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社会経済の発展を支える基盤素材である鉄鋼材料の製造プロセスにおいて、その精錬過程で生じるスラグなどの不純物(主に鉄以外の金属酸化物)と溶けた鉄鋼が接している境界面(界面)で起こる現象が、特性劣化や精錬効率の低下の原因となっています。しかし、酸化物と金属融体の界面を直接観察することや、界面で発生する張力等の物性値の測定は地上では実験が困難で、現象の基礎的理解が進んでいません。本テーマは静電浮遊炉を用いて、界面で起こる現象の理解や物性値の測定を行います。
鉄鋼(鋼(はがね))は鉄を精錬することで様々な不純物元素を取り除くことで得られます。鋼鉄は、原料である鉄鉱石が多量に産出する点や、硬くて強い性質をもち様々な道具の材料として適している点から工業材料として広く用いられてきました。鉄鋼は板状など様々な形に加工され、橋、建築物、自動車、冷蔵庫などの家庭電化用品、電車、産業機械など様々な用途に用いられます。このように鉄鋼産業は多くの他産業の基盤を支えています。
鉄の精錬、精錬された鉄を薄板鋼板に加工する連続鋳造、鉄鋼材同士の溶接など、鉄鋼を生産・加工する過程の多くで、鉄と不純物である酸化物の両方が存在します。このような状態における鉄と酸化物の境界面(界面)では界面張力(界面の面積を収縮させようと作用する力)が存在し、鋼鉄やその加工品の品質を左右することが知られています。例えば連続鋳造の段階では温度差から界面張力に差が生じ、流れが生まれ、界面に気泡や微粒子が集まり、気泡や微粒子が鉄に混入すると鉄鋼の特性劣化の原因になります。溶接プロセスでは溶接部分の強度に大きく関連する溶接部分の形状が界面張力によって左右されます。
鉄鋼の生産・加工過程において、特性劣化を防ぎ、界面張力を制御し思い通りの溶接形状をつくるといったことは、高い品質の鉄鋼製品を生産するために必要不可欠です。そのためには界面張力の特性やメカニズムを明らかにする必要があります。従来、界面張力の解明が試みられてきましたが、宇宙実験の項で説明するように、高温の界面張力実験を行うには様々な困難があり、これまで実現されてきませんでした。本実験では実験の舞台を地上から宇宙に移すことで、これを実現可能にしようとしています。
微小重力下において、物質は単位体積あたりの重さ(密度)の差の影響をうけません。そのため異なる2つの液体を混合しても密度差で分離することはありません。しかし、密度差以外の原因で混ざり合わない水と油のような液体の場合は、微小重力下でも分離し、浮遊した場合には2つの液体が卵の黄身と白身のように、一方が他方を包み込むような2重構造になります。2重構造においては、表面張力がより大きい物質のほうが内側(コア)になり、より小さい物質が外側(シェル)になるのです。今回の実験では鉄がコア、酸化物がシェルとなります。(右図)
浮遊した鉄・酸化物の界面張力と温度を計測し、温度変化と界面張力の関係を明らかにします。界面張力は実験試料を振動させることで得られる表面振動数から求めることができます。これは1981年にSaffrenらがコアとシェルからなる液滴の振動を解析的に解き、明らかにした表面振動数と界面張力の関係に基づきますが、今回の実験で実際に計測することでSaffrenらの解析解や数値シミュレーションの結果が正しかったかを検証することができます。
鉄と酸化物の界面張力は先に紹介したように鉄鋼産業に役立てられる等の理由から、従来、注目されてきました。しかし実験試料である鉄が融解する高い温度下では実験試料を入れる容器の制約により、融点に近い温度(約1526℃)までしか実験を行うことができませんでした。高温下で実験試料は容器と化学反応を起こすため、実験試料のみの変化を観察することが難しく、高い温度変化に伴う純粋な鉄・酸化物の界面張力の計測はこれまで難しかったのです。
界面張力は、鉄と酸化物の液体がコア・シェル形状になることで計測できます。しかし地上のように重力のある環境では、右図のように2つの物質が分離しコア・シェル形状にならないため、界面張力の実験をすることが難しいのです。
航空機を急降下させることで短時間ですが微小重力環境をつくりだすことができます。「きぼう」での実験を行う前に、地上で航空機内に微小重力環境を作り出し、「きぼう」で行う実験で想定される結果が得られるか検証が行われました。
航空機実験は航空機(Gulfstream G-Ⅱ型航空機、ダイアモンドエアサービス)に搭載可能な小型電磁浮遊炉を作製し、「きぼう」での実験と同様の手法で行いました。「きぼう」で行う実験と同様の静電浮遊炉を用いなかったのは、航空機実験では重力の変動が大きく、浮遊している実験試料の位置を制御することが難しいためです。 実験では鉄と酸化物の混合物を実験試料として用い、浮遊させレーザーで溶解させました。以下の図の写真は高速度カメラで撮影した試料が溶解する様子です。黒い部分は鉄、白い部分は酸化物です。酸化物がシェルとなり、鉄を包み込む様子がみてとれます。このように微小重力下で鉄と酸化物をコア・シェル形状にすることができることが確かめられました。
コア・シェル形状になった鉄・酸化物を振動させ周波数解析を行ったところ、下図のような結果が得られました。26.2Hz、41.1Hzでピークがみられ、界面張力に由来する2つの振動ピークが現れることが確認出来ました。 航空機実験により、予定している実験方法で「きぼう」での実験が行える見通しが立ったといえます。
渡邉テーマの実験は地上と宇宙を舞台とし、代表研究者の渡邉教授をはじめとした多くの研究者、研究者に代わり実験を行う宇宙飛行士、遠隔操作で宇宙飛行士の実験を地上からサポートする管制官など多くのプロジェクトメンバーにより実行されます。プロジェクトメンバーが目指すのは、実験方法から実験装置まで人類史上前例がないことばかりです。チャレンジングな実験を成功させるため、念入りな準備のもと計画は進められています。
2018年3月より、コア・シェル形状の試料を実施する予備実験として、単一の試料の物性データを取得中です。
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