燃焼科学分野候補テーマ
平成12年9月に発出した第1回微小重力科学国際公募における燃焼科学分野における候補テーマの選定について、以下に示します。
テーマ名
候補テーマ名
研究テーマ名:
Effect of Material Properties on Wire Flammability in a Weak Ventilation of Spacecraft
(宇宙船内低速空気流中における電線の燃焼特性におよぼす材料諸特性の影響)
代表研究者:
藤田 修(北海道大学)
共同研究者:
Takashi Kashiwagi
伊藤 献一
梅村 章
National Institute of Standards and Technology
北海道大学
名古屋大学
選定理由
燃焼現象の最も大きな特徴は、20℃程度の常温から2000℃程度の火炎温度にまで、短時間のうちに大きな温度変化が起こることです。重力下では、火炎と周囲空気との密度差によって複雑な流れ(熱対流)が発生します。そのため、燃料や酸素の移動や熱の移動などの高精度測定を通じた本質的なメカニズムの解明を難しくしていました。それに対し、微小重力環境では、熱対流が発生せず、乱れが抑制されるために火炎周囲の熱や物質の移動を高精度に測定できるようになります。また、火炎への酸素の供給が拡散によってのみ生じるために燃焼速度が低下し、同一の燃焼現象を地上に比べて長時間に渡り観察することが可能となります。つまり、微小重力環境とは、地上では短時間のうちに終了してしまう現象をスローモーションで再生できる“高速度カメラ”として、極めて有効な研究ツールであると言えます。
微小重力環境を利用した燃焼科学研究は、落下塔やスペースシャトルなどの実験手段を利用し、ろうそく火炎やバーナ火炎、燃料の滴がどのように燃えるかなどを調べてきました。我が国の特徴としては、噴霧燃焼メカニズム解明のための基礎研究が挙げられます。噴霧燃焼とは、液体燃料を空気流中に小さな滴として噴射し燃焼させる方法で、各種のエンジンやボイラなどに広く用いられています。これまでは、噴霧を構成する最小単位である、1個の液滴(単一液滴)の燃焼挙動を対象とした研究が多く行われてきました。これらの研究により、液滴が燃え尽きるまでに要する時間、火炎の大きさと酸素濃度などの雰囲気条件の関係を含め、単一液滴の燃焼メカニズムについてはかなりの部分が解明されました。
しかし、実際の噴霧燃焼においては複数の液滴が相互に影響を及ぼし合いながら燃焼しており、このため、液滴から液滴に火炎が燃え広がる火炎伝播現象の理解が重要となります。そこで、単一液滴での知見を拡張し、複数液滴での火炎伝播現象の理解をはかることにより、噴霧燃焼メカニズム解明が可能になると考えられます。我が国が宇宙実験用小型ロケットTR−IAを用いて行った静止噴霧の燃焼実験は、このような視点に基づき行われた世界で唯一の実験でした。今後は、直線状に液滴を複数個並べた液滴列のような比較的単純な系における燃焼メカニズムを十分に解明し、その知見やモデルをより複雑な系へ拡張して行くことが適切と考えられます。しかし、液滴列における火炎伝播現象に関しては、燃料蒸気の拡散が与える影響など、不明な点もあります。
今回選定されたテーマは、NASAが開発する燃焼実験装置を用いて、棒状の固体材料上を火炎が伝播する現象の詳細な観察を行うものです。本テーマを行うことにより、気化する燃料蒸気の拡散が火炎伝播現象に与える影響が解明され、液滴列や液滴群、噴霧における火炎伝播メカニズムの解明とも関連した基礎的な知見を得ることができます。本研究の成果を基に、高度な火炎伝播シミュレーションの構築などを通じ、次世代の低環境負荷、高効率燃焼機器の開発への応用が期待されます。
選定されたテーマの紹介
直線状に燃料液滴を並べた液滴列は、燃焼現象の基礎研究の対象として用いられています。しかし、液滴列ではそれぞれの液滴が離れているため、燃え広がる火炎の前に形成される燃料蒸気の広がりが不連続となり、火炎伝播解析には困難さが生じます。それに対し、連続的な棒状の燃料を用いると、蒸発した燃料蒸気は火炎の前に連続的に形成されるため現象が単純化され、正確な理解が得られると考えられます。そこで本研究では、棒状の材料表面と平行な空気の流れがある状態で実験を行い、燃料蒸気の広がり(濃度場)が火炎伝播に与える影響を明らかにします。理論的な予測によれば、濃度場と温度場とが互いに影響を及ぼし合う結果、流速が非常に小さい条件で、火炎が燃え広がる速度が特に大きくなることが予測されています。しかし、重力がある状態でこの予測を確認することは、浮力による強い対流(熱対流)と乱れが発生するため困難です(図1)。
国際宇宙ステーションにおける米国の実験棟には、NASAが開発中の燃焼実験装置(CIR)が搭載されます。本研究では、CIR内に設置される固体燃焼実験用装置FEANICS (Flow Enclosure Accommodating Novel Investigations of Combustion of Solids)を用います。芯線を持つ棒状のポリエチレンを試料として、FEANICS内部に空気流れと平行に固定します。試料の下流側から着火させ、その後、空気流に向かって火炎が燃え広がる現象を詳細に観察するとともに、燃え広がる速度を計測します(図2)。また、火炎前方における燃料蒸気の広がりの影響を調べるために、空気流速や酸素濃度を変化させた実験などを行います。
図1
通常重力場での火災の燃え広がり
(強い熱対流が発生し、観察の妨げになる)
図2
微小重力場での火炎の燃え広がり
(熱対流が発生せず、詳細な観察ができる)
これらの実験とともに、現象のモデル化と数値シミュレーションを合わせて行い、火炎が燃料上を燃え広がる際の燃料蒸気の広がり(濃度場)の影響を定量化します。本研究により得られた知見を拡張することにより、不連続でより複雑な、液滴列での火炎伝播において燃料蒸気の広がりが果たす役割の解明に寄与することが期待されます。さらに、国際宇宙ステーション内部では空調のために非常に低速の空気流があることから、本研究で得られる成果は、宇宙船内における電線被覆材料などの棒状材料に関する燃焼性の評価、並びに火災安全性の向上に対しても適切な指針を与えることが期待されます。
最終更新日:2003年8月19日