国際公募で自分のテーマが選定された。これは生涯の仕事になる、そう思った。
宇宙実験をしてみようと思ったきっかけは。
「私が30歳くらいの頃だったと思います。
当時、南方熊楠(みなかたくまぐす)という紀州の学者が研究した細胞性粘菌を利用して、環境ストレスの生物影響について研究していました。
細胞性粘菌というのは、動物の時期と植物の時期を持ち合わせた、多細胞になりかけの生物です。
ある時、その生物を宇宙に打ち上げたら、短い時間で根と茎と胞子に分化できるだろうか、ということをふと考えました。
そんな思いつきが、チャンスに恵まれて向井さんのフライトで実験できることになりました。
その後、国際公募に応募して、私のテーマが選定された時には、『しめた!これはもう生涯の仕事やな』と思いましたね」
実現にこぎつけるまでにはご苦労もあったでしょうね。
「クルーは科学者ではないし、ヒト細胞培養に慣れているわけではない。
不慣れな生物材料を扱ってもらうわけですから、いかにシンプルで、絶対ミスが起こらないような実験方法を構築するか、たいへん苦労しました。
その結果、クルーと我々との間にコミュニケーションギャップが生じないような方法を開発できたわけです」
具体的には。
「培養細胞の液を混ぜる時、AとBという二つのバッグの間の仕切りをつぶして一つにするんですが、本当に一つになったかどうかを目で見て確認できるように、両方のバッグにビーズを一つずつ入れておきます。
二つのビーズが同じ場所で行き来すれば、一つになったことが一目でわかるというわけです。
こういう仕掛けをすることで、以前はクルーの音声情報にのみ頼っていたものが、誰が見ても実験が順調に進んでいることがわかるまでになりました。
地上でのトレーニングでは、クルーの方がこのバッグを見て感動されまして、『これは上手く出来ている』とほめてくださり、『必ず成功させます』とまで言ってくださいました。
フライトまでには相当な時間がかかりましたが、そのおかげで用意周到に準備ができたわけですから、その時間も結果として我々には幸いしたと思っています」
そのバックには誕生エピソードがあると聞きましたが。
「宇宙で二つのビーカーに入った水を混ぜてごらんなさいと言われたら、皆さんどうします?
一方のビーカーの中にもう一方のビーカーの水を入れようとする。
けれども、無重力だから混ざりません。
それなら、このビーカーから水をピペットで吸い上げてごらんなさいと言われたら?
下に水があって上に空気があるというのは重力のある地上だけの話で、宇宙では空気と水が混じり合ってしまいます。
宇宙で細胞と培地を混ぜ、さらに反応を止める薬を混ぜる。
しっかりと完全に混ぜなければならない、しかも正確な量で。
当時、私はこの難題に直面して頭を抱えていたんです。
ある時、夜遅くにファーストフードのお店に行ったら、調味料の小さな袋、醤油やワサビなどが入っている袋がいくつか料理についてきた。
一つ一つ袋の口を切り、中身を出して混ぜ合わせる。
そのうちに、『この袋がつながっていたら、こんなことせんでもいいじゃないか』、『もっとシンプルにできるんやないか』とひらめいたんです。
それから実験器具が急速に進化していきました」
今回の実験には、どれくらいの方々が関わっているのでしょうか。
「本当にたくさんの方々の協力で成り立っています。
谷田貝先生のグループもそうですが、JAXAの方々とも活発な意見交換を重ねて、今回の実験プランを練り上げてきました。
皆さん、プロフェッショナルな方々です。
うちの研究室の高橋先生なんて、普段から細胞の顔色がわかるくらいにヒト細胞に愛着を感じておられます(笑)。
日頃から実験材料を扱い慣れているグループで実験することが、やはり一番大切なことだと思います」
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