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STS−79
宇宙放射線環境計測計画の実験テーマ



宇宙環境が与える大腸菌突然変異細胞への影響測定
代表研究者
原田 和樹
(PL学園女子短期大学)


図1 大腸菌突然変異細胞resA1の地上と宇宙での
生存率
図2 大腸菌突然変異細胞poltsの走査型電子顕微鏡写真
(2万倍)
 

実験の目的


 宇宙放射線(高エネルギー宇宙重粒子線)が微小重力の環境下で生物の細胞に及ぼす影響を大腸菌を具体的試料として用い、特に細胞内の遺伝物質、DNAに注目してその傷害の受け方を分子レベルで明らかにし、その結果生じた突然変異や菌の生存に及ぼす影響力、ならびにあらかじめ傷害を受けたDNA分子の細胞内修復過程において、地上と微小重力下では差異が見られるのか否かを明らかにする事を目的として宇宙実験を行う。この研究は、人類が長期宇宙に滞在する際の宇宙放射線防御システム開発の基礎研究とする。


過去の宇宙実験での成果

 第一次材料実験(FMPT)で用いた放射線モニタリング装置(RMCD)や、第2次国際微小重力実験室計画(IML−2)で用いた実時間放射線モニタ装置(RRMD)内に大腸菌細胞を共に組み入れて、軌道上に打上げ宇宙実験を行った。FMPTとIML−2の実験結果から、DNA除去修復系の一連の酵素をコードしている遺伝子3種に変異を起こしているresA1細胞については、地上対照サンプルと比較して宇宙サンプルの方が明らかにその後の生存率が下がり、すなわちより宇宙環境の影響を受けたというデータが得られた(図1)。よってそれらの実験結果を受けて今回の実験では、宇宙放射線によるDNA損傷を修復する過程において除去修復系の特定の遺伝子が正常に細胞内で働く事が本当に必要であるのか、この点について再実験を試みると共に、また別種のDNA修復遺伝子が機能する事がその修復過程に必須ではないのか否かを明らかにすることも試みる。また損傷を起こした大腸菌細胞においてDNAを修復する能力が微小重力下で影響されるかどうかも調べることとする。


実験の原理

 大腸菌の走査型電子顕微鏡写真を図2に示した(polts細胞)。このような大腸菌の突然変異細胞各種類とプラスミドDNAをそれぞれ乾燥状態にして、ドシメーターの内部に独立に並べ、さらにその上下にはプラスチック製の放射線飛跡検出材を付けて、この形状を保ったまま船内に設置し宇宙放射線に曝しておく。地上への帰還後、それぞれの細胞を培養して生存率ならぴに突然変異誘発率を測定する。プラスミドDNAの試料については、DNA塩基配列上の特定の部位に変異が生じるのかどうか検討する。 また、大腸菌の本来の正常なタイプである野生型細胞を凍結乾燥状態にした後あらかじめ地上でγ線を照射して、すなわち宇宙に滞在させる前にある程度の放射線傷害を起こさせておき、シリコンチューブに封入し、これをバイオスペーシメン・ボックスに装填する。なおこの時、シリコンチューブ内には別途用意した培養液入リガラス管も含めておく。この状態で打ち上げ、軌道上で宇宙飛行士の手によってシリコンチューブ内のガラス管を割り、それまで別々に封入され ていた乾燥細胞と培養液を混合して微小重力の環境下で初めて培養を開始する。この状態で大腸菌は生命現象である諸々の代謝活動を再び始めるが、その過程の一つとしてDNAの修復反応も生じていると考えられる。一定の時間の経過後、細胞試料を凍結させて、細胞内の全ての酵素反応を停止させて地上に持ち帰る。試料を回収後、その生存率が地上対照サンプルと比較して変わったか否かを調べ、また宇宙に滞在させたDNA分子の構造変化を、地上サンプルを対照として電気泳動技術を用いて明らかにする。そして得られた結果から、この2種類のデータにどのような相関性があるのか検索し、すなわち微小重力の環境による大腸菌の放射線傷害の修復反応への影響を、細胞の生存レベルとDNA分子レベルから明らかにする事を試みる。


期待される成果

 宇宙放射線によって生じたDNA損傷を修復する過程において、どの遺伝子の発現が必要とされるのかという点について、今回の宇宙実験で判明することが期待される。また、IML−2のミッションにおける、渡辺宏博士等により実施された放射線高抵抗性細菌ダイノコッカス・ラディオデュランス(Deinococcus radiodurans)を試料とした関連の実験では、微小重力がDNA修復能を地上における場合と比較して、より促進するという結果が得られている。この反応性が微生物一般にわたる現象なのかどうかを、微生物の代表といえる大腸菌を用いて検証する。これらの成果は、長期の宇宙飛行を行う宇宙飛行士達の放射線被曝管理とその防護法に役立つと思われる。とりわけ、国際宇宙ステーションのJEMに滞在する宇宙飛行士に対して成果が応用される様にしたい。また、DNA修復と微小重力の関係が明確になれば、宇宙ステーション内でのガン遺伝子や熱ショック・タンパク質の発現の機構の解明にもつながり、ガン治療を含めた宇宙医学の分野に貢歓できるものと期待される。


注釈

resA1細胞
 DNA分子中で傷ついたり間違ったりした塩基を認識してそれを除去する酵素工クソヌクレアーゼ2種類をコードする(その遺伝暗号を持つ)遺伝子(exo遺伝子群)、DNA分子中に正しい塩基を組み入れる酵素ポリメラーゼをコードする(その遺伝暗号を持つ)遺伝子(pol遺伝子)に変異が生じており、その結果これらの遺伝子の持つ機能が正しく発現されることが不可能な、すなわち除去修復能を欠損した大腸菌の突然変異細胞の一種。

polts細胞
 通常の温度(37℃)の場合とは異なり、比較的高温(40℃以上)において培養すると、recA遺伝子(大腸菌が持つDNAの一般的な組換えに働く酵素をコードしている遺伝子で、DNAの修復過程で除去修復とは独立した組換え修復としても働く)遺伝子が正常に発現しなくなる特徴を持った大腸菌の突然変異細胞の一種。この大腸菌を実験上用いる利点として、培養温度を選択することにより、細胞内のrecA遺伝子の発現の有無を人為的に調節できる。

プラスミドDNA
細菌や他の数種の細胞に存在し、その宿主となる細胞の染色体とは物理的に独立して自律複製して安定に遺伝することが可能な、ふつう環状の染色体外性遺伝子をいう。通常、細菌の生育には必須ではなく、今日では組換えDNA実験においてプラスミドに他のDNA断片を組込ませ、プラスミドの自律増殖性を利用してベクター(宿主に異種DNAを運搬するDNA)として用いることがよく行われる。

熱ショック・タンパク質
通常の温度の場合(37℃)と異なり、比較的高温(40℃以上)で培養した際に発現することが知られる、ある種のストレスに対応して細胞内に合成されるタンパク質群の総称。


DNA修復に及ぼす宇宙環境に関する研究
代表研究者
渡辺 宏
(早稲田大学)


図1 予め地上で照射したγ線線量に対するフライト試料及び地上
対照試料の生存曲線
図2 シリコンチューブ内部模式図

実験の目的

 人間が長期間宇宙で活動する際には、宇宙環境の様々な要因の中でも特に宇宙線被曝と微小重力のもたらす危険性を評価しておく必要がある。軌道上で被曝する放射線のレベルは、地上の約10倍と言われているが、この宇宙線の中には地上における自然放射線には存在しない極めて高エネルギーの鉄などの重粒子線が含まれている点が特徴的である。それらの人体への影響は地上における加速器を用いた重粒子線照射実験によってある程度推定することが可能だが、地上での実験結果を実際の宇宙環境におけるリスク評価に適用する際には、生物が本来持っているDNAの放射線による損傷を修復する能力が微小重力などの宇宙環境によってどのように影響されるかを加味しなければならない。 これまでにも日本を含め各国の研究者等が放射線と宇宙環境の相互作用について注目し研究を進めてきた。その中で微生物を試料として用いた実験では相互作用は認められないという結果が一般的であり、ごく一部として宇宙環境が放射線障害の回復に抑制的に作用するとの報告もあるが、まだ統一的見解は得られていないのが現状である。そこで、DNAの損傷修復過程を分子レベルで解析することによって、 今までに得られた結果よりもさらに正確に宇宙環境の影響を定量化しかつその機構を解明することが本実験の目的である。


過去の宇宙実験での成果

 放射線と宇宙環境の相互作用については、1960年代から生物試料を用いた宇宙実験が数多く行われてきたが、それらの試料の特徴としていずれも宇宙線に少なからず感受性があり、また個々の試料への宇宙線被曝量を必ずしも正確に把握することが困難であったことから、依然として明確な結論は得られていない。 そこで宇宙線による影響を除いた、その他の宇宙環境からのDNA修復過程に及ぼす効果を明らかにするため、極めて高い放射線抵抗性を有する細菌ダイノコッカス・ラディオデュランス(Deinococcus radiodurans)を用いて、第2次国際微小重力実験室(IML−2)で以下の方法による実験を実施した。すなわち、あらかじめ地上でγ線照射しておいたDeinococcus radioduransの放射線傷害からの細胞内修復反応を宇宙環境下で開始させた。その結果、地上で修復反応を行わせた対照実験試料に比べてその後のこの細菌の生存率が高くなり(図1)、宇宙環境下では放射線傷害からの修復反応が地上より効果的に起こることが示された。その理由として、(1)DNA損傷修復酵素系が微小重力下でより多く誘導合成され、その結果酵素などの量が増加したため反応がより進んだ。(2)DNA損傷修復酵素系による修復反応が微小重力下でより活性化され、その反応がさらに進んだとの二つの可能性が考えられる。ただ、これまでに実施された多くの宇宙実験の経緯から考えても、再現性の確認が必要である。さらに上記の仮説を検証するためには、微小重力下で生じたDNA修復反応の進行度の電気泳動法等による測定や、修復酵素系の誘導された合成量の計測などを実施する必要がある。


実験の原理

 微小重力の影響を調べるための実験材料は、それ以外の宇宙環境要因(一時的な加重力、振動、光、温度、宇宙放射線など)に対して耐性でなければならない。放射線抵抗性細菌 Deinococcus radioduransは、乾燥状態でも懸濁状態でもその生存に加重力、振動、光などは影響を及ぼさないし、無酸素の懸濁状態でも数十時間は影響を受けない。生育至適温度は30℃であるが、4℃以下でも生存できる。また、野生株は放射線に対して極めて耐性で、6kGyまでのγ線照射でも生存率は全く滅少せず、銀河宇宙線のような高LET放射線に対してγ線と同程度の耐性を持っている。またこの細菌は放射線照射で生じるDNA2本鎖切断を効率よく修復でき、この修復には照射後に誘導合成されるタンパク質が重要な役割を担っていることが既に明かにされている。さらにこの細菌にはDNA損傷の修復が完了するまでは細胞分裂を開始しないという特徴があり、かつ修復系タンパク質の誘導合成と修復反応に時間がかかるため、その間に起こる反応に対する微小重力の影響を観察しやすい材料である。
 以上の特徴を利用して、本実験では次のような実験方法を採用した。この放射線抵抗性細菌の野生株や放射線感受性変異株を凍結乾燥して生理的に休眠状態にした上で、予め60Coのγ線を地上で照射してからスペースシャトルに搭載し、軌道上の微小重力環境下で培養液を加えることによって初めて修復反応を開始させる(図2)。一定時間、DNAの修復を行わせた後に、冷凍庫に移して修復反応を停止させ、その状態で地上に回収して生存率を調べる。同時に地上でも宇宙と同−の操作を行い、両者の生存率を比較することによって、修復反応に与える微小重力の影響を解析するというものである。この方法によれば、宇宙放射線の影響は予め地上で照射したγ線よりもはるかに低い線量に過ぎないために無視でき、またこの細菌の凍結乾燥状態では照射損傷を修復する機能が停止したままで長期間安定に保存できるという性質を活かして、放射線障害からの回復反応だけを宇宙と地上とで厳密に比較することが可能となる。


期待される成果

 放射線抵抗性細菌Deinococcus radioduransの野生株については、IML−2での結果と同様に、フライト試料の生存率が地上対照試料よりも高くなる事が予想される。一方、放射線感受性変異株については地上対照試料との間の生存率の差が、野生株におけるフライト試料と地上対照試料で見られた生存率の差と比べて小さいか、あるいは差が認められないと予想される。生物が本来持っているDNA修復能に対する微小重力等の影響を厳密に明らかにする事ができれば、宇宙での長期間にわたる人間活動の際の、宇宙線被曝やその他の宇宙環境の複合的な危険性の評価を正しく行う事ができると期待される。


宇宙放射線環境データのリアルタイム交換実験
代表研究者
富田 二三彦
(通信総合研究所平磯宇宙環境センター)


図1 実験の目的及び概要に関するフローチャート
図2 宇宙の天気の因果関係

実験の目的


 宇宙を飛び交う放射線粒子に長時間人体がさらされると、遺伝的な影響を受ける可能性があり、また衛星に搭載される様々な精密機器も誤動作などの悪影響を受けることが知られている。特に太陽を源とする宇宙環境の擾(じょう)乱によって放射線帯(バンアレン帯)の構造が変化したり、あるいは大きな太陽フレア(太陽面爆発)が発生した場合などには人体への直接の危険や宇宙機器への悪影響は増大する。よって宇宙環境を安全に利用していくためには、現在の宇宙の放射線環境を知っておくこと(現況=ナウキャスト)と、将来の環境の変動を予測すること(宇宙天気予報=フォアキャスト)の両方が必要となる。今回の実験ではこの現況を提供するシステムをインターネットを利用して実験的に運用し、できるだけリアルタイム(即時的)に宇宙空間のさまぎまな場所における放射線の様子を表示する。さらに飛行後のデータ解析では、宇宙環境を予報することを目指して、太陽から地球までの宇宙環境が地球の周辺の放射線環境にどのように影響を及ぼしているかを知るために、宇宙環境データの総合的な解析を行う。


過去の宇宙実験での成果

 第2次国際微小重力実験室計画(IML−2)の実験では、スペースシャトル内部の放射線データが米国から日本へ、現在の太陽活動や宇宙環境に関する情報と今後の予報などが日本から米国へ、ファクシミリやコンピュータネットワークを用いて情報交換が行われ、約一日遅れながら情報交換システムの実験的な運用に成功した。また飛行後のデータ解析から、太陽の活動が地球周辺の宇宙環境に影響を及ぽす「宇宙天気の変化」の一例を発見した。これは太陽を源とする高速の太陽プラズマ風が太陽を出発してから約2日後に地球にまで到達し、地球の周りの磁場環境(地球磁気圏)に乱れを起こし、その影響で放射線粒子の一部がスペースシャトルの内部にまで降り注いだというものである。幸いに降り注いだ放射線はごく微量で、生物や機械に影響を及ぽすことはなかった。しかしながら、その時の磁気圏の乱れは特に大きなものではなかったため、より大きな乱れが押し寄せた時ゃ、また宇宙ステーションのように軌道の傾きが大きな場合には、さらに多量の放射線が降り注ぐ可能性がある。今後や他の衛星による観測のデータ解析やスペースシャトルでの放射線計測実験を引き続き行っていく必要 がある。


実験の原理

 宇宙空間での放射線源には、銀河宇宙線(GCR:Galactic Cosmic Ray)、バンアレン帯の捕捉放射線帯粒子(Radiation Belt Particles)、太陽フレア粒子線(SEP: Solar Energetic Particles)の3つがあるが、これらが空間的にまた時間的にも複雑に絡み合って宇宙空間のさまぎまな場所における放射線環境を形作っている。
 よって安全な宇宙活動のためには、まずその場(宇宙機周辺)での観測を行い、その情報を宇宙飛行士や地上のオペレータがリアルタイムに把握していることが必要なのは言うまでもないが、その他の場所(宇宙空間)や地上での観測による宇宙環境情報を把握することもその宇宙機の周りの状況を理解するため、またこれから遭遇する変化を予測するために必要である。このためには様々な宇宙環境に関する情報をリアルタイムで交換し表示することが必要となる。 また宇宙空間各所での環境を同時に計測したデータを総合的に解析することにより、太陽から地球までの宇宙環境の変動がその宇宙機の周りの放射線環境にどのように影響を及ぽすのかについて物理的な機構を解明することができ、さらに将来の宇宙環境を予測することも可能になってくる。 以上の観点から、今回の実験では宇宙環境情報のリアルタイム交換(現況の把握)実験と、飛行後のデータ解析による宇宙環境の変動予測に関する研究を2本の柱としている。


期待される成果

 スペースシャトルの内部およぴ日本上空の静止軌道上の放射線環境がリアルタイム(または準リアルタイム)で表示される。関連する宇宙環境情報(米国の気象衛星による放射線および磁気観測データ、地上の地磁気観測データなど)も参照できる予定である。これらにより、実験期間中の宇宙環境全体の様子(ナウキャスト)がリアルタイムで把握できる。これは将来の宇宙環境利用には欠かすことのできない「宇宙環境の現況監視システム」の開発に直接つながる実験である。 地球の周りの周回軌道上の放射線環境(スペースシャトルや宇宙ステーションの周りの放射線環境)が、太陽から地球までの宇宙環境の変動(たとえば太陽の活動の変化、太陽風の中の乱れ、地球磁気圏の乱れ、静止軌道上の放射線の変動など)とどのような因果関係があるのかを理解することができる。 この成果は宇宙の環境の変化を予測し、宇宙の天気を予報していくために役立つ。 以上の成果が組み合わされると、たとえば将来の宇宙飛行士や地上の運用オペレータは、いま宇宙機の周りの宇宙環境がどうなっているのか、太陽の活動は活発なのか否か、放射線の強度はこれからどうなって行くのかなど、丁度地上の 天気図で「ひまわり画像」を見るように知ることができるようになるであろう。


Last Updated : 1998年1月13日


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