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古川宇宙飛行士 長期滞在ミッション報告会開催レポート(2012年1月20日)
2012年1月16日、渋谷区文化総合センター大和田のさくらホール(東京都渋谷区)にて、「古川宇宙飛行士 国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在ミッション報告会 及び よくわかる「きぼう」での実験成果シンポジウム ~健康・医療に向けて~」が開催され、高校生以上の631名の方々にご来場いただきました。
古川宇宙飛行士は、2011年6月8日から11月22日まで、約5ヶ月半国際宇宙ステーション(ISS)に滞在しました。
今回のミッション報告会では、古川宇宙飛行士のほか、古川宇宙飛行士とISS滞在を共にした第28次/第29次長期滞在クルーのマイケル・フォッサム宇宙飛行士、セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士も来日し、3人の宇宙飛行士が揃った貴重な報告会となりました。
報告会の冒頭で、JAXAの立川敬二理事長からの挨拶の後、内閣宇宙開発担当大臣の古川元久氏が登壇し、日本人による有人火星探査を大きな目標としてはどうかと提言したほか、宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)に回収機能を付加することの重要性や、日本の民間企業による宇宙開発や宇宙産業の可能性などについて言及しました。その後、古川宇宙飛行士らが登場し、会場は拍手と歓声につつまれました。
報告会の第1部では、ISSでの長期滞在を、映像を通じて振り返りました。また、船内の様子や生活ぶりなども宇宙飛行士らの説明のもと、これまで未公開だった映像も含め、数多く紹介されました。
ISS滞在について、司会を務める鈴江奈々アナウンサーから3人の宇宙飛行士への質問が行われ、海外の宇宙飛行士から一番人気のあった日本宇宙食は「さばの味噌煮」であることや、微小重力環境下では、船内のどちらが上でどちらが下という感覚は無く、位置関係は自分のいるところが基準になるため相対的であることなどが話されました。
報告会の第2部では、「きぼう」日本実験棟で行われた実験の成果報告について、数多くの実験のなかから、3つの実験の研究者が登壇し、それぞれの研究の概要と成果などが紹介されました。
松本俊夫氏(徳島大学 大学院 教授)は、「ビスフォスフォネート剤を用いた骨量減少・尿路結石予防対策に関する研究(Bisphosphonates)」に関する研究で、宇宙滞在により、1ヶ月で1.5%程度ずつ減少する骨密度が、ビスフォスフォネート製剤(アレンドロネート)という骨粗しょう症の治療薬を予防的に摂取することによって、骨密度の減少がほとんど無かったことを報告しました。
二川 健氏(徳島大学 大学院 教授)は、「蛋白質ユビキチンリガーゼCblを介した筋萎縮の新規メカニズム(Myo Lab)」で、筋萎縮のメカニズムの解明と、その治療薬の開発を目指しており、微小重力下では筋タンパク質がユビキチン化(筋タンパク質の合成量が減り、筋萎縮につながる)されてしまうことがわかっています。そのユビキチン化阻害剤として抗ユビキチン化ペプチドが発見されたため、現在は新規薬剤を開発中であると述べました。
朴三用氏(横浜市立大学 大学院 教授)は、「タンパク質結晶生成実験(JAXA PCG)」を利用して、インフルエンザに対する新薬の開発に取り組んでおり、インフルエンザウィルスの増殖に欠かせないタンパク質のサブユニットの繋がりを調べるため、ISSでタンパク質の結晶化実験を行い、立体構造解析を行ったことを報告しました。地上でも結晶化実験はできますが、微小重力環境下のほうが高品質の結晶を作製できます。
各研究者の発表の後は、実験成果に関して研究者と宇宙飛行士によるパネルディスカッションが行われました。
宇宙での身体の変化について、古川宇宙飛行士は、無重力による体液の移動により、上半身側に体液が移動して、ふくらはぎが4センチ、ウエストが6センチ細くなったことや、上半身だけは体操選手のような体型になれたが、顔がむくんで丸くなったことを述べました。また、ISSに到着して間もない頃は宇宙酔いがあって気持ち悪くなったが、宇宙酔いが無くなると頭の芯の重みも感じなくなったので、体液シフトが宇宙酔いに大きく関与しているのではないか、と述べました。
また、今回2度目の宇宙滞在であったヴォルコフ宇宙飛行士は、「人間は非常に優れた適応能力を持っており、(今回で3度目の宇宙滞在であった)フォッサム宇宙飛行士とも話していたことだが、前回の飛行時よりも微小重力環境に慣れるのが非常に早くなったので、人間の身体が微小重力環境時にあった感覚をよみがえらせているのではないか」と述べました。古川宇宙飛行士も「もう一度宇宙に行ったら、以前宇宙にいたときの感覚がよみがえるだろうな、という想像はできる」と述べました。
「微小重力環境下で骨や筋肉が衰えたと感じることはあるのか」との二川氏からの質問に、古川宇宙飛行士は、「毎日筋トレをしていたので、筋力自体は衰えたという感覚はなく、地上にいた頃よりも重いものを持ち上げることもできていた。筋力というよりは、バランス能力が衰え、体のバランスをとる耳の前庭や三半規管、身体を動かす際の脳への指令も無重力仕様になってしまっていたので、宇宙にいた時と同じ感覚で指令を出すと、自分が思うほどに足が上がっておらず、段差でつまずくことがあった。また、体の10%の重さを占める頭の重みを地上ではとても感じ、頭を支えるために首がプルプルしているのがわかった」と、宇宙飛行士しか体感することのできない感覚を詳細に説明しました。
鈴江アナウンサーから各研究者へ研究のゴールについて質問があり、松本氏は、「直接のゴールは、宇宙空間に挑む宇宙飛行士に安全な滞在と帰還後に障害を残さず、健康体を保証するということ。今回は期待したとおりの成績だった」と述べ、長期的には「火星に行くという話も出てきたので、長期間での飛行をやって良いものか。また、火星は地上に比べて1/4の重力があるが、それを活かして、骨の形成と吸収のバランスを保てるような仕組みを生み出せるか、ということが地上での寝たきりの数の減少を防ぐことにも繋がるので、長期的には基本的なメカニズムを解明する作業を今後も継続し、しっかりとした骨を維持できるような方法を見出していきたい」と述べました。古川宇宙飛行士は、「自分の骨密度はISS滞在前と後で変わらなかった」として、松本氏に感謝の意を述べました。
二川氏は、「骨に比べ、筋肉のほうはまだ治療薬が実用化されていない。臨床的には、トレーニングをしなくても、薬を飲むだけで筋肉の量が落ちないようなものを開発したい」と抱負を述べました。古川宇宙飛行士は、「運動する時間があまりとれなくても筋肉量が減らなかったら素晴らしい。地上で運動ができない状態にある人でも筋肉を保てたら素晴らしいことだ」と期待を寄せました。
鈴江アナウンサーからインフルエンザに対する新薬の開発段階について質問を受け、朴氏は、「第一歩が進んだところだ。創薬はそんなに簡単なものではなく、化学、物理、医者などが集結して出来るものであって、運良く突然できるものではない。インフルエンザに対する万能薬の開発も可能だと考えているので、実現にむけて頑張っていきたい」と述べました。
パネルディスカッションが終了すると、参加者からの質疑応答の時間がもうけられ、多くの参加者が手を挙げました。質問者の中には宇宙飛行士志願の方も多く、フォッサム、ヴォルコフ両宇宙飛行士も質問者にエールを送りました。
最後に古川宇宙飛行士は、「宇宙飛行士に限らず、将来こうなりたい、こういうことをしたいと夢を持ちつづけ、かつ、それにむかって努力を続ければ、たいがいの夢はかなうんじゃないかと思います。皆さまの夢がかなうよう、応援しています。宇宙飛行士になりたい方は、将来一緒に仕事できるのを楽しみにしています」と締めくくりました。
報告会が終了し、宇宙飛行士および研究登壇者が去る際には参加者から大きな拍手が起こり、古川宇宙飛行士らも手を振ってこたえました。約2時間半にわたった報告会では、たくさんの宇宙の魅力や宇宙飛行士の貴重な経験や考え、研究者の発表や成果を聞ける機会であり、参加者は興奮した様子で感想を話し合いながら会場をあとにしていました。
報告会参加者からの質問と古川宇宙飛行士らの回答を一部ご紹介します。
Q: 未来の宇宙飛行士にアドバイスを。どういう努力をしたことが評価されて宇宙飛行士に選ばれたと思いますか。また、ふさわしい人間は?
古川宇宙飛行士 | チームの一員としてリーダーシップ、フォロワーシップを発揮することが大事。私たちも訓練で身につけてきた。若い方にはチームスポーツや山登りなど、チーム活動をすることをお勧めする。 |
フォッサム宇宙飛行士 | 宇宙飛行士はそれぞれエンジニア、科学者、医者など、様々な経歴を持っている。一番大事なことは情熱を持つこと。ベストになろうという意欲が沸いてくる。自分がやっていることを愛すことが重要だと思う。 |
ヴォルコフ宇宙飛行士 | マイクの言うとおり、好きなことに情熱をそそぐことは非常に重要。残念ながら飛行士になるための「万能薬」というものは無いが、一番大事なのは自分が何をしたいかをよく考えること。色々な道を通ってたどり着く職業だと思うので、楽ではない。 |
Q: なぜ宇宙飛行士になろうと思ったのですか?
古川宇宙飛行士 | 医師として働いていて、子供のころからの夢がよみがえった。当直のときに募集のニュースを見て、脳天に稲妻が落ちたような感覚を覚えた。ISSに滞在して科学などの実験をやると聞いて、これがやりたいと思ったし、医師の資格が生かせると思った。世界各地で訓練を受けるが、様々な素晴らしい人々に出会えたことが良かった。 |
フォッサム宇宙飛行士 | 祖父が(米国の)サウスダコタの開拓者だった。自分は宇宙時代に育ったので、自分の目標は宇宙の開拓者になることだと心に決めていた。宇宙飛行士になることは不可能ではないと確信し、決して諦めなかった。 |
ヴォルコフ宇宙飛行士 | 父が宇宙飛行士だったので、その生活を中から見てきたが、長い間父が家をあけ、大変な職業だとも感じていたので、子供の頃は宇宙飛行士になりたいとは思わなかった。当時はパイロットになりたいと思っていたが、航空学校で訓練を積んでいくうち、宇宙飛行士の募集があれば自分もチャレンジしようと思い始めた。幸運なことに、学校を卒業して2年後に募集があり、合格できた。 |
Q: 人型ロボットが打ち上げられたと聞いたが、人がなせる宇宙開発と機械がなせる宇宙開発の違いについて、どう考えているか?
Q: 男性の宇宙飛行士が圧倒的に多いが、女性宇宙飛行士が少ないのは、女性にとっては、やはりハードルが高いのか?
古川宇宙飛行士 | 現状では、約5人に1人が女性宇宙飛行士で、男性よりは少ないが、特別少ないというわけではないし、最近更に増えているように思う。船外活動などは、体を激しく使って体力が必要な仕事なので、どちらかというと男性の宇宙飛行士のほうが得意な人が多いが、女性でも得意な方もいるので問題はない。これからも女性宇宙飛行士が増えるのではないか。 |
フォッサム宇宙飛行士 | 従来、大学でエンジニア、科学、医学の分野で勉強していたのは男性が多かったが、今、これは大きく変化している。今はこういった分野を学んでいる女性は多いので、これから更に女性宇宙飛行士は増えるだろうし、歓迎している。 |
ヴォルコフ宇宙飛行士 | 女性飛行士が多いのは主にアメリカではないか。アメリカは女性がよりアクティブかもしれないが、それは文化的な面も反映している。ロシアの女性は、仕事をすると同時に、家庭に重きをおく女性が多いのも関係しているかもしれない。残念なことに、宇宙飛行士の仕事は、女性が女性的にしたり、魅力的にすることを排除しなくてはならない側面を持っているからだと思う。けれども、宇宙飛行士を目指す女性はどんどんその道に進んできてほしい。宇宙に女性の魅力をもたらすことは非常に素晴らしい。 |
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