平成12年9月に発出した第1回微小重力科学国際公募における流体物理分野における候補テーマの選定について、以下に示します。
| テーマ名 |
| 候補テーマ名 |
研究テーマ名: | Experimental
Assessment of Dynamic Surface Deformation Effects in Transition to Oscillatory
Thermocapillary Flow in Liquid Bridge of High Prandtl Number Fluid (高プラントル数流体のマランゴニ振動流遷移における液柱界面の動的変形効果の実験的評価) | チームコーディネータ: |
松本 聡(宇宙航空研究開発機構) |
代表研究者: |
鴨谷 康弘(Case Western Reserve University/宇宙航空研究開発機構) |
共同研究者: | 西野 耕一 河村 洋 川路 正裕 川崎 和憲 今石 宣之 | | 横浜国立大学 東京理科大学 University
of Toronto 株式会社IHIエアロスペース 九州大学 |
| 選定理由 |
流体の研究分野では、ゆっくりとした流れの研究から非常に小さい多数の渦ができる乱流の速い流れの研究へと興味の対象が移行してきています。それは、ゆっくりとした流れについては多くの研究課題が解決されたことと、乱流は航空機設計などの産業的な要求が強いためです。しかし、ゆっくりとした流れの中でもマランゴニ対流のような表面に働く力によって発生する流れの解明は、依然として主要な課題として残されています。マランゴニ対流に関する研究は、地上研究はもちろんのこと、微小重力環境を利用した実験が盛んに行われ、これまでの流体分野の宇宙実験の半数はマランゴニ対流に関するテーマです。それは、微小重力では密度差の対流が無くなりマランゴニ対流の本質が顕わになることと、大きな液柱が作れることにより詳細な流れの観察ができるためです。マランゴニ対流の現象を解明することは、工業的に非常に重要な材料製造技術の向上に寄与することから活発に研究が行われてきました。材料製造の際には、重力による浮力対流と表面張力によるマランゴニ対流が発生しますが、マランゴニ対流の解明がまたまだ不十分なために流れの完全な制御には至っていません。そのため、マランゴニ対流に関する更なる知識の積み上げにより流体力学の進展が必要となります。
我が国のマランゴニ対流研究は、透明モデル材料による流体力学の進展に寄与する研究と、実材料を用いた結晶成長技術の向上を目的とした研究の2つの方向性から体系的に研究が行われていることが特徴です。日本の小型ロケット実験を通じ、対流を詳細に観察する技術が確立し、世界で最先端の実験手法を獲得しました。透明モデル材料では、内部や表面の流れを立体的に観察することができ、三次元的な複雑な振動流を鮮明に捉えることが出来るようになりました。また、半導体のような不透明な液体の流れは普通の方法では見えませんが、X線で観察する装置を開発し宇宙実験で流れの様子を捉えることに成功しました。このことから、これまでの我が国の小型ロケット実験は、マランゴニ対流の観察のための技術開発的要素と振動流遷移の体系的理解の足がかりとして重要な役割を果たしました。
宇宙実験の初期には時間と共に流れの変わらない定常流についての実験が実施され、その後、温度差をより大きくすると発生する複雑な流れの研究へと発展してきました。複雑な流れの解明も高度な実験技術が確立したことにより、これから急速な進展を遂げると考えられます。その中で、解決すべき課題は、複雑な流れが発生する条件を見いだすこと、また、その複雑な流れが発生する要因を解明することです。前者の課題については、「きぼう」船内実験室一次選定テーマにより、モデル材料および半導体材料による複雑な振動流やカオス流の発生条件を詳細に調べる研究が実施されます。今回の国際公募テーマは、透明な流体を使い複雑な振動流が発生する本質的要因を解明しようとする実験で、後者の課題を解決するための実験と位置づけています。
国際宇宙ステーションの初期利用テーマとして実施される実験により、透明モデル材料でも半導体の実用材料においてもマランゴニ対流の複雑な流れへと遷移する現象が体系的に解明されます。この結果は、マランゴニ対流の知識を深めるだけでなく、表面を有する流体力学の進展にも多大な貢献を果たすことでしょう。今後は、遷移現象が解明された後には、複雑な流れの構造の解明へと移行し、界面を有する流体の総合的な理解へと繋がります。
| 選定されたテーマの紹介 |
本研究では、マランゴニ対流の様子を調べるために、透明シリコンオイルの大きな液柱を微小重力環境下で作り、マランゴニ対流と表面の変形を観察します。それにより、表面の変形と流れの様子の関係を明らかにし、提案されている革新的な物理モデルを実証します。この成果は流体力学の発展はもちろんのこと、材料製造への応用も期待されます。
液体の表面に温度差があると、表面張力の小さい方から大きい方へと表面が引っ張られ、その結果として流れができます(図1)。この流れをマランゴニ対流と呼んでいます。マランゴニ対流は、温度差などの条件を変化させると流れの様子がいつも同じ整った状態の「定常流」から、流れや温度が時間と共に周期的に変化し複雑な「振動流」に変わります(図2)。しかし、振動流に遷移する条件やその機構は未だ明らかになっていません。
| | | 図1
マランゴニ対流 | | 図2 定常流から振動流へ |
振動流に遷移する現象の解明を目指して研究を行ってきた結果、定常流から振動流へと変わる際に液体の表面が微小に波打つ動的表面変形(DSD: Dynamic
Surface Deformation)が起こり流れと密接に関係していることが分かりました(図2)。DSDは振動流への遷移のきっかけとなり、振動流を継続させるために重要な役割を担っていることを確信し、新しいマランゴニ対流遷移モデルが構築されました。従来は振動流が起こるのは、液体の大きさと温度差だけで決まるとされていましたが、本モデルではDSDの大きさがある値より大きくなった場合に振動流に遷移することを予測しており、従来の説とは本質的に異なります。
この斬新な仮説を実証するためには、大きな液柱で実験することが必須です。地上では重力があるため非常に小さな液柱しか作れませんので、国際宇宙ステーションの微小重力環境を利用します。径及び長さの異なる8種類の液柱について、最新の流体計測手法を使ってDSDを精密に測ると同時に、発生する流れを詳細に観察します。また、従来には例が無い自由表面の動的変形を考慮した数値解析結果との比較を行い、振動流遷移におけるDSDの詳細な挙動およびその役割を総合的に解明します。これまでの説では実験事実を説明できませんでしたが、この新規のモデルが遷移現象を解明すると期待されます。
本研究成果は、自由に変形する表面を持つ液体の流れと表面の関係を理解し流体力学に新たな1ページを加えるに留まらず、材料製造における高品質化への基礎理解としての活用が期待されます。
最終更新日:2003年10月1日
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