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大西 武雄(奈良県立医科大学 医学部 特任教授)
癌抑制遺伝子p53は、「宇宙でどのような動きをするのか?」、宇宙はがんになりやすい環境なのかどうか?」を明らかにすることをめざしております。 今から10年ほど前に、宇宙放射線の生体影響研究の実験がJAXAとNASAで選ばれて、今回のようなチャンスに巡り合えました。
宇宙空間で人が安全に長期間暮すために、宇宙環境における"がん発症の可能性"、"がん発生の防御"という研究へと発展させてきたのです。
超新星、銀河、銀河系などの遠いところから高エネルギーの放射線が地球に向かってきています。また、太陽から電子、陽子、アルファ線、ガンマ線、また、重粒子線である鉄線なども僅かながら地球に向かってきています。
しかし、地球はそれらの放射線を地場と大気によって防護しているのです。ところが、国際宇宙ステーション(ISS)ではそのような防護が働いていません。
ISSでは、一日に1mSv (ミリシーベルト)をあびる環境にあります。1mSvといえば、福島原発の事故が起こるまでは、一般人の一年間の許容線量とされていました。つまり、宇宙飛行士はたった一日で一般人の放射線許容線量をあびてしまうのです。ISSに半年滞在すれば100 mSv近くを超えてしまいます。将来、地球と火星を往復すると1Sv(シーベルト)以上も浴びる可能性がありますのです。したがって、宇宙放射線研究が重要視されているのです。
かつて、NASAとの協同研究で宇宙を飛行したラットにはがん抑制遺伝子(p53)が多くなることを突き止めて世界論文で発表しました。
我々は、親からどのようなしくみで「がんにさせないぞ」という遺伝子を受け継ぎ、活性化されるのか?この度の宇宙実験にはこのような経緯があるのです。
我々は、地上研究実験においてエックス線を細胞にあてると遺伝子に損傷をもたらすことを利用して、世界に先駆けて宇宙放射線に含まれている重粒子線はがん治療に大変効果があることを発見しました。p53遺伝子が変異した悪性のがん患者には重粒子線は大いに有効であることをつきとめました。日本の重粒子線がん治療はがん治療分野において世界に先駆けています。がん患者の方々はこの新しいがん治療法にも目を向けて欲しいものです。
この度、今回の宇宙実験にこれらの発見が大いに応用できました。その結果、「宇宙に行ったら一日どれくらい被ばくするだろうか?」ということを生きた細胞を使って、世界ではじめて計測することが出来たのです。しかも、宇宙放射線によるDNA損傷を可視化することにも成功しました。
宇宙放射線をあびた細胞を宇宙で培養したり、地上に持ち帰ったりして、ヒトのリンパ球を使ってp53遺伝子に関連するどのような遺伝子群が発現誘導されるのかの解析にも成功しました。p53関連遺伝子群の発現誘導を宇宙放射線、微小重力、それらの相互作用に、分けることもできました。このように、次々と発現誘導される多くの遺伝子群の発見により、実に宝の山に巡り合いました。今後ともさらにこの分野の研究が続いて行くことを望んでいます。
宇宙放射線に被ばくしたことを細胞は記憶することができます。ヒト細胞は、あらかじめ少ない放射線をあびると、後からあびる高線量放射線に抵抗性になる(放射線適応応答)ということを研究していました。この度の宇宙実験において、宇宙に行った細胞が放射線に強くなることを実証したのです。
宇宙ではメスシリンダーに液を入れることができません。二液を混合することもできません。ヒト細胞を培養することが大変難しいのです。それゆえ、我々は特殊な培養バッグを開発いたしました。一方向にしか破れない、細胞を増殖させるための培養バッグを作ったのです。このことは、これからの宇宙実験にも大きく貢献し、大きな波及効果をもたらすことでしょう。
宇宙放射線の中からある線種の放射線を選ぶことによってがん治療に役立つこと、また「どのような放射線をどのような方法で防御すれば人体への影響を防げるか?」という研究へと繋げてきたのです。
これらの成果は、いずれも世界論文にすることができ、高く評価されております。ISS「きぼう」で日本の独創的な実験装置で宇宙放射線を研究することが放射線の人体に対する防護法やがん治療研究などの宇宙のみならず地上での文明生活に大きく貢献しているのです。しかも、世界に先駆けて日本から発信できたのです。
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