重力のない宇宙では、骨からカルシウムが抜けて骨量が低下するという話しを聞いたことはありませんか?
長期宇宙滞在の前後で骨密度を計測すると、骨成分が失われることがわかっています。
今、宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで長期滞在する時代を迎え、この問題を解決しようと、さまざまな研究がなされています。
ヒトの骨には、カルシウムを貯める働きをする骨芽細胞と、カルシウムを骨から奪う働きをする破骨細胞があります(図1)。
このふたつの細胞がバランスよく働くことで、古い骨の成分が新しい骨の成分に置き換わり、骨はいつでも十分な強度としなやかさが保たれているのです。
しかし、微小重力環境では、このふたつの細胞の協調性が失われ、骨量の減少が起こり、ちょうど骨粗鬆症のような症状があらわれるのです。
でも、なぜ微小重力環境での骨量減少が起こるのかは、まだよくわかっていません。
そこで、宇宙飛行士の健康上の問題から、骨芽細胞と破骨細胞が微小重力下でどのような挙動を示すのか、薬に対する効果はどうなのか、といった研究をする必要性が生じ、骨芽細胞の培養系(ヒトや哺乳類の培養系)を用いた宇宙実験が実施されてきました。
しかし、これまでに破骨細胞が含まれる培養系での宇宙実験はありません。
破骨細胞は、多核の活性型に誘導しないと骨を溶かす力がありません。
多核の活性型に誘導するのは、宇宙空間では非常に難しいことから、よい実験モデルが切望されていました。
こうした状況から、私たちは、魚類(キンギョ)のウロコ(図2)の培養系で宇宙における骨量減少のしくみを探ることにしました。
骨の研究に「ウロコ」とは意外な組み合わせに思えるかもしれませんが、魚類のもつウロコはハイドロキシアパタイトとコラーゲンを主成分とする骨質層をもち、また前述の骨芽細胞と破骨細胞に相当する細胞群がいるのです。
また、ウロコは体表の保護としての機能に加え、カルシウム調節の働きもあります。
特に淡水魚ではこの働きが顕著で、例えば、サケは遡上の時、卵にカルシウムを供給するため、破骨細胞によりウロコからカルシウムが吸収されてウロコがどんどん薄く小さくなることが知られています。
地上における実験結果では、ホルモンに対する応答や遠心機等の過重力に対する応答は、哺乳類の骨で得られている結果と極めてよく似ていることが明らかにされています。
また、試料の調達が容易なことや培地を交換しなくても10日程度の培養が可能なことなどの理由から、培養ウロコは、骨代謝を宇宙で研究するための優れた実験モデルといえます。
本実験では、さらに薬による骨の治療に対する効果も解析する予定です。
新規インドール化合物(ベンジル-トリブロモメラトニン)(図3)は、ウロコの骨芽細胞の活性を上昇させ、破骨細胞の活性を低下させます。
この薬はウロコだけでなく、卵巣を摘出したネズミやエサのカルシウムを減らして骨を折れやすくしたネズミの骨を強くする作用があります。
したがって、この化合物は骨疾患の特効薬として注目されています。
微小重力下ではウロコの骨代謝は異常になることが予想され、ウロコに対するこの薬の効果を調べる予定です。
すでに国内特許を取得しており、米国の特許も出願中です。
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図1 ヒトの骨には骨を作る細胞(骨芽細胞)と、骨を壊す細胞(破骨細胞)があり、これらの働きがコントロールされることによって骨は生まれ変わっている。
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図3 1-ベンジル-2,4,6-トリブロモメラトニン
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なるほどコラムその1
【なぜキンギョは赤いの?】
キンギョの赤い色は、キンギョが食べるエサによります。
アオコの繁殖した池でキンギョを飼育すると赤いキンギョになります。
反対に、アオコの繁殖していない水槽で飼育すると、色が薄くなって黄色くなるのです。
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