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最終更新日:2015年4月13日

知っていると自慢できる宇宙的基礎知識


●線虫
線虫が宇宙環境で生殖・産卵し、正常に発生することは2004年以前にも知られており複数の宇宙実験が実施されていましたが、生命の基本的な反応に対して宇宙環境が地球上の環境とどのような点で異なるのかは、詳しく調べられていませんでした。
2004年の線虫の実験はロシアのソユーズを使って打ち上げられ、ISSのロシアモジュールで実施しました。日本の宇宙実験棟である「きぼう」が完成する前でした。

線虫は、からだが透明でその大きさは成虫で1mmと小さく(Epigeneticsの図2)、雌雄同体の個体は自家受精により卵を産卵します。卵は孵化して幼虫となり、4日頃成虫になり卵を産むようになります。また、ゲノム上の全2万遺伝子が既に解読され、基本的な細胞の増殖や分裂、筋や神経、生殖など、人間にも共通する機能が遺伝子レベルで高く保存(共通に保持しているという意味)されており、全体の4割の遺伝子がヒトとの共通性を示しますので、モデル生物の一つとして多くの研究者により実験材料に使用されています。

宇宙では動画を撮影し、線虫が3分間動かないと判定できたとき、線虫はその寿命をまっとうしたということになります。線虫は死ぬと棒のようにまっすぐになります。

地上での比較対象実験もほぼ同時進行で行うので、実験としては一度に12万匹の線虫を準備する予定です。さらに打上が延期される可能性も考慮して、打上げ試料が不足しないよう、アメリカのフロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターで日本の実験チームが線虫を準備します。

●ロケットと輸送船
スペースエックス社のドラゴン補給船はファルコン9ロケットにより打ち上げられる無人カプセルです。6号機はSpX-6、CRS-6とも呼ばれます。

ケープカナベラル空軍基地から打ち上げられたドラゴン補給船は宇宙ステーションへのドッキング後、宇宙飛行士によりハッチが開かれてカプセル内の荷物が宇宙ステーションへと運び込まれます。Space Agingで打ち上げた線虫はハッチが開かれたその日に取り出される予定になっています。

●寿命とDAF-16とインスリンシグナルについて
近年の研究において、老化、寿命を制御する遺伝子ネットワークが分かってきました。多くはインスリンシグナル伝達(インスリンによる作用を伝えること)にかかわるものであり、研究が進んでいます。(図8)

線虫ではヒトのインスリンに構造が似ているホルモンが多数あって、これらを正確にはインスリン様ホルモンと呼んでいます。これらが細胞1つ1つに働きかけ、細胞表面の細胞膜にあるインスリン受容体を通して細胞内に伝達されると考えられています。ヒトでもインスリンに構造が似たインスリン様成長因子(Insulin like Growth Facterと呼ばれ、英語ではIGFと表現します)が同様に信号の伝達に関与します。

インスリンはDAF-16転写因子を抑制的に制御します。つまりインスリンシグナルが低下するとDAF-16が活性化され、DAF-16が活性化されると寿命を延長させる因子の転写が起こると考えられています。DAF-16が不活性になると寿命が短縮します。逆に過剰に発現すると寿命の延長が起こります。これらのことからDAF-16が寿命のカギを握る分子であることは間違いありません。

一方、DAF-16のほかにも寿命に関係する分子が知られています。例えばDAF-2という分子です。DAF-2は細胞膜に局在するインスリン受容体であり、不活性になると寿命が延長します。インスリンを受容しないほうが線虫の寿命が延長するという説明も成り立つかもしれません。

なお、転写因子とは活性化すると、多数の遺伝子の転写が始まる、つまり遺伝子発現のスイッチを入れる役割を持つ分子のことです。転写因子にはたくさんの種類がありますが、DAF-16は転写因子の一つであり、DAF-16が活性化されると数百の遺伝子の発現が変動します。

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図8 寿命とインスリンシグナルについて 健康長寿医療センター研究所提供

●重力と宇宙生命科学研究についてテーマ横断的な説明
宇宙では骨は骨粗しょう症の10倍の速さで弱くなり、筋肉は寝たきりの人の2倍の速さで弱くなるという報告があります(大島、宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 2012)。簡単に言うと宇宙では重力がないため、地上と違って重力に逆らって体を支えたり動かしたりする必要がないから、骨や筋肉が弱くなると解釈できます。

では宇宙で負荷がかからなくなると骨や筋肉が弱くなるのはなぜなのか?寝たきりで運動しないと弱くなるのはなぜなのか?その現象が似ており、さらに加速的に変化が進む宇宙環境を利用し、地上での加齢の問題を解決するための医薬品の研究開発や抗加齢医学などに役立てようという研究がすすめられています。

そもそも、変化の原因が分からないと薬が作れません。原因を突きとめる実験をする必要があります。例えば骨は常に作り変えられていて、骨を作る細胞と壊す細胞のバランスで量が保たれていますが、運動や重力の刺激がなくなると骨を作る細胞の活性は下がり、逆に壊す細胞の活性が上がる結果、骨量が減っていくと考えられています。この仮説を証明するために宇宙実験Fish Scales(キンギョのウロコ)Medaka Osteoclast(メダカ)を実施しました。実験の結果、仮説は証明され、宇宙での骨の代謝の詳細について明らかになってきました。結果は地上でも反映されるべく、薬剤の開発へと引き継がれつつあります。つまり、宇宙飛行士を対象にした研究で現象を確認し、宇宙飛行士では難しい組織レベルまたは個体レベルで最適な試料を用いて詳細を明らかにする、それを地上に役立てる、というサイクルが確立しつつあります。また、様々な種類の生物で同じ結果が得られるということはサンプル横断的なデータ解釈として非常に価値のあることです。

筋肉についても細胞を使った実験(Cell Mechanosensing)、線虫の個体を使った実験(Nematode MusclesZebrafish Muscle)で、なぜ重力がないと筋肉が弱るのかを分子レベルで調べています。以上のように、JAXAは様々な研究機関と共同で宇宙で顕著に起こる骨量の減少や、筋肉の萎縮に着目をしていますが、細胞がどうやって重力を感知しているのかについては生物に共通的である可能性も高いため、植物を使った重力感知メカニズム(Plant Gravity Sensing)の実験も実施しています。つまり宇宙での生命科学研究は様々な生物を使って重力が生命現象へ与える影響を調べ、得られた結果を有人宇宙活動と地上生活に役立てることを目的としています。


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