微小重力実験とは? |
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- 微小重力環境のもとでは、地上のように比重差によって軽いものが沈むといったことや、熱対流といった現象が起きません。このため、地上では正確に把握されていなかった物理現象を解明したり、物性値等を正確に測定することが可能になります。この微小重力環境を利用したさまざまな材料実験が考えられています。例えば、地上では比重の差が障害となる物質同士の混合も容易に行えます。また、半導体や蛋白質等の高品質の結晶が生成できることもわかっています。成分が均一で高品質の半導体や大型蛋白質結晶、高機能複合材等は実利用に最も近い実験分野であり、地上での材料製造に応用されることが期待されています。
MSL−1で行う実験
微小重力下の液体金属および合金の拡散
伊丹 俊夫(北海道大学)
1.実験の目的
- 純粋金属や合金の液体状体の拡散係数は、産業および基礎科学上重要であるにも関わらず、材料の性質が比較的高密度・低粘性であるため、拡散実験を行う上での重力対流の寄与が大きく、これまで地上重力環境では、正確な拡散実験がほんとんど行われていませんでした。この実験では比較的取り扱いやすい金属材料であるスズを対象として、スズの安定同位元素を物質輸送の目印(トレーサ)とした自己拡散係数測定実験を行います。スズは金属の中でも比較的融点が低く(約231℃)、実験温度範囲を広くとることができ、拡散係数の温度依存性を詳しく調べることが可能な材料です。過去に行われた微小重力実験でのスズの拡散実験では、微小重力で測定された拡散係数は、地上実験に比べ約20%小さな値を示し、かつその温度係数は、地上の結果とは大きく異なることが示されています。本実験では拡散実験の温度範囲を高温まで大きく広げ、かつ現在の日本の実験・解析技術を駆使することで、きわめて正確な拡散係数およびその温度係数の測定を行います。この微小重力実験で測定した正確な拡散係数の温度依存性から、液体金属の拡散機構のメカニズムの解明が期待されています。
2.微小重力実験の方法
- 本実験では、ロングキャピラリ法と呼ばれる拡散実験として最も一般的な方法を用います。ロングキャピラリ法とは、毛細管中に棒状試料と拡散の目印となるトレーサを配置し、トレーサ濃度の時間変化を調べることで拡散係数を測定します。今回の実験では以下に示すように、棒状(直径約2mm、長さ約60mm)の天然スズの一端に、トレーサとしてスズの安定同位体(124Sn)を配置しています。この実験では、試料を納めるキャピラリとして、直径約2mm長さ80mmの穴を4本あけたグラファイトるつぼを使用しています。また、グラファイト製の内蓋と黒鉛のスプリングを使用し、加熱・冷却や融解・凝固による試料の体積変化で試料中に自由表面が生じるのを防いでいます。るつぼは試料の酸化を防ぐため石英アンプルに封入され、さらにタンタルカプセルに封入されています。この試料を加熱・融解された後、温度を一定に保ちながらある時間拡散させ、その後、試料を冷却・凝固させます。地上に持ち帰った試料の錫同位体濃度を分析し、その濃度分布から拡散係数を決定します。拡散実験は、一般的に温度一定条件での拡散係数を考えるため、加熱や冷却途中の非定常の温
度条件での拡散は、実験誤差となります。本実験では急速加熱およびガスフローによる急速冷却を行い、非定常状態の拡散を極力小さくし、かつ、後に述べるシア・セルの実験結果と比較することで正確な拡散係数を決定します。
化合物半導体鉛錫テルルの融液拡散の研究
内田 美佐子(石川島播磨重工業株式会社)
1.実験の目的
- 半導体材料の良質な単結晶製造プロセスにとって、拡散係数はきわめて重要な量です。特に幾つかの元素を組み合わせることでつくられる化合物半導体では、目的とするような機能を有する組成の単結晶製造条件の決定に不可欠なものとなっています。本実験では赤外線半導体レーザー素子や受光素子となる鉛錫テルル化合物半導体の鉛および錫の拡散係数を測定します。実験で得られた拡散係数から良質な単結晶育成のための最適条件を決定できることが期待されています。また基礎科学の面からは、このような化合物半導体融液中では、複数の原子が化学結合で強く相互作用しながら運動していることが考えられます。従って、微小重力環境で測定した正確な拡散係数から、原子間の化学結合の強い液体での拡散メカニズムの解明が期待されています。
2.微小重力実験の方法
- 本実験ではロングキャピラリ法と呼ばれる拡散実験として最も一般的な方法を用いますロングキャピラリ法とは毛細管中に棒状試料と拡散の目印となるトレーサを配置しトレーサ濃度の時間変化を調べることで拡散係数を測定します今回の実験では以下に示すように錫と鉛の組成を変えた二種類の組成の鉛錫テルルを配置しています錫または鉛の濃度の変化を拡散トレーサとしています。この実験では試料を納めるキャピラリとして直径約2mm長さ80mmの穴をあけたグラファイト坩堝を使用していますまたグラファイト製の内蓋と黒鉛のスプリングを使用し加熱・冷却や融解・凝固による試料の体積変化で試料中に自由表面が生じるのを防いでいまするつぼは試料の酸化を防ぐため石英アンプルに封入されさらにタンタルカプセルに封入されていますこの試料を加熱・融解させた後温度を一定に保ちながらある時間拡散させその後試料を冷却・凝固させます地上に持ち帰った試料の錫または鉛の濃度を分析しその濃度分布から拡散係数を決定します拡散実験は一般的に温度一定条件での拡散係数を考えるため加熱や冷却途中の非定常の温度条件での拡散は実験誤差となります本実験では急速加熱および
ガスフローによる急速冷却を行い非定常状態の拡散を極力小さくしかつ後の述べるシア・セルの実験結果と比較することで正確な拡散係数を決定します
微小重力環境利用によるイオン性融体中の不純物拡散係数の精密測定
山村 力(東北大学)
1.実験目的
- イオン性融体とは高温で融解した塩のことで陰イオンと陽イオンからつくられる液体ですこのイオン性融体の拡散現象を研究することで陰イオンと陽イオンの静電的相互作用のもとにつくられている物質の性質を解明することが可能になりますこの研究ではイオン性融中に微量に混合した銀イオンの拡散係数を測定しますイオン性融体中の不純物の拡散の研究からリチウム電池などの高性能電池を設計する上での基本的原理であるイオンの伝導機構を明らかにすることが期待されます本実験で用いるクロノポテンショメトリーはイオン性融体などの拡散係数測定に一般的に用いられていますこの方法は比較的短時間で測定を終了することができるため重力対流の影響を受けにくいと考えられますが地上での実験結果にはかなりのばらつきがみられ重力の影響を少なからず受けていることが明らかとなっていますMSL−1では対流の抑制される微小重力下で電気化学的方法を用いて拡散係数をリアルタイムで正確に測定します
2.微小重力実験の方法
- イオン性融体などの電解性の液体に挿入した電極に電圧をかけると、電極反応による電流が流れます。この場合、電極間の電流及び電圧は電極付近のイオン濃度や電極方向へ移動するイオンの数に依存します。ある条件では、イオンの拡散のみで電流が流れることがあります。そのような条件を選んで電気化学測定をすることでイオンの拡散を調べることができます。この実験で用いるクロノポテンショメトリー(非定常電気化学法)では、電極間に一定の電流を流し、そのときの電極間の電位差の時間変化を測定することで拡散係数を測定します。イオンの拡散による移動のみで電流が流れるような条件では、ある時間、電位差が一定となります。この電圧差が一定となる時間(遷移時間)は拡散係数と以下に示す式の関係があります。この関係では、遷移時間以外はすべて既知の量であるため、遷移時間から拡散係数を計算することができます。MSL−1では対流の抑制される微小重力環境で測定を行い拡散係数を正確に測定します。また、下の式から明らかなように、試料に流す電流を小さくすることで遷移時間を長く取り、測定精度を高めることができます。地上実験では電流値を比較的大きくし
て短時間に測定を終了し、対流の影響を小さくします。MSL−1では温度一定条件で、電流値を変えて遷移時間を測定し、試料に流す電流と拡散係数の関係を調べるとともに、地上では対流の影響が現れ、測定ができないような微弱な電流を用いて、極めて正確な拡散係数の測定を試みます。実験試料にはLiCl−KCI共晶塩にトレーサとして塩化銀を添加したものを使用します。試料中にはクロノポテンショメトリー用の電極(作用極、対極、参照極)が挿入されています。試料はBNるつぼ中に納められ、石英アンプルに封入された後、タンタル製のカートリッジに収納されています。実験では図に示すような温度パターンを使用し、一連の測定で幾つかの温度水準の実験を行います。実験により得られたクロノポテンショグラム(電位差の時間変化曲線)は、地上にリアルタイムでダウンリンク去れ、直ちに解析作業に移ることができます。
τ : 還移時間 Transition Time
Co : 初期濃度 Initial Concentration
n : 電極反応に関与する電子数 Transfar of electrons
A : 作用極の表面積 Area of working electorode
D : 拡散係数 Diffusion Coefficient
F : ファラデー定数 Faraday constant
シア・セル法による拡散係数の測定
依田 真一(宇宙開発事業団)
1.実験目的
- ロングキャピラリ法の改良型であるシア・セル法による拡散実験を行い、シア・セル法の有効性やシア・セル機構の検証を行います。また、ロングキャピラリ法による実験の幾つかと同じ試料、同じ温度条件で実験を行い、高精度の拡散係数を測定し、ロングキャピラリ法の実験結果と比較することで相補的に実験の科学的意義を高めます。
2.微小重力実験の方法
- シア・セル法はロングキャピラリ法の欠点を克服するための改良型として考案されました。シア・セル法では穴をあけた円盤を積み重ねたるつぼに、試料を納め、円盤を回転させることで溶融した試料の接続、切断を行うことができます。シア・セル法では一定温度に保持するとき以外は、トレーサの拡散が進行しないようにできるため、ロングキャピラリ法で問題となる加熱・冷却中の非定常な拡散の影響を実験的に取り除くことが可能となります。また、試料の凝固偏析、体積膨張・収縮が大きい試料や、融点の大きく異なる試料に関しても正確な実験が可能となります。シア・セル法の欠点としては、溶融試料の切断や接合に伴い、試料の粘性や慣性による流動が発生し拡散によるトレーサの濃度分布を乱すことが考えられます。MSL−1ではシア・セルの制作に先立ち、このような流動の影響をシミュレーションにより明らかにし、シア・セル法の実験精度に関わる円盤の厚さや回転速度の最適化を図りました。結果として厚さ2mmの非常に薄い円盤を使用し、かつ円盤の枚数を28枚まで増やすことで世界にも類をみない高い実験精度を達成してます。実験は錫、鉛錫テルル各一実験づつ行い
ます。BN製のるつぼを使用し、るつぼにはそれぞれ2本の試料を挿入します。るつぼはタンタル製のカートリッジに収納されます。実験では目標とする温度に加熱した後、スペースシャトルのクルーが手動で円盤を回転させ、試料を接合し、拡散実験を開始します。一定時間加熱保持後、再び手動により円盤を回転させ、試料を切り放し、拡散実験を終了します。試料を回収した後、SIMS分析やEPMA分析などでトレーサの濃度分析を分析し、拡散係数の決定や円盤の回転による流動の影響などを調べます。
液相焼結(NASA実験テーマ)
Dr.Randall German(Pennsylvania State University)
1.目的
- タングステン等の高融点の材料を整形する場合、粉末冶金などの焼結方法が一般的に用いられますが、このような方法では、粉末にした材料の接合点を拡散や凝結で接合させるため、高温かつ長時間の加熱を必要とします。本実験で行う液相焼結法では、高融点材料の粉末の周囲を融点の比較的低いニッケルなどの材料の融液で覆うことにより、高融点材料の焼結を比較的低温度でかつ短時間に行うことが可能となります。その理由としては、ニッケルなどの融液で覆われた高融点材料粉末の接合部では、界面の影響が強く現れ、高融点材料の溶解、析出が他の部分よりも促進され、粒子の接合が速やかに行われると考えられていますが詳細なメカニズムについては未だ明らかになっていません。地上でこのような液相焼結を行う場合、融液中に密度の大きな高融点材料の粉末が存在するため、重力による粒子配置の変形や融液の流動が発生し均質な焼結が妨げられます。その結果、良質な材料の作製やメカニズムの解明が妨げられていました。本実験はIML−2で実施した実験の継続実験であり、微小重力で液相焼結を行うことで、液相焼結のメカニズムを解明します。
2.微小重力実験の方法
- 実験試料には、タングステン粉末とニッケル及び鉄(または銅)を使用します。7つの成分の異なる試料を一つのタンタル製カートリッジに収納し、1500℃まで加熱し実験を行います。加熱保持時間を変えて合計5本のカートリッジで実験を行います。
溶融半導体中の拡散プロセス(NASA実験テーマ)
Dr.David N.Matthieesen(Case Western Reserve University)
1.目的
- シリコンやゲルマニウムに不純物として幾つかの元素を添加することで、様々な性質を有する半導体材料を作り出すことができます。半導体内の添加元素の拡散係数は、良質な半導体材料を作製するプロセスにおいて必須の物理量です。正確な拡散係数を測定し、拡散のメカニズムを明らかにすることでより品質の高い半導体材料を作り出すことが可能となります。しかし、これまで地上で行われた拡散実験では、対流の影響により正確な拡散係数を測定することができませんでした。本実験では半導体材料であるゲルマニウムにガリウム、錫、アンチモン等を添加し、その拡散係数をシア・セル法により正確に測定します。温度条件としては均熱条件で拡散を測定するとともに、電気炉の温度分布を利用した温度勾配条件での拡散係数についても測定します。また、試料の直径を変えることで坩堝壁の影響についても調べます。
2.微小重力実験の方法
- 本実験ではアメリカが開発したシア・セルを使用し、正確な拡散係数の測定を行います。このシア・セルの機構は日本が開発したシア・セルとほぼ同じで、複数の円盤が回転することにより、溶融状態の試料の接合や分割を行うことができます。この実験では一つの坩堝2種類の直径の試料(1mmと3mm)を3本づつ収納し拡散実験を行います。実験では目標とする温度に加熱した後、スペースシャトルのクルーが手動で円盤を回転させ、試料を接合し、拡散実験を開始します。一定時間加熱保持後、再び手動により円盤を回転させ、試料を切り放し、拡散実験を終了します。試料回収後、不純物濃度を分析し、拡散係数を求めます。