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実験の背景


生物の体のなかで様々な働きをしているタンパク質は、遺伝情報に基づいたアミノ酸の鎖が固有の三次元構造を作り上げたものです。タンパク質は、この固有な立体構造により多様な機能を持つのです。この機能を分子構造から明らかにするためには、主に「X線結晶構造解析」の手法がつかわれますが、それには高品質なタンパク質の結晶が必要となります(図1)。

高品質なタンパク質結晶をつくるのは大変難しいことです。タンパク質分子が三次元的に組み上げられて結晶として成長する過程で、ほんの少しでも分子が並び間違ったり、結晶がゆがめられたりするだけで良い結晶を得ることはできません。しかし、結晶作りを試行錯誤しながらやみくもに繰り返すことは得策ではありません。従って、高品質な結晶を作る指針のようなものが必要となるわけです。

今回の研究は、生化学的な観点から結晶を眺めるのではなく、分子がどのように結晶に組み込まれるかという結晶成長学的メカニズムの観点からタンパク質結晶を詳細に調べて、高品質な結晶作りの指針としようというのが目的です。これまでのタンパク質結晶以外の結晶成長では、その結晶が成長する溶液の濃度と成長速度の関係を調べれば、大体のメカニズムがわかりました。ここでも基本的にはその手法をとります。ただし、タンパク質結晶は他の結晶に比べると成長するのが非常に遅いために、成長速度の測定には、レーザー干渉計という、光の波長を物差しとして速度を測る特殊な装置を使います。

このように結晶が成長しているプロセスを直接観察したり測定したりする方法を“その場”観察法といい、世界に誇れる研究方法でもあります。これまでの欧米の研究のように、宇宙で結晶をつくり地上に回収してから結晶を調べるという“靴の底から足を掻く”ような間接的な方法とは一線を画する方法といえましょう。

さて、ではなぜ宇宙で実験をする必要があるのでしょうか。結晶を地上で成長させようとすると、重さがあるために必ず容器の壁に接することになります。これが結晶の品質を著しく下げることはこれまでの経験から分かっています。また、濃度差や温度差が引き起こす対流は、不純物や微結晶を結晶にもたらすことになります。これらが結晶に取り込まれると完全性の高い高品質な結晶はつくれません。この不純物や微結晶の取り込みの影響を詳しく調べることを可能にしたのが、国際宇宙ステーション(ISS)の微小重力環境なのです。

これまでISSやスペースシャトルで行われたタンパク質の結晶をつくる実験では、結晶の完全性が向上する例が多数報告されています。これは、微小重力下では対流がないことから、タンパク質分子がゆっくりと結晶に取り込まれる(成長が遅い)効果によるところが大きいと考えられてきました。しかし、代表研究者らが回収衛星や航空機実験により、微小重力での成長速度を調べたところ、微小重力のほうが結晶の成長が速いケースがあることを初めて明らかにしました。これらの新しい現象を正しく理解して、完全性の高い結晶を得るための指針を探るのが、“その場”観察による研究なのです。

写真:リゾチーム結晶
写真:位相差顕微鏡で観察した結晶表面
写真:反射型干渉計で観察した結晶表面

図1 タンパク質結晶とその結晶表面
(a)リゾチーム結晶
(b)位相差顕微鏡で観察した結晶表面
(c)反射型干渉計で観察した結晶表面


実験の目的


どうして微小重力のもとでつくられたタンパク質結晶の完全性が向上する場合があるのか。どうして微小重力の方が結晶成長が速い場合があるのか。そのメカニズムに迫るのが本実験の目的です。それには、日本の誇る“その場”観察法を活用します。これを用いて、リゾチームというタンパク質の結晶成長の様子を“その場”で観察し、条件によるわずかな成長速度変化を測ったり、成長表面を分子レベルで調べていきます。

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