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パネリスト:
大西 武雄(奈良県立医科大学 医学部 特任教授)
馬嶋 秀行(鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 教授)
古澤 壽治(京都工芸繊維大学 名誉教授)
中川 恵一(東京大学医学部附属病院 放射線科 准教授)
モデレーター:
佐々木康人(社団法人 日本アイソトープ協会 常務理事)
(JAXA 有人サポート委員会委員長)
佐々木:今回のパネルディスカッションでは、「これからの宇宙放射線研究と『きぼう』日本実験棟の役割」というテーマでの意見交換を行い、これからの実験・研究に役立てたいと思います。よろしくお願い致します。まずは先生方同士で何か質問があればどうぞ。
中川:特に大西先生や馬嶋先生のお話は、簡単に言うと宇宙で高線量の被曝をすることによって良いことがあるという話でしたが?
大西:動物の治療研究についてですが、動物は一度被曝すると、それを記憶するという現象を発見しました。次にやってくる放射線に細胞は準備することができるのです。それはごくわずかな量ですが、それが宇宙の放射線量域に入っているということを今回の実験で証明できました。
馬嶋:いままでどの生物も生活したことがない宇宙に私たちが行った場合、放射線の量でどのような影響があるかという問題ですが、本当に放射線が多ければ大きな影響が出るのか、もしくは少なければ小さな影響ですむのかといったことは、はっきりとは分かっていません。しかしながら、この「きぼう」が作られたことにより、その比較の研究と実験が始めて正確に行えることになりました。他にも無重力といったような環境の部分で、宇宙へ行った場合の影響についての研究が進められるようになりました。
例えば、先ほどの話にもあったように火星に行くという話しがあります。そうした場合、辿り着くまでの2、3年の間に多量の放射線を浴びてしまうことになり、はたして人間はそれに適応できるかというこという問題が出てきます。今回の我々の宇宙実験の結果から、細胞が宇宙に行く事により「酸化ストレス」に過剰に反応することが分かりました。現在、なぜそのような現象が起こるのかは分かっていませんが、いままでの生物学において、多い放射線量は大きなマイナス影響だけを人体に起こすといった考えが一般的でしたが、そうではなく、一度細胞に何かが起こると、細胞自体が「抗酸化能」と言う防具を身に付けることが実験から分かったのです。これから、それが今後どうなっていくか、遺伝子がどう変化していくのかといった研究を進めていきます。このような結果が生まれたのも、「きぼう」という実験装置が出来たからだと言えるでしょう。
大西:私たち人間は、太陽の紫外線を少しずつ浴びると、日焼けをします。それはメラニン生成をもって次にくる大きな紫外線をブロックするという、細胞の太陽に対する「適応」です。普段、外に出ない人が急に海に行くと、肌が真っ赤になり、やがて細胞が死んで皮がめくれます。けれども、少しずつ紫外線を浴びてトレーニングしておけば、人間は紫外線から人体を防護できるのです。そしてその細胞の「適応」が、紫外線だけでなく、放射線に対しても行われるということが今回の実験から分かりました。
佐々木:「適応」に関する質問をいただきました。「広島の原爆の影響を受けて、逆に寿命が延びたという話を聞いたことがあります。細胞が活性化するからという話でしたが、このようなことが本当に起こりうるのでしょうか?」
馬嶋:研究というのはまずは仮説をたてることから始めます。その仮説通りの結果が実験から出てくることもあれば、仮説とは違う結果が出てくることがあります。違う結果が出てくるということは実は大発見か、もしくは間違えていたということになります。このようにして出てきた結果から学問は進んでいきます。また私たち科学者は、結果を証明することができなければ、はっきりと断定することはできません。広島、長崎の報告事項は、良く出る話なのですが、一般的には、被曝すれば寿命は短くなります。しかし、広島、長崎の被曝者は一般の方よりも平均寿命が長くなっています。被曝をされた方は、多くの検診や医療サービスを受けることにより、寿命が延びているのかもしれません。「適応」ということからではなく、そういった他の因子からもそういった現象が起きているのかもしれません。
佐々木:もうひとつ関連した質問があります。「福島では、低線量被曝が問題になっていますが、低線量被曝が細胞に記憶され抵抗力が出るのならば、また宇宙飛行士の被曝に『P53』の発現が有効ならば、この問題のひとつの解決策にならないでしょうか?」
大西:研究というのはひとつの事を注目して行います。例えば、染色体異常だけをみる、突然変異だけをみる。そういったことを行うと「ICRP勧告」のように直線仮説が成り立ちます。ところが癌の場合は、潜伏期や複数の癌遺伝子、癌抑制遺伝子の遺伝子変化をみていきます。実際の宇宙飛行士の統計的データも取られつつあり、染色体異常がある方もありますが、染色体異常=癌ではありません。宇宙飛行士の職業病に癌が認定されていないという問題は、彼らが滞在してからまだ日が浅いことや「しきい値」については、人間への判断はまだ難しいものです。
中川:広島・長崎という話の中で寿命が延びたという話があり、仮に「適応」というものがあったとしても、放射線被曝をすることで寿命が延びるということを断定することは難しいと思います。私が最後に示した青森の環境研のデータからも、累積の20ミリシーベルトで寿命が延びたという結果が出たわけではありません。先ほどの馬嶋さんが言われたように、癌登録の制度や癌検診が行われたことによって、結果的に寿命が延びたのではないかと私は考えています。
佐々木:少し話題を変えます。「蚕の被曝線量を人間に当てはめるときにはどのような換算をされているのですか?」おそらく、質問者の方は「種」による放射線の影響の違いについて知りたいのだと思います。
大西:若い人とお年寄りの方とでは細胞分裂に差があり、盛んな細胞ほど放射線に感受性が高いということが証明されています。それと同じように、動物によって感受性の高低の差があることも分かっていますので、動物の結果をそのまま人間に当てはめるというのは、非常に早計な考えである場合があります。ですから私たち科学者は、できるだけヒトに近いマウスなどで実験を行いますが、それはあくまでマウスであるということに注意をおきながら研究を進めます。また、宇宙では使用できるスペースが小さいため、マウスではなく、より小さな蚕を使った実験を行う場合もあるのです。
中川:いまお話があったように、人間よりもマウスのほうが放射能に対する感受性は低く、人間よりも高い線量でないと死ににくいことは確かです。
大西:放射線は目に見えないものなので、私たちはその怖さを直接感じることができません。先ほどからお話していることに関しては、何万匹のうちの何匹が癌になるかといった「確率論」で起こる現象と、それに当った生物全てに起こる「確定的」な現象があります。これを同時に比較することはできません。また、染色体異常については線量に対して直線関係ですが、、癌については違います。例えば、広島・長崎で被曝した方々の子供さんに、白血病は出ていません。しかし、マウスでは次世代に白血病が起こります。このことからも分かるように、動物と人間をそのままイコールでは結べないのです。
佐々木:再び話題を変えます。「国際宇宙ステーションのリサイクル技術はどの程度進んでいるのでしょうか? 被曝している物質に放射能の影響は蓄積しませんか?」
上垣内:地上よりも宇宙のほうが放射線は多く当っていますが、だからといって、宇宙ステーションの中にあるものが放射線を出すとは限りません。宇宙ステーションで使った物資などは宇宙空間に捨てており、それは大気によって燃え尽きます。水などは80%以上をリサイクルするようなシステムを進めています。
佐々木:本日お話いただいたような実験というのは、その前段階として、地上で多くの実験が行われてきたわけですが、実際に宇宙で実験を行った結果、予想しえなかったものが出てきたことはあったのでしょうか?
馬嶋:宇宙環境下では「活性酸素」を消去する酵素が細胞内にたくさん発現されたりするなど、予想外の酸化ストレスへの応答がみられて大変驚いています。先ほど申し上げたように、なぜそのような結果になるのかといった結論は出ていませんが、重力、無重力を比較しても結果が変わらなかったのは、重力以外の何かが関係しているということです。それがそのまま、宇宙放射線の影響であるとは言えませんが、今後の研究に繋がっていくことを発見できたらと思っています。
古澤:無重力下での胎児の寝返りについて、宇宙での実験を行ったことにより、初期段階の遺伝子がコントロールしているのではないかということが分かりました。また、第一世代では見られなかった評価が第二世代に起こったことから、第三世代へとつなぐ考えを持つことが出来ました。
佐々木:次の質問です。「12年以降、放射線実験の項目がありませんが、今後放射線実験を行う予定はありますか?」
上垣内:放射能は私たちの生活、また宇宙研究において重要なテーマですので、これからも実験・研究は続けていきます。
佐々木:それでは今後、放射能に関して、どういった実験が必要になってくるかということをお聞きしたいと思います。
大西:2020年まで、宇宙ステーションの運用が継続させることが決定しました。今後は、新しい日本独自の機器を開発し、宇宙というものを現代生活にどのように役立てるかを考えていきたいと思います。また、地球を監視するということに、宇宙は非常にメリットがある場所なので、「オゾン層が破壊された後に人間は本当に生き残れるのか?」といった、地球温暖化に対する研究や、火星を人類が目指すための方法研究を行っていきたいと考えています。
馬嶋:サイエンスで最もおもしろいのは新しい発見です。今回もお話させていただいたように、宇宙に行った細胞は、酸化ストレスが上がるということが分かりました。それならば、その前に「酸化ストレスを抑えてやればどうなるのか?」、といった研究、すなわち、「宇宙における抗酸化能を高める効果の研究」を行い、宇宙飛行士が、長期に渡って宇宙ステーションに滞在するときに役立てたいと思います。
古澤:今回のISSでの実験は、宇宙環境に蚕卵を集団として曝し、この集団内で発生した突然変異率と被曝線量との関係を検討しました。これを踏まえてさらに明らかにしたいことは、卵1粒に当たる線量とその卵からのふ化幼虫に変異が見られるかについてです。1997年のSTS84でのスペースシャトルを利用した実験では、卵1粒をヒットした線量解析を行っており、さらに今回、卵1粒を用いての遺伝子解析を可能としましたので、「PADLES(パドレス)」他にサンプルに直接ヒットした粒子の種類やエネルギーおよび線量の解析方法の確立を望みます。このことによって、宇宙放射線がヒットした個体と、ヒットしなかった個体での突然変異発生を検討することにより、被曝影響がより明確になります。私は今後、「PADLES(パドレス)」と生物試料を組み合わせたような実験を行いたいと考えています。
中川:例えば、福島の飯舘村などの放射線量は、「きぼう」で宇宙飛行士が浴びる量と同程度になっています。このような地域の現場で役立つような研究を行い、またデータを測定し蓄積していくことは、今後、私たち人類の生存に関して重要なことだと考えています。
佐々木:現在、古川宇宙飛行士をはじめ、宇宙ステーションに滞在されている方の被曝を心配されている意見が多く聞かれますが、このような事に対して、地上からはどのようなサポートを行っていこうと考えているのでしょうか?
上垣内:まずは、宇宙飛行士に「PADLES」を身につけさせ、どれだけの放射線を浴びているのかを測定するようにしています。また「宇宙天気予報」や、リアルタイムで放射線がどれだけ宇宙空間に飛んでいるのかを測定するなどして、放射線量が多いときには、宇宙飛行士を宇宙ステーションの壁の厚いところへ非難させるようにしています。他にも、宇宙飛行士がトータルでどの程度の放射線を浴びているかを管理しながら、地上にいるドクターと相談しつつ、定期的に健康管理を行っています。
佐々木:地上ではどのぐらいの方々が宇宙飛行士のサポートをしているのですか?
上垣内:「きぼう」利用については、60人近い方が、24時間の三交代制でチームを組んで、健康管理を含め、実験機器などの管理を行っています。また、宇宙ステーションを利用している他国とも協力して管理体制を敷いています。日本で地震が起こったときに、アメリカの地上管制局が一時的にサポートに入った例もあります。
中川:現在、宇宙飛行士が増えている環境を利用して、適切な癌の早期発見制度を確立していくべきだと思います。しっかりとした統計データを取り、そのことを福島にフィードバックすることも進めていくべきだと考えています。
佐々木:宇宙は特殊な放射線の場所であると同時に、無重力という見地からも特殊な場所です。こういった環境を使った研究の成果が、地上での放射線の取り扱い、また生物への影響メカニズムを解明することに役立てていきたいと思います。
時間となりましたので、ディスカッションを終了させていただきます。ありがとうございました。
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