<< 報告書目次 宇宙への芸術的アプローチ『1997年度研究報告書』-1

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1 1997年度の研究概要

1.1 本研究の趣旨

国際宇宙ステーションの建設と我が国担当の実験モジュール日本実験棟(JEM)の打ち上げは、我が国のみならず人類にとっても本格的な宇宙時代の到来を告げるものであると同時に、宇宙を人類の英知の中にリアルでより身近なものとして捉えることのできる第一歩でもある。
JEMに於いて行われる諸々の自然科学的、工学的実験や観測は、危機的状況にある地球環境や人類の未来に多大な貢献をするのは間違いない。この国際協力による宇宙ステーション建設の試みは宇宙開発の初期が理工学的領域から出発したとはいえ、これに終始してはならない段階にさしかかったことも意味している。このことは人類の知性、感・ォ及び想像力の新たな結合を示し、人類存在に対する根元的でグローバルな意識を積極的に喚起するものでなくてはならない。宇宙ステーションはその「場」として積極的な役割が求められ、人類の多角的な意味を問う新たで意欲的な実験場である。

ここで試される事柄は、近代に於いて分断されがちであった科学技術と芸術を含む人文社会科学の新たで有機的な結合を示すと同時に、文化的・民族的・宗教的な多様性をも認めあらゆる生命への深い共感に支えられた地球人としての自覚形成を促す契機となることが必要である。
異なる文化・民族・宗教を背景に持つ人間が共同生活の場を通して、地球を一つのものとして見ることのできる存在としての国際宇宙ステーションこそ、このような試みの利用に最もふさわしく、宇宙時代における人間存在の在り方や、人類の宇宙進出の意義そのものへの絶えざる考察がなされる「場」となろう。また人間をあらゆるもの(万物事象)ときり離すことなく、常に相対的に捉えることのできる日本人の持つ古来からの思想、世界観がこの目的の為に果たす役割は限りなく大きい。

JEMの人文社会的利用、とりわけ芸術的観点からのアプローチの意義と目的は上で述べたような点にある。
すなわち
(1)宇宙環境における芸術活動の可能性と芸術の変容の研究
(2)新たな宇宙環境に於ける芸術の機能の検証は、人間の宇宙に於ける活動の精神的基盤に寄与することになると同時により人間を本質的な角度から改めて見つめ直すことにもつながって行く。

太古から今日に至るまで、地球特有の環境は自ずとそこで生を営む人間の人生観や世界観を規定してきた。しかし今始まろうとしている宇宙環境への人類の進出は、人類という生命体がかつて経験したことのない新しい概念の組み立てを余儀なくする。それは人間のあらゆる面での可能性と許容の範囲を無限に押し広げる一つの道程でもある。
また、そうした研究のプロセスは、必然的に文化的枠組みを越えた芸術によるコミュニケーションの機能を生み、これまで以上に芸術と他領域の異質な知と感性の交流を触発し、新たな創造活動の領域形成を促進すると思われ、芸術から他分野へのフィードバックは、創造性を主体とした芸術のもつ本質的な側面であり、宇宙へのアプローチが持つ根本的な意義の一つでもある。

1.2 概要

今年度のわれわれの研究は、97年9月に、高等研およびNASDA担当者より、研究実施依頼と同時に、同年11月に実施されるNASAのSTS-87において行う芸術ミッションのシナリオ作成の依頼を受けることからスタートした。本来われわれの研究は、その意義や方向付けについての基礎的な調査研究が先行されるべきであるが、逆にきわめて具体的なプログラムの立案・作成から着手することになり、結果的に本研究は、新しい具体性をもって前進することになった。

そして今年(平成10年)1月28日、宇宙開発事業団/筑波宇宙センターにおいて、土井宇宙飛行士帰還後報告会並びに意見交換会、議題-1「EVAを含むSTS-87での活動に関する高等研、研究者との質疑応答」、議題-2「JEMにおける人文社会分野の研究の可能性に関する意見交換」が行われた。土井宇宙飛行士の船外活動等を含む16日間に亘る宇宙での生活体験を通して発せられる言葉の数々は、非常にリアリティーのある内容を多く含み、その体験を通しての感動や多岐にわたる考察は、我々研究者にとって今後の研究を推し進める上に非常に有効な形となって表われて来るのは疑う余地がない。
とりわけ、以下の土井宇宙飛行士の発言は興味深く、宇宙における人間の営為の可能性を充分に示唆するものである。

「人間は宇宙空間の環境で充分に生きていけるように設計されていると確信した」。

将来の宇宙での新しい文化の発生と形成の可能性に触れて、

「将来多くの人々が宇宙に出て文化や芸術活動をし、科学と結びついて宇宙文明を作ると思う」。

また、船外活動の折、衛星の接近を待っている無為の2時間、

「宇宙の中の自分の存在は何なのか、自分に問いかけた」・・・

これらの言葉は、宇宙での体験がそれ自体で芸術的体験といえるものであり、その想像力は「芸術」の概念の拡大をそのまま示しているといえる。

また、土井宇宙飛行士の個人的な行為とはいえ、世界に先がけて行われた宇宙での芸術ミッション(我々「宇宙への芸術的アプローチ」グループの提案による絵画実験と「天上のスケッチ」)は、人文社会分野の研究に多くのデータを提供し、検証の材料となって手元にある。

今年度のわれわれの研究ではまた、複数ジャンルのメンバーによる共同研究の新しい形態が模索されたことも付記しておきたい。通常の人文社会的共同研究では、個々の研究者の研究の並列というかたちを取るのに対し、われわれの研究の実践的性格は、個々の研究領域を越えた創造的な共同作業とそれを支える機能的な情報ネットワークの構築を要請する。そうした理由から、今年度から、既存のコンピュータ・ネットワークを活用してメンバー間でアイデアや情報を日常的に交換しあうとともに、携帯用パソコンを新たに導入して研究会の効率化・活性化を図った。こうしたネットワークの活用は、今後、外部の芸術家・研究者との開かれた連携の可能性にも道を開くものと考えられる。

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