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若田光一飛行士 2001[2]
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上:インタビュー風景(若田飛行士は左奥)

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s.gif 若田:余暇の過ごし方なんですけど、われわれ1週間以上のミッションですと、少なくとも半日――半日というのは4時間以上の休憩時間があります。ふつうはクルー全員で記念撮影をするとか、家族の写真等持っていった私物と一緒に記念撮影をするとか、それから自由に地球を見たりして過ごします。音楽を聴いたり――CDプレーヤも持っていけるんですね。CDも20枚持っていけます。そういったものを聴きながら余暇を楽しむような時間があります。
フライトによってかなり忙しいフライトと、若干時間的な余裕のある飛行があると思います。今回のフライトは、9日目まで、つまり宇宙ステーションにドッキングして一連の作業をして、それで宇宙ステーションから離れるまで、それまではもうご飯食べる時間も惜しいくらい、かなり忙しい。だから、今先生おっしゃいましたが、芸術というのはゆとりがないと、少なくとも時間的なゆとりと心のゆとりがないと生まれてこないものだと思うんです。あの環境ではそういう時間がまったくない。今回は宇宙ステーションからドッキングを解除して遠ざかってから四時間の休憩がありました。それから着陸場の天候が回復するのを待つ間。実は軌道離脱して帰る前というのは、結構忙しいです。シャトルの様々なシステムを軌道運用時の状態から帰還時の状態に変更したり、オレンジ色の帰還用の宇宙服を着たりします。フロリダに降りることができる可能性というのは、1日大体2周回くらいあります。フロリダがダメでも、その後カリフォルニアに降りる可能性が通常さらに一周回以上はああります。3周回――つまり4時間30分くらいは結構粘ってなきゃいけない。それでも今日はどこも天候が悪いということになって、ああじゃダメだったね、ということで今度は貨物室のドアを開いて、もう一日延長するためのいろいろな操作とかをする。結局、2日間延期になったからといって2日間休めるわけではなくて、大体1日3、4時間の自由時間が持てる程度です。でもそれまで毎日ほとんど自由時間ゼロだったわけですから、それは非常に大きなゆとりの時間です。ですから私は最初の予定されていた四時間の休みのときにこのような相撲のシコを踏んでみるような時間も持てました。
われわれにとって余暇の時間で一番人気があるのは、やはりスペースシャトルの窓から外を見ること。スペースシャトルの操縦室には窓がたくさんあるんですね。グラスボートというのがありますよね、海の中で魚が泳いでいるのを見れるような。スペースシャトルも背面飛行で飛ぶようなときも結構ありますけど、窓から見ると、本当グラスボートに乗っているように地球が見える。国際宇宙ステーションの前の、ロシアの「ミール」という宇宙ステーションがありましたね。あのミールにドッキングするシャトルミッションで飛んだ宇宙飛行士の話を聞いていると、ミールの宇宙飛行士は、シャトルがドッキングしたら、みんな操縦室に来て窓の外を見ます。ミールの窓は、数が少ないし小さいのです。それに比べると、スペースシャトルの操縦室はまさにグラスボートなんですね。だからロシアのミールの宇宙飛行士は何時間もシャトルの操縦室に来て地球を眺める。いかに地球を見るという行動が宇宙で生活をしていく際の精神的な支えになるのかということをつくづく感じました。
われわれもスペースシャトルに乗っている際、姿勢によっては地球があまりよく見えないような場合もあります。でも特に帰還が延期された後は、大体地球がよく見える姿勢で飛んでいましたので、ゆっくり地球を見て写真撮影をすることもできる。僕は前回のフライトのときもそうでしたが、クラシックなどの自分の好きな音楽を聞いたり、今回は「ふるさと」という曲を聴く機会もありました。『2001年宇宙の旅』の映画の影響が私には強いのかも知れませんが、(笑)、「美しく青きドナウ」のような曲や日本の「ふるさと」という曲は、曲のイメージが宇宙空間をゆったりと漂いながら、眺める地球の光景にぴったりだなと感じました。長期滞在になれば、少なくとも週一回の休日はあるので、例えば映画を鑑賞するとか、本を読むとか、楽器を演奏するとか、実際に絵を描いてみる、詩を書いてみるとか、そういう時間が最初から計画できるわけです。そうするとまた余暇の過ごし方というのは変わってくると思います。今回の飛行では余暇のゆっくり取れるスケジュールではなく、たまたま悪天候で着陸が延期されたので、思いがけず若干自由時間が取れました。一人、本を持って行っているクルーもいて、自由時間に読書を楽しんでいました。。
地球の景色ですが、今回の飛行で初めて自分が起きているときに、日本上空を昼間の時間通過できました。前回の飛行では日本上空を通過したのはいつも夜の時間帯でした。自分の故郷、その夜と昼の表情というのはまったく違って、昼の光景を自分の目で見ることは、ずっと望んでいたことだったので強く印象に残っています。また、今回の飛行では、自由時間に私は初めて宇宙で昼寝をする機会も持てました。但し、熟睡してはいなかったようです。目をつぶってふわふわと漂ってみると、体のどこにも圧力を感じない、無限の宇宙空間に自分が一人で浮いているような感覚を持ちました。夜の眠りのような深いものではない昼寝でした。何というか、目をつぶっていますとね、意識があるかないかのような境目のような、そういう浅い眠りでした。また自由時間には、シャトルのミッドデッキで野球をしたり、前回の飛行では習字をする時間もとれました。

井上:失礼ですけれども、前回の書道は計画的に事におよんだんですか(笑)。

若田:そうですね(笑)。一応筆持っていきましたから。本当は墨汁を持って行って習字をしようと思ったんですけど、アイデアを思い付いたのがフライト直前で、宇宙に持っていくものは、安全検査をしなければいけないんですよ。墨汁自体は安全なものですが、万が一目に入ったらどのように対処するかといった安全管理文書を作っていかなければなりません。半年くらい前から準備を始めていれば墨汁もまったく問題なく持っていけたと思いますが、安全手続きをする時間がなかったため、墨汁は持っていけませんでした。筆は問題なく持っていけました。そこで、墨汁の代わりになるようなものは搭載されていないかと考えてみたら醤油があったんです。だから本当は醤油で書く予定だったんです。しかし、飛行の七日目か八日目まで毎日忙しくて休み時間がとれなかったので、それまで習字をする時間が取れませんでした。そのうち、みんなが醤油を食事の時に使い切ってしまいました(笑)。醤油がなくなったので、何か黒っぽい液体がないかなーと探していたら、コーヒーがあることに気付きました。宇宙食の飲み水や、コーヒー、オレンジジュース等は、ビニール等のパッケージの中に水やお湯を入れてストローで飲みます。そこで、コーヒー粉末の入ったパッケージに水を極わずかだけ入れて、かなり濃い目にしたコーヒーを墨汁代わりにして習字をしてみました。

井上:パッケージの中に筆を入れて?

若田:いいえ、筆はかなり太いです。こんな太さ――もっと太いですね。パッケージのストローでジュッと出して、筆に浸すように。

井上:そうすると、墨汁や絵具を使うとしたら、同じように筆にそうやって付けるということですか?

若田:そうですね。宇宙船の中では無重力の状態ですから、筆に墨汁をたっぷり含ませても、ポトッと墨汁が落ちるような事はないので、一筆書きには好都合です。

井上:あれはほとんど継ぎ足さないで、一筆で書けたんですか。

若田:はっきり憶えてないんですけど、一筆で書いたんじゃないかな。ビデオがあります。

井上:書いているところのビデオがあるんですか?

若田:ありますよ。もう五年前なんですけど(笑)。たぶん一筆で書いたんじゃないのかな。

井上:映像で拝見したら、あのとき、紙を壁に付けられてましたね。別に片手で押しているだけで、浮いてくるわけじゃなかったですね。あれ、紙はどんなふうな形で壁に定着されていたんですか?

若田:あれ、実は壁ではなくて床なんですよ。

全員:床(笑)。

若田:そうですね、宇宙へ行くと上も下もないんですね。天井に行って立ってみると、まだ天井だなっていう感じがするんですけど。それは、スペースシャトルの操縦室にしてもミッドデッキにしても、対称形じゃないので、見た感じでどっちが上か下かわかるんです。大体、上の天井の方に行って腰を下ろしてあぐらかいても、要するに自分の目がある平面に近い位置になると、その新しい平面が新しい床に見える。ひっくり返って天井に立ってみると、まだ、元の立っていた平面が床だという感じがするのですが、そのまま天井の方であぐらかいてみると、今まで天井であった平面が新しい床になったような感じがしました。
習字を書いた時は、実はミッドデッキの床のところに半紙をテープで貼りました。右手は筆を持っていましたので、左手で床にあった吊り革に似た物を握って書きました。その際、習字をする姿勢はとても安定していたので、無重力空間では、十分片手で習字をするのに必要な安定した姿勢を保てると感じました。

井上:そうですか。土井さんも絵を描かれたから、日本人はよく宇宙空間で絵を描くなーと外国人に思われているかもしれませんね(笑)。アメリカ人はあまりそういうことをしないんですか?

若田:ええ、少なくとも一緒に飛んだクルーで、習字や絵を描くことをやった人は、アメリカ人仲間ではいないですね。

野村:野村と申します。今の美術の人たちというのは、上手に絵が描ける人も重宝されるんですけども、いろいろな発想を提案していくというのも重宝がられます。それで私たちの中で話し合ったときに、習字をするのにコーヒーを使われたというのは、これは若田さんは絶対、美術的なこと、芸術的なことを宇宙でやっていただくのに大丈夫な方だ、非常に頼もしいと(笑)、われわれの一致した見方なんです。
若田さんはロボットアームを操作なさるのが非常に上手で、それは一緒のクルーの方もそういう評価だと思っているんです。われわれもビデオを見まして、非常に小さなポイントにちょっとこう操作していかれる。関節があるようなものがこの壁のところにすっと入っていきますよね。何がコツなんですか(笑)。

若田:そうですね。やはりああいう映像で見ていただくと、かなり難しいことをしているように見えるかもしれませんが、実際には、トラブルがない限り、宇宙船のシステムは――宇宙に限らず、例えば航空機の操縦室にあるシステムも同じですが――非常に使いやすくできていると思うんです。ゲーム感覚で操作できるものに見えるかも知れません。ただわれわれが注意しているのは、それがゲームではなく、一歩操作を誤れば瞬時に安全上危機的な状況に繋がりうる事を認識しながら、使える道具は何でも使い、一つの信号、一つの視覚情報や聴覚情報などにのみ集中することなく、入手可能な多くの情報を総合的に判断しながら安全・確実に作業をして行かなければならないということです。
ロボットアームで、ものをまっすぐ近付けるというのは、コンピュータが各関節の動きをきちんと計算して動かしてくれますので、操縦桿をまっすぐ押してやれば操作は簡単です。ですが、その操縦をする際に自分が使う情報が信頼できるものかという状況判断を常にしながら操作をする必要があります。自分の作業する一つの動作だけではなくて、ロボットアームシステム全体の状態や、一緒に飛んでいるクルーの心理状態、スペースシャトルシステムや宇宙ステーションまで含めた全体のシステムの状態がどうなっているか等も常に意識しながら操作をしていく。私自身、そのことは心掛けたと思います。

野村:そんな大事なアームなのに、このあいだメールで出した私たちのプランの中には、そのアームに鯉のぼりを付けてどうこうということが書いてあるんですが。

若田:ええ、拝見いたしました。

野村:こんなことをされては困るんじゃないんですか(笑)。

若田:いや、これは非常に面白いなーと思って(笑)。鯉のぼりはぜひ。一つにはですね、鯉のぼりを仕事のときに付けるのは難しいと思うんですけど、実際に鯉のぼりを動かすというのかな、それによって何か――何というんですかね――芸術を見出すというミッションとしてとらえれば、それは可能だと思うんですよね。で、実際に本当にJEM「きぼう」の曝露部というか船外実験プラットホームには、親アームと子アームという二種類のロボットがありますから、日本のロボットのアームにそういうものを付けて本当に動かしてみるというのは、非常に興味深いことではないかなと思います。ただ、今回のスペースシャトルでは技術的にそれは少し難しいです。というのは、まずZ1トラスを動かすときとか船外活動をする宇宙飛行士をロボットの先端に乗せて動かすときというのは、周りの宇宙ステーションの構造にぶつからないように気をつけなければいけません。宇宙ではたなびかないと思いますけど、鯉のぼりが船外活動する宇宙飛行士の命綱に引っかかってこんがらがったりしてしまうと、安全にも影響を与えるので、難しいのかなーというふうに思ってました。

野村:今日も、実物の模型でJEMのアームをスタジオで見せていただいたんですが、あれだけ大きなものに、バランス良くしないといけない鯉のぼりというのは、若田さんがパッと想像されて、直感的にはどのくらいの大きさのものだったら、絵になるでしょうか。操作上とか、命綱にからまないとか、条件がいろいろあるにしても、ある程度の大きさは要るよといったときに、どのくらいだとお考えですか? 宇宙空間でものを見た時のサイズというのは全然想像もできないんですが、その辺いかがでしょうか。

若田:当然、鯉のぼりは大きければ大きいほど迫力があっていいのかなと思います。たなびくというより広げていくときに、まず船内に鯉のぼりを乗せるというのは、船外に比べるとかなり容易い感じがしますね。服のように折り畳んで持って行って、あと広げるだけですから、旗のようなものでね。それは簡単だと思いますけど、船外のロボットアームでそれをするときに、閉じた状態からうまく広げるためにどういうふうに畳むとか、畳むんじゃなくてアコーディオン式にこうなっていく必要があるとか、それはどういう方法を採用するか。やっぱり伸ばしたときにきちっと伸びた方がいいから、アコーディオン式はあまり望ましくないような感じがちょっとしますけど。そうすると、どういうふうに展開していくかということを考えたりすると、やはり自然と大体大きさの制限とか出てくるのかなと思います。1、2メートル程度のものなら、15メートル近いロボットアームであれば、バランス的には――見た感じのバランスはまあ問題ないかと思います。鯉のぼりを格納するときの格納装置の大きさ等も検討課題になってくると思います。

福嶋:このアイデアを考えて若田さんにメールを出すときに、もしかしたら若田さんが指示されれば、フロリダで日本のNASDAのチームの人が街に行って買える時間があるんじゃないかと思っていて(笑)、もしかしたら積んでもらえるかもしれないという期待を随分持っていました。先ほどの話をお聞きしたら、申請が1ヶ月か2ヶ月前じゃダメだということがわかったんですが。

若田:あー、そうですか。

福嶋:それと、鯉のぼりはメールの二番目に書いてあるんですが、四番目に書いてある「マインド・ガーデン」、これは先ほど若田さん言っておられるように、日本の文化を日本人の手でぜひ何とかしてもらいたいという思い入れがあったので、若田さんが庭を造られてなおかつ鯉が泳いでいるなんていうと、これは面白いなーというのが一つの発想だったんです。もし次の機会がありましたら、よろしくお願いします(笑)。

若田:ええ、まだ日本の仲間の宇宙飛行士が私より先に飛ぶと思いますけど、私も鯉のぼりは次回には機会があればぜひ持っていきたいなと思います。

福嶋:そんな危険なことはあまり考えないように(笑)。だけど、僕らも間違えていたのは、中に持って行ってもらうのは簡単だけれど、外のアームに付けるのはいつどうするか、空いている状態でないとダメだとか真剣に考えていたことです。実はダメなことが今聞いてよくわかりましたけど。

若田:ただ、一応可能性がある方法として――あまり私がこういう悪知恵を入れないほうがいいのかな(笑)――安全上のことでいろいろ検討していただく必要があると思いますけど、格納装置が大変な場合には、船外活動で持って行ってもらう手もあるわけですね。その場合にもやはり同じように、命綱にひっかからないこととか、そういう注意事項があります。鯉のぼりの重さ自体は、全く問題ないので、あとはどうやって畳んで持って行って開くかですね。そうなると、やはり日本のロボットアームに付いているのはすごく絵になるのかなと思います。船外活動でエアロックという遮蔽室を経由して外へ出す方が簡単なのかなという感じがしますね。

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