実験の目的について簡単に説明していただけますか。
「微小重力という宇宙の特殊な環境を利用して、きれいな結晶を作るのが目的です。
今回の宇宙実験では、シリコンとゲルマニウムという二つの元素からなる半導体結晶を作ります。
光通信に使用される半導体ですので、実験名称は『Hicari』としました」
「きれいな結晶」といいますと、たとえば雪の結晶のようなイメージでしょうか。
「『きれいな結晶』というのは、単に見た目がよいということではなく、二つの元素が均一に混じり合っていて、原子一つ一つがきれいに揃って並んでいる状態を指します。
こうした状態を「均一組成」と言いますが、その場合、結晶のどこを取っても均一でなければなりません。
結晶の組成にムラがあると性質が安定しないので、半導体として使い物にならなくなってしまいます」
均一組成の結晶は地上ではできないのですか。
「直径2ミリ程の細長い結晶でしたらできます。
なぜ細長い結晶しかできないかというと、地上では、結晶を作るために原材料を溶かして溶液にした状態ですと、熱や比重差による対流が発生してしまうからです。
対流は、重力のある地上では避けることができません。
では、対流の影響を最小限に抑えるためにはどうしたらいいかというと、結晶を細くしてやればいいんです。直径2ミリ程ですと、対流の影響をほとんど受けずに均一組成の結晶が作れます。
一方、宇宙では重力がほとんどないために対流が生じません。
ですから、対流の影響を気にすることなく、太くて大きな結晶が作れるのです」
微小重力の宇宙は、やはり特別な環境なのでしょうか。
「科学者にとっては夢のような環境だと思います。
地上で、長時間微小重力状態を実現することはできませんから。
同じような例として、原子が熱振動しなくなる絶対零度(摂氏−273.15℃)にしたらどうなるか、材料となる元素を99.999パーセントといった、ものすごい高純度にしたらどうなるかなど、さまざまな極限状態を考えていくと、おそらく今までとはまったく異なる物質や材料の性質が現れてくると思うんです。
そうした実現がきわめて難しい極限状態の一つとして、宇宙は大変魅力的ですね」
今回の実験が成功したら、将来は宇宙で半導体結晶を生産するのですか。
「コスト面で非常に高くつきますので、宇宙で生産するのは現実的ではないでしょうね。
むしろ、宇宙で得られた知識を活かして、地上で製造するのが目標です。
私たちは、まったく新しい結晶成長方法モデルを構築したのですが、今回の宇宙実験では、まずはそのモデルが正しいことを確かめたいと思っています。
モデルの正当性を十分に検証したのち、地上への応用の道を探っていくつもりです」
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