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地球上に住む私たちが日頃見ている植物は、重力が存在する環境で生育するのに最もふさわしい形を取りながら成長しているわけですが、それには細胞内に存在する植物ホルモンが関係し、植物ホルモンが植物内を移動することによってその形づくりが決定されています。今回の宇宙実験では、国際宇宙ステーションの"微小重力環境"を利用し、植物ホルモンのひとつである"オーキシン"の植物内移動が、地上の重力環境下と宇宙の無重力環境下で異なることを解明しました。
過去の宇宙実験では、微小重力下での植物の成長の仕方が地上と違うことは観察されていましたが、本研究ではさらに詳細な植物ホルモンの植物体内での動きを、キュウリの芽生えを使って明らかにしました。その結果から、我々が日頃見ているような植物の形というのは、地上(1G環境)では重力の方向を感知してオーキシンを植物体の下側に運ぶことによって成長を制御するしくみを獲得しながら進化してきた可能性が考えられました。
植物体内におけるオーキシンの移動は、オーキシンを細胞内から細胞外へ輸送するタンパク質である「PINタンパク質*」によって行われています。東北大学大学院生命科学研究科の髙橋秀幸教授らのグループは、国際宇宙ステーション「きぼう」での微小重力環境下で、JAXAとの共同実験により、地上と宇宙では植物 (キュウリ芽生え) の体の形が変わること、重力の有無で変化する形づくりに、オーキシンを輸送する「PINタンパク質」が重要な役割を果たすことを明らかにしました。
本実験は、国際宇宙ステーションで実験操作を行った古川聡宇宙飛行士、地上からの操作を行った「きぼう」日本実験棟の運用管制チームの協力によって実施されました。
本成果は、英国の科学誌ネイチャー・パートナー・ジャーナル「npjマイクログラビティ―(npj Microgravity)」に平成28年9月15日、公開されました。
キュウリの芽生えは重力を感知して、「ペグ」と呼ばれる突起状の組織を、茎と根の境目(境界域)の下側にひとつつくります(図1)。ペグは、芽生えのときに種皮を押さえて芽生えが種皮から抜け出すというプロセスを助ける重要な器官です。同グループは以前、スペースシャトルを利用した短期間の宇宙実験で、微小重力下ではペグが境界域の両側にひとつずつ(計2つ)できることを見出していました。ペグは下側の種皮を押さえ、茎が上に伸びることによって、芽生えが種皮から抜け出すのを助ける役割をしているために(図1)、境界域にペグが2つできてしまうと、上側のペグが邪魔してしまい、種皮から抜け出すのに不利な形態になってしまいます。このように、キュウリの芽生えは地上の重力を感知して、成長に有利な形態形成を行っています(不利になる上側のペグ形成を抑制している)が、微小重力環境ではこのしくみがうまく機能せず、2つのペグを形成してしまうと考えられます。
このペグ形成のしくみについて、同グループは、地上では境界域の上側で植物ホルモンのオーキシンが減少することで、上側のペグ形成が抑制され、下側だけにできるというモデルを提唱しています (図2)。しかし、重力の働く地上で境界域の上側でオーキシンが減少するしくみや、微小重力の宇宙でオーキシンが減少せずに境界域の両側にペグができるしくみは未解明でした。今回、研究グループは、国際宇宙ステーションの「きぼう」実験棟の細胞培養装置を利用して、キュウリ芽生えを微小重力下(μG)と遠心機による人工重力下(1G)で生育させ、植物体内でオーキシンを輸送するPINタンパク質に着目して解析を進めました。この装置は、微小重力と重力のかかる環境下での2種類の実験を同時に実施できる優れた特徴を持っています。
実験の結果、オーキシンの輸送を担うPINタンパク質が、重力刺激(重力を感知すること)に依存して細胞内で位置を変化させること、PINタンパク質をもつ細胞が協調して働くことで、これまでに知られていなかった新しいオーキシンの通り道(内皮層を介した輸送経路)を形成すること、キュウリの芽生えが地上で成長に有利な形態形成を行うために、この通り道を利用して上側でのオーキシンを減少させることが明らかになりました(図2)。
以上の結果から、キュウリは進化の過程で、地上の1G環境で、重力の方向を感知してオーキシンを組織の下側に運ぶことによって成長を制御するしくみを獲得してきた可能性が考えられました。その一方で、宇宙で植物を生育させると、進化の過程で獲得してきたこの成長制御機構が簡単に破綻してしまう可能性が示唆されたことから、将来、宇宙飛行士が長期の宇宙滞在で食用作物を適正に生育させるためには、人工重力やその他の代替手段が必要になるかもしれません。
*PINタンパク質: 分裂組織や芽・若い葉でつくられるオーキシンは作用部位まで輸送されますが、そのためにオーキシンは細胞内に流入して排出されます。PIN-FORMED (PIN)タンパク質は細胞膜の一部に偏在し、そこから細胞内のオーキシンを排出するのに必要です。したがって、同じPINタンパク質の局在パターンをもつ細胞が連なる組織では、このPINタンパク質が局在する側にオーキシンが輸送されます。
題目:The gravity-induced re-localization of auxin efflux carrier CsPIN1 in cucumber seedlings: spaceflight experiments for immunohistochemical microscopy
著者:Chiaki Yamazaki, Nobuharu Fujii, Yutaka Miyazawa, Motoshi Kamada, Haruo Kasahara, Ikuko Osada, Toru Shimazu, Yasuo Fusejima, Akira Higashibata, Takashi Yamazaki, Noriaki Ishioka, Hideyuki Takahashi
雑誌:npj Microgravity
Volume Page :npj Microgravity 2, Article number: 16030 (2016)
DOI:10.1038/npjmgrav.2016.30
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