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最終更新日:2014年12月18日

実験の背景


地球上には多種多様な生物が存在し、その誕生以来、ずっと重力のあるもとで様々な環境に適応した生き方を行い、それぞれの遺伝情報を長い時間をかけて進化させてきました。また、生物は、刻々と変化する環境に応答して、一過的なシグナル伝達を介した転写制御によって多くの遺伝子発現の調節を行っています。従って、微小重力環境という地上には見られない宇宙環境下で生物が示す一過的な遺伝子発現の制御応答や、さらに数世代にわたって世代交代した場合、その遺伝情報がどのように変化をするのかは、将来の有人宇宙探査において重要な研究課題です。

国際宇宙ステーション(ISS)ができる前の宇宙ライフサイエンス実験では、生物の寿命に比べて宇宙での実験実施期間が短いという制約がありました。例えばスペースシャトルでは2週間の実験が限界だったので、宇宙環境下での多細胞生物を複数回にわたって世代交代させ、生物進化的な影響を観察することは困難でした。この点、ISSの「きぼう」日本実験棟が建設されて、より長期間にわたっての培養実験が可能になり世代交代の実験をするチャンスが広がりました。

さてDNAの塩基配列は4つの塩基成分、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)から成ります。放射線や紫外線、活性酸素などでDNAが傷ついた際には、塩基配列が置き換わったり、欠失したりするなど変異(図1、A)が生じて、遺伝子の機能が失われたり、逆に異常に活性化する、もしくは発現量が変化するなどの現象が起こります。また、近年、塩基A、T、G、Cの並び方は変わることなく、DNAを取り巻くヒストンタンパクや塩基自体に化学修飾が生じて、遺伝子の発現量が変化し、その修飾は娘細胞や子孫にも遺伝するエピジェネティクスという現象(図1、右矢印の先)が見い出されてきました。この化学修飾の制御として、DNA塩基のメチル化が最初に発見されました。その後、ヒストンのメチル化やアセチル化(図1、B)など、これら修飾を介した染色体レベルでの高次構造変化、さらに、近年、マイクロRNA(miR)(図1、C)など遺伝子をコードしていない染色体領域からの転写産物による新規の発現制御機構が、エピジェネティクスの実体として、線虫からヒトをはじめとする様々な多細胞真核生物で広くみられることが明らかになってきました。これらエピジェネティックな制御は、発生や分化、環境に対する適応応答、さらには細胞のがん化、老化などとも密接に関連しており、様々な局面での生体機能の制御において重要な新規調節機構としての働きがあることが明らかにされてきています。

 

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図1 遺伝的変異とエピジェネティックな変化のイメージ図(出典:東北大学)

実験の目的


この研究はモデル生物の一つである「線虫」(学名 Caenorhabditis elegans)を用いて、宇宙で世代交代が繰り返されたとき、核やミトコンドリアのゲノム遺伝子のエピジェネティックな変化と宇宙環境への適応応答機構を明らかにすることを目的にしています。

今回の宇宙実験では、ライフサイクルの短い線虫を使用することによって、宇宙で世代交代を繰り返す実験系を確立しました。線虫は、からだが透明でその大きさは成虫で1mmと小さく(図2)、雌雄同体の個体は自家受精により卵を産卵し、その後、約4日間で成虫にまで育ちます。また、ゲノム上の全2万遺伝子が既に解読され、基本的な細胞の増殖や分裂、筋や神経、生殖など、ヒトにも共通する機能が遺伝子レベルで高く保存されており、全体の4割の遺伝子がヒトとの共通性を示し、モデル生物の一つとして多くの研究者により実験材料に使用されています。

図2 線虫の顕微鏡写真(出典:東北大学)

実験内容


本実験では線虫を培養し植え継ぐことによって、計4世代のサンプルを取得し、世代ごとに凍結して地上に回収します。2014年12月にスペースエックス社のドラゴン補給船運用5号機でISSに運ばれ、「きぼう」内で培養が開始されます。

宇宙実験には線虫の野生株1種(N2という株)と変異株2種(遺伝子名hda-4の変異体とsir-2.1の変異体)を用います。線虫の入ったシリンジ(図3, a)と、線虫の餌となる大腸菌の入った培養バッグ(図3, b)を冷蔵(4℃)で打ち上げ、軌道上で混合します。培養バッグをホルダ(図3, c)に入れてMEUと呼ばれるキャニスタ(図3, d)に収納し、細胞培養装置(図3, e)に設置します。装置上段の微小重力区ととともに、下段の、回転で生じる遠心力による1G負荷区とを使い、それぞれ20℃で培養します。線虫は4日で成虫になるので、目の細かなナイロンメッシュフィルタを通して子虫だけを新しい培養バッグへ植え継ぎます。その時に植え継ぎキット(図3, f)を使います。培養後のバッグには成虫と子虫が混ざっているので、そのまま凍結します。これをさらに3回繰り返し、第4世代まで宇宙で培養します。最後のバッグには凍結前に凍結保護剤(ジメチルスルホキシド、略称DMSO)を注入し、混合してから凍結します。すべてのバッグは打上げと同じドラゴン補給船で凍結状態のまま地球に帰還させ、日本に運んだあと解析に供します。特に最後に凍結保護剤を入れて凍結した宇宙生まれ3世代と4世代目の線虫は、地上の実験室で解凍した後地上でも次の世代を誕生・生育させ、宇宙での生育群と比較します。

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図3 実験の流れ(出典:JAXA)

ココがポイント!


本実験の成果は、生物が宇宙で世代を重ねる場合に子孫に問題が生じた場合の対策法を開発することにつながるとともに、ヒトが宇宙で世代を経る時代に向けての重要なデータにもなります。また見つかった因子を応用し、宇宙や地上における筋萎縮を抑制する薬剤等の開発に寄与します。エピジェネティックな制御は、メタボリック症候群や2型糖尿病など様々な疾患に関与するため、病気の予防にも貢献できることが期待されます。

Written By Sachiko Yano


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