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山梨大学大学院総合研究部発生工学研究センターの若山清香特任助教、若山照彦教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の矢野幸子主任研究開発員らの研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)にある「きぼう」日本実験棟で長期保存したマウス精子のDNA損傷度を明らかにし、健康な産仔を作出することに初めて成功しました。
この成果は米国科学アカデミー紀要(PNAS)の「In This Issue」にノミネートされ、オンライン掲載(米国時間5月22日付:日本時間5月23日(火)午前4時)されました。
将来月面基地やスペースコロニーなどが建設され永住する時代が来た時、人類だけでなく家畜の生殖・繁殖も必要になりますが、宇宙環境は無重力や強力な宇宙放射線が降り注ぐため、継世代への影響が懸念されます。魚類や両生類と異なり、マウスなどの哺乳類は環境の変化に敏感で飼育が難しく、これまで宇宙での哺乳類の生殖に関する実験実績はほとんどありません。
生殖細胞は、生体外では数日間しか培養できないため、動物個体の代わりに宇宙実験に使用することはできません。凍結した生殖細胞を搭載すれば長期間保管することはできますが、数十μmしかない生殖細胞の取り扱いには、非常に高度な専門的な技術や経験が必要となり、地上と同様の手法での宇宙実験を行うのは困難です。このような制約から、これまで哺乳類の生殖に関する宇宙実験はほとんど行われたことがありませんでした。
山梨大学の研究グループらは、これまで哺乳類の生殖に関して様々な研究を行っており、宇宙での生殖に関する地上シミュレーション実験も報告しています(注1)。しかし、長期間安定した微小重力や宇宙放射線環境を正確に地上で再現することはできないため、実宇宙環境での生殖細胞への影響を検討する方法を模索してきました。そして2009年、研究代表者らが開発した"フリーズドライ精子"(注2)を用いた哺乳類初の宇宙生殖細胞実験が、JAXAの国際宇宙ステーション利用実験 国際公募宇宙実験テーマとして採択されました。
フリーズドライ精子を用いることにより、哺乳類の宇宙生殖実験を阻む数々の制約を取り払うだけでなく、室温でも打上げが可能、軽量で場所も取らないため、宇宙実験の柔軟性が格段にあがったからです。ISSでは、太陽活動や船内の遮蔽環境によっては地上の数百倍程度にも達する宇宙放射線の被ばく量が計測されます。本プロジェクトにより、このようなISSの船内環境でフリーズドライ精子を長期間保存することで、宇宙放射線が哺乳類の精子DNAにどのような影響を与えるのか明らかにすることが出来ました。
本プロジェクトは、生命環境学部生命工学科の若山清香特任助教、若山照彦教授、東京医科歯科大学 難治疾患研究所の石野史敏教授、幸田尚准教授、JAXAの矢野幸子主任研究開発員、永松愛子技術領域主幹、一般財団法人日本宇宙フォーラムの鈴木ひろみ研究員、嶋津徹主任研究員、有人宇宙システム株式会社の多田基紀研究員、長田郁子研究員などによる共同研究であり、プロジェクト名は「Space Pup」(図1.A)です。
遺伝的背景の異なる4系統(BDF1、BCF1、C57BL/6および129B6F1-GFP系統)の雄マウス12匹からそれぞれ24本のフリーズドライ精子のアンプルビンを作り(図2.A-C)、4本ずつ6箱に詰め、宇宙保存用3箱、対照区の地上保存用3箱に分けました。宇宙保存用3箱は、それぞれ9か月、約3年間および約5年間、ISSにある「きぼう」内の冷凍庫で保存したのち回収します。地上保存用は、JAXAの筑波宇宙センター内の冷凍庫で、宇宙保存用と同じ温度条件と保管期間で保存しています。
宇宙保存用の3箱は2013年8月4日にH-IIBロケット4号機/宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機で打ち上げられ(図1.B)、第1回の回収となる1箱目は2014年5月19日に米国のSpaceX社(Space Exploration Technologies Corp.)のドラゴン補給船運用3号機(SpX-3)にて地上に回収されました。第1回の試料のISSでの保存期間は288日、約9か月間になります。
回収された精子(宇宙保存用および地上保存用)は、長期間保存による宇宙放射線の影響を調べるために以下の解析を行いました。
個々の精子の損傷したDNAを電気泳動で移動させ、蛍光色素により発色させて損傷度を測定する方法。核から流れ出たDNAが彗星の尾のように見えることからコメットアッセイと呼ばれています。損傷が多ければゲル中を移動するDNA量が増え、彗星の尾の長さが伸びます。
マイクロマニピュレーターで精子を卵子内へ直接注入して受精させる方法。運動性の弱い精子などを受精させる不妊治療の技術です。フリーズドライ精子はすべて死んでしまうため、顕微授精しなければ子供を作ることはできません。
DNAに傷が生じると、直ちにその部分のヒストン蛋白がリン酸化されガンマH2AX(γH2AX)と呼ばれる状態になります。したがってγH2AXを認識する抗体で免疫染色を行えばDNAの傷の量を調べることが出来ます。一般的には染色されたスポット数(=傷の数)を計算しますが、本研究ではスポットが多すぎるため核全体の相対輝度で測定しました。
宇宙精子で受精した胚を4日間培養して、胚盤胞への発生率とその細胞数や細胞分布を測定し、地上コントロール精子で受精した胚と比較しました。
宇宙精子で受精した胚を借り腹メスへ移植して出産させました。
生まれた宇宙マウスを育てて、外見の異常の有無や交配して子孫を作れるか調べました。
細胞内のmRNAの配列を解読して、発現量の定量を網羅的に行う解析方法です。本研究では産仔の脳の組織を調べ、解析結果をヒートマップと呼ばれる図で示しました。
フリーズドライ精子への宇宙放射線被ばく量は、1日当たり0.6ミリシーベルト(0.4mGy)、9か月間の合計で178ミリシーベルト(117mGy)でした。これは地上で同期間計測した放射線環境(9か月間で1.8ミリシーベルト)のほぼ100倍に相当します。
宇宙保存精子のDNA損傷度を調べたところ、4系統中3系統でDNA損傷の割合が地上保存に比べ有意に高くなっていました(図2.G-I)。しかし、顕微授精を行うと宇宙保存精子の大部分は卵子と受精し、正常な胚盤胞へ発生しました(図3.A-F)。受精後のDNA損傷を調べたところ、精子由来の核DNA損傷度は減少していました(4系統中1系統でのみDNA損傷が観察されました)(図2.J-L)。おそらく卵子が持つDNA修復能により、精子DNA損傷は受精後直ちに修復されたため、正常な胚発生が可能であったのだと示唆されます。
次に、宇宙保存精子由来の受精卵を偽妊娠(借り腹)メスに移植したところ、4系統のマウス精子すべてから合計73匹の宇宙精子由来のマウス(宇宙マウス)を得ることに成功しました(表1、図3.G,H)。どの系統も地上保存マウスとほぼ同じ出産率で、宇宙保存による出産率への影響は見られませんでした。宇宙マウスは順調に成長し、正常な妊性を示し、宇宙マウス同士の子供にも異常は見られませんでした。また、宇宙マウスの網羅的遺伝子発現解析を行った結果、地上対照区のマウスと違いは見られませんでした(図3.I)。
この実験によって、2013年8月4日~2014年5月19日のISS船内の宇宙放射線環境では、約9か月間の保存により精子由来の核DNAに若干損傷を生じますが、それらの損傷は受精や出産に影響のない範囲であり、生まれた産仔はほぼ正常であることが明らかとなりました。
将来、人類が宇宙で生活する時代には、凍結精子から子孫を作る不妊治療技術や家畜の人工授精技術が今以上に活用されると考えられます。本研究は、宇宙でも保存精子を使った生殖が可能であることを初めて示しました。一方、今回の研究によって、約9か月間宇宙で保存するだけでも、宇宙放射線によって精子のDNAにダメージを与えることが分かりました。
本実験におけるDNAダメージは産仔へは影響していませんでしたが、畜産業などで行われている人工授精では数十年もの間保存された精子が使われることもあるため、より長期間宇宙で保存した場合の影響を調べることが不可欠です。我々は、試料の一部をISS内で保存しており、今後、3年間および5年間に及ぶ長期間保存したフリーズドライ精子の実験を行うことにより、宇宙放射線が生殖細胞や継世代に対してどのような影響を与えるのか明らかにしていく予定です。
もし長期間の保存により、著しいDNA損傷の増加が確認できれば、積極的に宇宙放射線の影響を軽減する方法を考えなければなりません。たとえば、月で発見された遮蔽の厚い溶岩洞窟に精子を保管することで、フリーズドライ精子への放射線影響をできるだけ低減させた状態で半永久的に保存することも可能かもしれません。これは「ノアの箱舟」のように、地球に大きな災害が起こった場合に備えた究極の遺伝子資源の保管場所になるはずです(植物の種子はすでにスバールバル諸島で保存が始まっています(注3))。
我々は、宇宙の無重力環境でマウス初期胚を培養する実験も予定しています(2015年にISSの国際公募で採択されたプロジェクト(注4))。これらの実験と合わせて、哺乳類の宇宙生殖全般について明らかにしていく予定です。
若山教授らの研究グループは以前、地上で疑似無重力環境を再現する装置を用いて、マウスの体外受精および胚の発生が無重力でも可能かどうか調べる実験を行いました。その結果、マウス初期胚は無重力環境では胎盤の発育が悪くなり、出産率が大きく減少してしまうことが示されました。(論文:Wakayama et al., Detrimental effects of microgravity on mouse preimplantation development in vitro. PloS One, 2009, 4:e6753)
プレスリリース: 地球の重力がほ乳類の正常な胚発生に必須の可能性を示す-人類は宇宙空間で繁栄することができるのか-
マウスの精子はフリーズドライ状態にすると死んでしまいますが、室温なら数か月間、冷凍ならほぼ永久に保存可能であり、顕微鏡下で卵子内に精子を注入(顕微授精)してあげれば、健康な産仔を得ることが出来ます。これは我々が1998年に世界で初めて成功した技術です(Wakayama and Yanagimachi, Nature Biotechnology 1998,16:639-641)。
(注3)スバールバル世界種子貯蔵庫(英語ページ)世界中の種子を集めて保存しており、世界各地で大規模災害などにより種が絶滅しても再開できるようにすることを目的としています。
(注4)ISSでマウス初期胚を培養するプロジェクト「Space Embryo」2014年の国際公募に応募し、2015年に打上げ候補として採択されました。
(研究全般に関するお問い合わせ)
山梨大学大学院総合研究部生命工学専攻
特任助教 若山 清香 E-mail: sayakaw@yamanashi.ac.jp
教授 若山 照彦 E-mail: twakayama@yamanashi.ac.jp
TEL: 055-220-8826 FAX: 055-220-8827
(広報担当)
同 総務部総務課広報グループ
TEL: 055-220-8006 FAX: 055-220-8799
E-mail: koho@yamanashi.ac.jp
(国際宇宙ステーション(ISS)/きぼう利用に関する問い合わせ)
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 広報部
TEL: 050-3362-4374 FAX: 03-3258-5051
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