2.6 実験結果の検討と評価 今回の芸術ミッションでは、われわれの実験提案のうち、2-A.「点・線・面:微小重力下における宇宙絵画の基礎実験」が条件を変えて採用されることが事前に通知された。しかし周知の通り、STS-87ミッションにおける「日本人初の船外活動」は、太陽観測衛星スパルタンの作動不良と船外活動による回収という不測の事態により、予期せぬ展開をとげた。 第一に、このアクシデントにより、われわれは絵画実験の実施そのものが不可能になるのではと懸念したが、結果的には、土井飛行士は予想外の長時間をかけて実験を実施した。 第二に、打上げ後14日目に放送を予定されていた船内ステータスレポートは中止された。しかしながらのちに、その放送の際に用いるべくわれわれがシナリオで提案していた「天上のスケッチ」が、土井氏により自発的に実施されていたことが判明した。 第三に、衛星スパルタンの回収を待つまでの1時間余りのEVA(船外活動)の時間は、われわれが「無為の時間」で提案したものを思わせ、じつに興味深いものであった(右図)。むろんそれは目的を持った積極的な「待機」の行為であり、われわれが意図した目的なしの「無為」とは似て非なるものであるのだが。 さて、実験結果としてわれわれにもたらされたのは、二枚のクレヨン画である。われわれはまだその現物に接する機会を与えられていない。以下の検討はそのカラーコピーと土井宇宙飛行士との会見にもとづくものである。 | | | A. 微小重力下における宇宙絵画の基礎実験 画:土井隆雄 FDF用紙にクレヨン、216×279mm 1997年11月27日(日本時間)飛行8日目 | | B. 天上のスケッチ 画:土井隆雄 FDF用紙にクレヨン、216・~279mm 1997年12月1日(日本時間)飛行12日目 | もとのインストラクション: 「以下の一連の作業によって、絵を描いて下さい。画材はすべて自由とし、異なる画材を混用してもかまいません。身体は固定しない状態にして下さい。」 (1) 紙を4枚ないし6枚つないで大きな長方形の紙面 を作る。 紙は無地が前提。 (2)その紙いっぱいに大きな円を描く。色は自由。 (3)円に沿って紙を切る。ハサミがない場合は手で破る。 きれいに破れなくてもよい。 (4)その円の中に好きな色で「水平線」を描く。 そのときの自分の身体の感じを大切にして描くこと。 画材は自由。「水平線」をどう解釈するかも自由。 (5)その円の中に「上昇する6つの輪」を描く。 漫画のような補助的な線は描かずに、輪どうし、 また輪と水平線を関係づけることによって 上昇感を表す。 輪の大きさや色はそれぞれ自由。 互いに重なってもかまわない。 6は搭乗する飛行士の人数。 (6)円の中の任意の箇所を好きな色で塗りつぶす。 塗り残しがあっても気にする必要はない。 | | もとのインストラクション(放送用シナリオ): (1)土井飛行士の望むままに、シャトルから見える星や星座を自由にスケッチする。 (2)シャトル内の光景や事物、同僚の顔や仕事ぶり、船外に見える宇宙や地球の光景など、気に入ったものを自由にスケッチする。 *できれば色鉛筆だけでなくクレヨンも使ってカラフルに描く。放映時間の前に描いておいてもよいが、改めてカメラの前で描いて見せるのも視聴者の大きな関心を呼ぶだろう。 (3)描いたスケッチを見せながら、以下の点ほかについて、体験にもとづく率直な感想を述べる。 ・宇宙でのものの見え方や空間意識の変化 ・描くことによる心理状態の変化 ・宇宙での表現活動の意義 | 2.6.1 二点の絵画実験の検討 先にふれた予想外のアクシデントにもかかわらず、土井飛行士は、きわめて限られた時間の中で、二つの絵画実験を真摯に試みた。このことをまずわれわれは、驚きと感動を持って受けとめた。土井氏が描いた二枚の絵画は、人間がはじめて宇宙空間で自覚的に絵画表現を試みた成果として画期的な価値をもつ。と同時に、この実験は、不明であった詳細な船内状況や微小重力下における身体行動と知覚体験について多くの知見をもたらしてくれるじつに貴重なものとなった。 以下の検討にあたって、「微小重力下における宇宙絵画の基礎実験」の成果をA、「天上のスケッチ」をBとする。 二点とも、レターサイズのFDF用紙一枚にクレヨンで丁寧に描かれ、じっくり取り組まれた様子がうかがえる。 それぞれの画面右下にはミッション名「STS-87」と土井氏のサインが記されている。 ただし残念ながら、われわれには両絵画の現物に触れる機会は与えられず、以下の検討はあくまでそのカラーコピーと土井氏の会見にもとづくものである。 (次頁に続く→) |