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2004年3月 学生と卒業旅行中に長崎チャンポンに舌鼓を打つ二川先生。


2004年12月 助教授(当時)昇進の折、学生からお祝いを受ける二川先生(中央)。 奥が助手時代の居室。

小さい頃から研究者になろうと思っていらしたのですか。

「子どもの頃は3つ夢があったんです。 お医者さん、学校の先生、それから天文学の研究者です。 実は、その3つの夢はどれもほとんど叶えられているんです。 天文学ではないですけど、一応宇宙に関わる研究をしていますし、一応、大学で学校の先生らしきこともしています。 お医者さんは、免許を取っただけで実際の医者ではないんですけどね(笑)」

夢を叶えるために相当な努力をされたんでしょうね。

「僕の場合、努力というより、人との出会いが重要だったと思います。 よく一期一会といいますよね。 幸運にも、小学校の頃からずっと、自分の人生に大きな影響をあたえてくれる先生方にめぐり合えたんです。 そういう先生との出会いから、自然にこの道にたどりついたような気がします。 たとえば、徳島大の医学部に入った頃は、自分は医者になると信じて疑いませんでした。 ところが、幸運にというべきか不運にというべきか(笑)、クラブの顧問が生化学の教授だったんです。 『医者になったって面白ないやろ。ともかく1年でもいいからうちの研究室に来い』と言われて、なかば強制的に研究室に連れ込まれました(笑)。 そこで、学位を取ったら臨床に戻ってもいいという約束をとりつけて、基礎研究に進んだんです。 実際にやってみたら、自分の性分にあってたんでしょうね、ものすごく面白くて。 一気に研究にのめり込みましたね」

先生は生まれも育ちも徳島で、研究生活もずっと徳島だそうですね。

「僕が育ったのは田舎も田舎、徳島市に出て行くのでさえ大都会に行くような気がするところです(笑)。 徳島大の栄養学科には、世界的にもトップクラスの先生が数名おられまして、この方たちから、中央とは一味違う地方独自のアイデアをかたちにしていく学問の姿勢を教わりました。 過度な競争にさらされず、ゆっくりものを考える時間があったので、のんびり屋の僕にはぴったりだったと思っています。 徳島はいいですよ。 海に行けばウミガメが見られますし、山に登ればいろんな野生動物に会えます。 自然ゆたかでお水も美味しいし、お水が美味しいからお酒も美味しいし。 楽しいお酒が大好きな僕には言うことなしです(笑)」



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