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CsPINsとは、キュウリにおいて植物ホルモン「オーキシン」の細胞外への排出を担い、その局在によって組織におけるオーキシンの動きや分布を制御すると考えられるタンパク質群のことです。 本実験では、CsPIN1とCsPIN5に注目します。 CsPIN1は、キュウリの芽生えに形成されるペグという突起の形成制御に関わると考えられています。 CsPIN5は、Hydro Tropi実験で注目した水分屈性に関わると考えられています。


『キュウリの芽生えの重力形態形成(CsPIN1)』編

キュウリの種子は扁平な形をしています。 そのため、土の中に播くと、種子は土の中で横向きになります。 そうして発芽した芽生えは、胚軸と根の境界域の下側にペグと呼ばれる突起を形成します。 ペグは下側の種皮を押さえつけるので、胚軸の伸長により、子葉が種皮から容易に抜けだします(図1)。 種子を水平に置いて発芽させた場合、芽生えは境界域の下側に1個のペグを形成するのに対し、垂直に置いて発芽させた芽生えでは、多くの個体で境界域の両側に1個ずつ、合計2個のペグを形成します。 このように、境界域でのペグ形成面は発芽直後に重力方向依存的に決まることから、ペグ形成は重力形態形成であると考えられます。



この重力依存的な形態形成を検証するために、1998年、スペースシャトルのディスカバリー号(STS-95ミッション)で飛行した向井千秋宇宙飛行士は、宇宙でキュウリの種子を使った、高橋秀幸先生が提案した実験を行いました。 その結果、微小重力下で発芽・生育したキュウリ芽生えは、根と胚軸の境界域の両側に1個ずつペグをつくりました(図2)。 この結果は、ペグ形成に重力を必要としないこと、そして、キュウリ芽生えの境界域は、2つの子葉の面した側にペグをつくる能力を持ち、地球上では、重力に応答して、横になった境界域の上側のペグ形成を抑制していることを示しています。 この発見は、「形態形成の重力によるネガティブコントロール」という概念を生み出し、注目されました。



一方、このペグ形成には植物ホルモンのオーキシンが重要な役割を果たします。 オーキシンを投与すると、キュウリの芽生えは横になった境界域の上側にもペグをつくるようになります。 また、横になった芽生えでペグが下側にしかできないとき、ペグができる下側では、できない上側より、オーキシンの濃度が高くなります。 つまり、ペグ形成には、ある一定量以上のオーキシンが必要です。 したがって、横になった境界域の上側でペグ形成が抑制されるのは、重力に応答してオーキシン量が上側で減少するためと考えられます。



実際にオーキシンを細胞内から細胞外へ排出するオーキシン排出担体は、膜タンパク質のPINです。 PINタンパク質は細胞膜全体に存在するわけではなく、局所的に存在し、それが細胞によって決まっています。 したがって、オーキシンはこのPINタンパク質の局在する方向に輸送されます(図3)。 キュウリの芽生えに存在するPINタンパク質を調べると、CsPIN1と名付けたPINタンパク質が根と胚軸の境界域の重力感受細胞と考えられる内皮細胞の細胞膜に蓄積することがわかりました。 面白いことに、このCsPIN1タンパク質は、横になった境界域の上側に多く蓄積します。 これは、細胞が重力に応答してCsPIN1 タンパク質の局在を変化させ、それがオーキシンの再分布を誘導してペグの形成面を決定している可能性を示唆しています。

図1 キュウリ芽生えのペグ形成


図2 宇宙と地上でのペグ形成
左図は地上で種子を水平置きに発芽させたときのペグ。 右図は宇宙(STS-95ミッション)で微小重力環境で発芽させたときのペグ。 cは子葉、hは胚軸、rは根、sは種皮、白い矢じりがペグ。


図3 オーキシン排出キャリアとオーキシン輸送の関係
維管束細胞で発現するオーキシン排出キャリアは根の先端側(基部側)の細胞膜に局在し、茎頂から根端へのオーキシン極性輸送の方向を決めている。



『キュウリの芽生えの根の水分屈性(CsPIN5)』編

1998年、スペースシャトルのディスカバリー号(STS-95ミッション)で2回目の宇宙飛行をした向井千秋宇宙飛行士は、宇宙でキュウリの種を使った、高橋秀幸先生が提案した実験を行いました。 キュウリの芽生えのペグ形成と重力の関係を調べるのがその実験の目的でした。 ところが実験中、本来の目的以外にもある興味深い事実が観察されたのです(図4)。



キュウリの種からは宇宙でも芽と根が出てきました。 それぞれが最初に出る方向は、宇宙であろうが地上であろうがあらかじめ決まっています。 しばらくすると、最初の主根(しゅこん)からさらに側根(そっこん)と呼ばれる根が出てきました。 地上では横方向に伸びるこの側根たちが、実験の途中から、それまで伸びていた方向でなく、水分のある方向に伸びるようになったのです(図5)。



地上では、根は主に重力によって伸びる方向を決めていると考えられています。 ところが、微小重力のスペースシャトルで、根が水の多い方向に伸びたということは、重力によって地上では見えにくくなっていたことが、宇宙ではよくわかるということでしょうか?



これを確かめることは地上ではできません。 なぜなら地上では重力が強くはたらいていて、重力の影響を完全に取り去ることができないからです。 高橋先生は、すでに、宇宙ステーションの「きぼう」を利用して、この水分屈性と重力屈性を分離するHydro Tropi実験を行っています。



Hydro Tropi実験の結果は、これからの解析でわかってきますが、クリノスタットと呼ばれる回転装置を使って重力屈性の影響をなくする方法で水分屈性を誘導する実験で、キュウリの水分屈性にも重力屈性と同じようにオーキシンが重要な役割を果たすことがわかってきました(図6)。 すなわち、オーキシンは、根の先端から屈曲する基部側(伸長域)に輸送されますが、根を横にして重力刺激を与えると、オーキシンは伸長域の上側よりも下側に輸送されるようになります。 水分勾配刺激を与えても同じように、オーキシンは伸長域の低水分側よりも高水分側に輸送されるようになることが示されています。 これによって高い濃度のオーキシンは細胞の伸長を抑え、それぞれ下側、高水分側に根が伸びると考えられます。 それでは、重力、水分勾配に応答してオーキシンを下側、高水分側に輸送する仕組みはどうなっているのでしょう。

図4 STS-95で植物実験中の向井飛行士


図5 宇宙と地上での根の伸び方
a、bは地上で観察した側根の伸び方。 cは宇宙(STS-95ミッション)で水分の多い方に伸びた側根。


図6 クリノスタット
写真には、2軸のクリノスタットを示した。 外フレームに赤線で示した軸を中心に回転する中間フレームが取り付けられている。 そして、中間フレームに青線で示した軸を中心に回転する内フレームが取り付けられている。 試料を内フレームに取り付け、中間フレームと内フレームを1 rpmで回転させ、試料の重力に対する向きを攪乱する。


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