、つぎのような実験も考えられる。
(1)芸術概念の再検討 現代芸術のひとつの潮流は、あらあゆるものが芸術となりうるという「芸術」概念の拡張である。本研究の意義のひとつは、宇宙における芸術が、この拡張された芸術概念のひとつのモデルとして適用できる可能性を追求するとともに、宇宙体験から得られる空間認識の変容、視覚の変容、聴覚の変容によって、逆に現在の「芸術」概念に検証を加えることである。同時に、過去の人類の文明や芸術史の中に、宇宙と関わる諸事象をさぐり、われわれの研究をより歴史的なパースペクティブの中で位置づけていく作業も必要であろう。過去の中からも未来のヒントが見つかるはずである。 しかし一般には既に芸術と認められて・「るものを生み出すことが芸術的活動であると認識されている。じっさい、今回の実験を通しても、専門的に芸術・デザインにたずさわるわれわれと、高等研・NASDAの芸術理解にずれがあることが感じられた。既存の芸術形式を越えて、未知の芸術形態を探るわれわれの姿勢をどのように理解してもらえるかは、きわめて重要な検討事項である。 認識の違いを埋めるためには、まず我々が宇宙飛行士の宇宙での全活動を映像などの形で見る必要がある。次に、その中から、我々が興味を抱くしぐさであるとか道具などを選び、それがなぜ我々にとって興味深いのか、どうしてそれに芸術となりうる可能性を感じるのか説明する機会を持つのが有効であろう。また、宇宙飛行士と事前に直接、打ち合わせをする機会が設けられることが望まれる。 (2)芸術の存在基盤の検討 宇宙そのものが芸術的鑑賞の対象でもあるとき、芸術はそこでいかにして可能なのか、また何が課題となるのか。地上では味わうことのできない宇宙固有の体験や現象を、宇宙ならではの発想と方法で、いかに、また誰に、作品化して送り届けるのか。こうした芸術の存立基盤についての根本的な問いかけの必要性が、今回の実験でも改めて痛感された。それなしに、われわれが当初の課題に上げた「未来の芸術モデルの研究」はありえない。 (3)宇宙開発への新たな期待 宇宙開発の重要な意義のひとつは、その教育的側面であろう。ここで言う教育とは知識や技術を受け伝えていく営為だけではなく、宇宙飛行士の体験を人類が共有することである。これによって「外側から自分を見る」ように自らの生存圏をかけがえのないものと感じ、様々な対立やエゴイズムを対象化できる可能性がある。この目的のために、より有効なコミュニケーションとしての芸術(造形、パフォーマンス、音楽)のありかたを検討していかなければならない。 1998/2/28 |