研究者からのメッセージ


間野 忠明

無重力下における自律神経系の可塑性」実験 共同研究者

 宇宙空間での微小重力環境がヒトの自律神経系に及ぼす影響を調べる国際共同研究に参加する機会を得て幸運に思っています。今回のニューロラブでは、血圧調節に重要な筋交感神経活動を、微小電極を使って人間の神経から電気的な信号を記録するマイクロニューログラフィーというテクニックを用いて、宇宙飛行士から飛行前後と飛行中に計測するため、その成果が大いに期待されます。この研究成果は地上での血圧調節障害の仕組みの解明と治療法の開発にも役立つと思います。 (1998年 4月26日)

実験成功のメッセージ
 ニューロラブの自律神経系に関する研究の一つが、マイクロニューログラフィーを使って人間の交感神経の働きを調べるものです。アメリカのD. L. Eckberg教授を含む4名の主任研究者と、アメリカ、ドイツ、日本の共同研究者の国際協力をもとに、この研究の準備が周到になされました。
 マイクロニューログラフィーは先端が約1ミクロンの細い金属の電極を人間の神経の中に刺して電気信号を測定する方法で、非常に熟練を要するテクニックです。向井千秋さんもこのテクニックを習得されました。ニューロラブでのマイクロニューログラフィーによる研究は、宇宙空間で出現する心循環系調節障害、とくに血圧の調節障害に自律神経の働きの変化がどのように関係するかを明らかにするためのものです。
 この目的のために、地上での宇宙飛行前と、飛行後に地上に帰還した状態でマイクロニューログラフィーの測定が行われます。さらに、宇宙飛行中の12日目と13日目にこの測定が行われます。しかし、地上でもこの方法を使って研究することは難しいのと、スペースシャトルの中にはいろいろな雑音源も多く、しかも地上におけるようなアース(接地)を設けることができませんので、はたして宇宙空間でマイクロニューログラフィーを使い得るものかどうか心配していました。
  4月28日と4月29日がこの測定日となり、4月28日にスペースシャトル・コロンビア号で飛行中の2人のペイロード・スペシャリスト、Dr. J. PawelczykとDr. J. Buckeyが各々実験者と被験者となりマイクロニューログラフィーによる測定が行われました。右下肢の腓骨神経という神経から血圧調節に重要な筋交感神経活動の記録がなされ、安静時の基礎活動と、さまざまな刺激に対する反応の測定が行われました。マイクロニューログラフィーを用いて宇宙で人間の交感神経活動を測定する初めての試みは大成功でした。心配されたような雑音の混入もなく、素晴らしい記録が得られました。
 測定結果につきましては、詳細なデータ解析をみてみないとはっきりしたことは申せませんが、予測と異なり安静時の筋交感神経活動は宇宙空間の微小重力下でもよく保たれていて、地上での飛行前の測定値よりもむしろ高いかもしれないという印象を受けました。バルサルバ試験(一種の息ごらえ)、掌握運動負荷、局所寒冷負荷、下半身陰圧負荷などに対する反応性も比較的よく保たれているようでした。
 いずれに致しましても、宇宙飛行中のスペースシャトルの中で宇宙飛行士からマイクロニューログラフィーによる筋交感神経活動の良好な記録ができましたことは、画期的なことと思われます。本研究の成果は宇宙飛行に関連する心循環調節障害の仕組みの解明と対策の確立に役立つものと期待されます。 (1998年 4月29日)

岩瀬 敏

無重力下における自律神経系の可塑性」実験 共同研究者

 岩瀬先生から、”無重力下における自律神経系の可塑性”実験について、説明していただきました。
 人間が寝たり立ったりしても、血圧が一定に保たれているのも自律神経という、自分の意志では制御できない神経の働きによるものです。自律神経には、興奮性の交感神経活動と、抑制性の副交感神経活動があります。この実験では、非常に細い髪の毛ほどの針電極を人間の末梢神経に刺し、交感神経の活動を記録します。 (1998年 4月23日)
肥塚 泉

前庭−眼神経反射による空間見当識の解析」実験 共同研究者

 体のバランスを保つ上で重要な役割を果たしている内耳は、三半規管と呼ばれる回転加速度のセンサーと耳石器と呼ばれる直線加速度のセンサーより構成されています。
 地上ではこれら2つのセンサーがほぼ同時に働いて、私たちの体のバランスを保っています。
 自分自身の体が今、地面に対して真っ直ぐなのかあるいは傾いているのかを判断する際は、重力加速度の方向と頭の方向との違いを、耳石器よりの情報を脳内で判断することにより行っています。地上ではこの情報と実際に目でみた景色の傾きとが一致するわけです。
 ところが宇宙に行くと直線加速度の一つである重力がなくなってしまうわけですから、耳石器からの情報が無くなり、目で見ている景色とずれが起こってしまいます。
 つまり、長年にわたって、地上で暮らしてきた我々生物にとって重力の存在は必要不可欠なものとなります。
 今回のニューロラブはこの重要な役割を果たしている重力のセンサーである耳石器の機能が、無重力の環境下でどのように変化するのかを、眼球運動を指標にして検討を加えます。スカイラブを含めて、これまでに何回か簡易な装置を用いて、これについて検討が加えられています。
 しかし今回のニューロラブのように、本格的な回転椅子を用いた実験は始めてで、どのような結果が得られるのか、本当に楽しみにしています。 (1998年 4月20日)

実験状況報告
 私どものグループの実験の成功の鍵を握る大きな要素の一つとして、いかに焦点の合った、きれいな眼球画像を得ることが出来るかという大きな命題がありました。またいかにきれいな画像が撮れたとしても、これが椅子の回転に伴ってぶれてしまっては、もともこうもありません。
 これまで地上にダウンリンクされてきた画像を見る限り、ほぼすべての眼球画像がこの条件を満たしており、今回の実験を完遂するにあたっての必須条件を満たす、満足すべき結果であったと我々は満足しています。
我々の結果の解析については本来、コロンビアが着陸後回収されたビデオテープをもとに行われる予定でしたが、ダウンリンクされた眼球画像の画質が思ったよりも良好で、これを用いての結果解析もすでに始まっており、予想よりも早くこれら眼球運動の解析結果が得られるかもしれません。
 最後の最後、着陸1日前にもう1回測定を行います。また我々は着陸後も数回同様の測定を行い、今度は地球帰還後のヒトの平衡機能の再適応についても検討を加えます。無重力に行った際に起こる適応現象と同様、この地球帰還後の地上での実験についてもどんな結果が出るのか、我々研究者一同、本当に心より楽しみにしております。(1998年 5月 1日)

S.ハイシュタイン

μG下での耳石器神経活動の連続記録」実験 代表研究者

 私達は、4つのフィッシュパッケージ(FP)全部から、加速度の負荷実験を含め、断続的に神経の活動電位を記録することができて満足しています。それぞれのFPから、最長2時間のデータを含め、種々の時間にわたる連続したデータを得ることができました。更に、FP#1のウェハー電極はよく機能していて、加速度の負荷実験を含めて、2つのチャンネルとも、神経活動電位を得ることができました。
 私達は、今回のミッションにおいて、研究目的を100%達成できるであろうと考えています。 (1998年 4月19日)
D.エックバーク

無重力下における自律神経系の可塑性」実験 代表研究者

 こんにちは、私は「無重力下における自律神経系の可塑性」実験の代表研究者のエックバーグです。私達自律神経研究チームの全員は、この記念すべきニューロラブスペースシャトルミッションに参加することに、とてもわくわくしています。私達のこの実験は、宇宙でいままでに行われたヒューマン生命医学の実験のなかで、もっとも複雑なものです。私たちは、この国際協力の下、日本の研究者達のこの実験への貢献に非常に感謝しています。そして、この実験が大成功することを希望しています。 (1998年 4月7日)


Last Updated : 1998. 4.30