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JAXA宇宙飛行士活動レポート

JAXA宇宙飛行士活動レポート 2013年12月

最終更新日:2014年1月24日

JAXA宇宙飛行士の2013年12月の活動状況についてご紹介します。

ISS長期滞在中の若田宇宙飛行士の活動については、JAXA宇宙飛行士によるISS長期滞在ページをご覧ください。

油井宇宙飛行士、ISS長期滞在に向けた訓練を実施

国際宇宙ステーション(ISS)の第44次/第45次長期滞在クルーである油井宇宙飛行士は、NASAジョンソン宇宙センター(JSC)でISSの運用に関わる訓練を行いました。

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訓練用の宇宙服を着用する油井宇宙飛行士(出典:JAXA/NASA)

無重量環境訓練施設(Neutral Buoyancy Laboratory: NBL)では、訓練用の宇宙服を着用して実物大のISSの訓練施設が沈められたプールに潜り、ISSの船外機器のメンテナンス作業を想定した船外活動訓練を行いました。

この他に油井宇宙飛行士は、ISSで緊急事態が発生したことを想定した訓練も行いました。油井宇宙飛行士は、空気漏れによる船内気圧の急減圧、ISS船内での火災発生といった事態や、熱制御システムの冷媒として使用しているアンモニアが船内に漏洩した場合の対処手順を確認しました。

また、ISS滞在中に医療担当クルー(Crew Medical Officer: CMO)が行う医学検査の手順や救急処置法についても訓練しました。CMOは、ISS滞在時に他のクルーの健康管理はもとより、他のクルーが病気や怪我をした場合に、地上の航空宇宙医師(Flight Surgeon: FS)の指示の元で救急処置を行う役目を担います。

これらの訓練の他に、ISSの電力システムやISSのロボットアーム(Space Station Remote Manipulator System: SSRMS)についての訓練も行いました。

星出宇宙飛行士、CAPCOMとして米国の船外活動を支援

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12月21日に行われた船外活動において、CAPCOMのコンソールに就く星出宇宙飛行士(出典:JAXA/NASA)

12月11日に発生した国際宇宙ステーション(ISS)の外部熱制御システム(External Thermal Control System: ETCS)の異常へ対処するために12月21日と24日に行われた米国の2回の船外活動において、星出宇宙飛行士が、NASAのミッションコントロールセンターでISSとの交信を務めるCAPCOM(Capsule Communicator)を担当しました。

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船外活動中にSSRMSを操作する若田宇宙飛行士(出典:JAXA/NASA)

この船外活動は、ETCSの故障したポンプモジュールを予備品に交換するために行われました。

星出宇宙飛行士は、NASAの飛行管制官の一員として、地上と軌道上のクルーがコミュニケーションを取る窓口となり、船外活動の成功に大きく貢献しました。

軌道上では、若田宇宙飛行士が船外活動においてISSのロボットアーム(Space Station Remote Manipulator System: SSRMS)操作を担当しました。若田宇宙飛行士は、船外活動クルーが先端に乗ったSSRMSを操作し、船外活動クルーの移動を支援しました。

古川宇宙飛行士、第20回アジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF-20)に参加

12月3日から6日にかけてベトナムのハノイで開催された第20回アジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF-20)に古川宇宙飛行士が参加しました。

本会議には、アジア太平洋地域の宇宙機関・政府機関・宇宙利用機関・研究者・大学関係者などが一堂に会し、"Values From Space : 20 Years of Asia-Pacific Experiences"(仮訳:“宇宙がもたらす価値:20年にわたるアジア・太平洋地域での経験を通じて”)をテーマに活発な議論が行われました。

古川宇宙飛行士は、宇宙環境利用分科会にて、国際宇宙ステーション(ISS)滞在中に実施した宇宙医学研究などに関する講演を行ったほか、「きぼう」日本実験棟から放出した超小型衛星のPicoDragonや「きぼう」で実施しているタンパク質結晶生成宇宙実験におけるJAXAとベトナムの協力を紹介する"Values from ISS"と題したセッションの進行役を務めました。このセッションの冒頭では、PicoDragonを「きぼう」から放出した若田宇宙飛行士から届いたビデオメッセージが放映されました。

野口宇宙飛行士、長崎大学にて講演を実施

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講演を行う野口宇宙飛行士(出典:JAXA/長崎大学)

12月15日、野口宇宙飛行士は、長崎大学リレー講座2013「明日を創造する人材の条件」の中で、“宇宙においでよ ~日本の有人宇宙活動の特徴、リスク、そして波及効果~”をテーマに、長崎大学の学生や長崎市内の中学・高校生を中心とした約600名の聴講者に向けて講演を行いました。

講演で野口宇宙飛行士は、自身の国際宇宙ステーション(ISS)での活動や生活の様子を映像を交えながら紹介しました。また、自身の経験を振り返り、「視野を広く持って、自分の将来について考えてほしい」と学生らにエール送りました。

講演最後には質疑応答が行われ、野口宇宙飛行士は長崎大学の学生から寄せられた質問に答えました。

古川宇宙飛行士、北九州市市制50周年記念イベントにて講演を実施

古川宇宙飛行士は、北九州市市制50周年記念イベントに招かれ、福岡県北九州市にあるスペースワールドで開催された「地球人講座in北九州」に講師として参加し、地元の小中学生約500名を対象に“君も宇宙へ行こう!”と題した講演を行いました。

講演では、自身が国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した際の経験や活動について写真や映像を使って紹介しました。また、会場に集まった小中学生に、夢の実現に希望を持ってもらうために激励のメッセージを送りました。


油井・大西・金井宇宙飛行士による活動報告「新米宇宙飛行士最前線!」



皆さんこんにちは!先日は、空港での待ち時間に、Twitterでお相手をして頂き、どうも有難うございました!お陰様で、私も有意義な5時間を過ごさせて頂きました!今後も機会があれば、よろしくお願い致します!

さて、12月は、少し長いお休みを頂きましたので、色々なことを考える時間がありました。そして、自分の人生を振り返る時間もありました。今日は、過去を振り返って私の経験を一つお話してみたいと思います。(あまり参考になるかわかりませんが、私が完全な人間ではないことが、よくわかって頂けると思います。)

実は、私が自衛隊でテストパイロットになるまでには、様々な紆余曲折があったのです。その全てが結果として宇宙飛行士になるためには重要だったのですから、人生というのは不思議なものです。そもそも、私が防衛大学校に進学したのは、パイロットなりたいとか、国防の重要性を認識していたからとか言ったものではありませんでした。大好きな勉強を続けるためには、それしか方法がなかったと言うのが正直な理由で、それによって天文学者や宇宙飛行士になるという夢は諦めざるを得ませんでしたから、当時の私にとっては、非常に辛い選択でした…

そんな中、防衛大学校の1年生の時に行われた航空身体検査と心理適性検査で、私は幸運にもパイロットになるための条件を満たしている事がわかりました。それを知った時、私は「可能性があるなら、パイロットもかっこいいな!」程度の気持ちで、パイロットを希望し始めました。一方で、折角パイロットになるのなら、かっこいい戦闘機に乗りたかったですし、そのために航空自衛隊に入りたいと思うようになったのです。

ただ、私が航空自衛隊に入れるかどうかの保証は全くありませんでした(実は、防衛大学校は、入校した際には自分がどの自衛隊に入るのか決定していません。2年生になる際に、適性、各自衛隊が求める人材、本人の希望等を元にして決定されるのです)。とにかく、航空自衛隊に進みたいという学生は沢山いて、希望通りになるかは運次第だったのです。その時、上級生から聞いた噂は「1年生の時の学業の成績がクラスで1番であれば、必ず希望通りになる。」というものでした。この噂が面白いのは、1番成績が良くても、1番成績が悪くても良いと言うものでした。調べてみると、噂の信憑性はかなり高そうでした(笑)。防衛大学校の1年生は、色々な意味で大変ですし、忙しいのですが、本当に一生懸命勉強しましたよ!(消灯時間が決まっているのですが、もっと勉強したい学生は、許可を得て24:00まで勉強できるのです。私はほぼ毎日この時間延長を希望していました。)

無事に航空要員(将来航空自衛隊に入る学生)になり、様々な訓練を受ける機会がありました。3年生の夏の訓練で、ある重大な事件?がおきます。航空自衛隊の仕事をよく知るという目的で、戦闘機部隊の研修があったのです。その際、小型ジェット機への体験搭乗もありました。その際、私は高Gに耐えられずに、あえなく気絶!顔面蒼白で航空機を降りました…(地上の重力の強さを1Gとして、その加速度の大きさを表します。例えば2Gといえば、重力の2倍の力がかかるので、体重も2倍ですね。高いGがかかると、体の血液も足の方に下がっていってしまい、脳に行く血液が少なくなってしまいます。特殊な呼吸方や、身体に力を入れるなどして、脳に十分な酸素を送らないと失神してしまうのです。)

そこで、すっかり自信を喪失した私は、パイロット以外の道を探し始めます。空に関する事を勉強したいと思った私は、以降航空自衛隊の気象予報官の道を目指し始めました。防衛大学校を卒業し、航空自衛隊の幹部候補生学校に進みました。ここを卒業する際に、自分の将来の職種が最終決定されるのです。ここで、最終的な航空身体検査が行われ、私はパイロットになる身体的な適性があると認められたのですが、職種の第一希望には、「パイロット」ではなく「気象」と書き、書類を提出しました。

数日後、私は教官からの呼び出しを受け、教官室にいました。

教官:「お前は、パイロットになるための適性があるのに、なぜパイロット希望じゃないんだ?」

私は、これまでの経緯を説明しました。

教官:「お前は、可能性があるのに、チャレンジする前に諦めるのか?それは間違っている!お前がパイロットに本当になれるかどうかは分からない!お前が希望する気象については、パイロットになれなかった場合に再度選択出来る可能性があるが、パイロットになる可能性は今しかないんだぞ!」

私は、その言葉を聞き、よく考え抜いた上で、書類を書き換えました。「第一希望:パイロット」私は、ついにパイロットになるための長く厳しい訓練を開始するスタートラインに立つ決心をしたのです!

さて、パイロットを目指すことが決まった私達は、パイロットの訓練コースへ!まずは飛行以外の訓練から入ります。その中の一つが、耐G訓練です。遠心力を利用して人工的に高G環境を作り出すカプセルに乗り込み訓練を受けるのですが、私はその訓練でもあえなく失神…自分がパイロットを目指すことに対する駄目出しを最初に受けたような気分でした…

そして、その訓練の直後、いよいよ飛行訓練を間近に控えた私達は、とても偉い将官の訓示を聞く機会がありました。

将官:「この中で、戦闘機パイロット以外を希望する者はいるか?」

私を含む3人ほどが手を挙げます。(Gに耐えられず気絶した経験がある私は、輸送機であれば大きなGがかからないので務まるかもしれないと考えていました。何より、人や物を運ぶのも大切な仕事です!)

将官:「今、手を挙げた者!今後一切その様な事を言う事は許さん!戦闘機パイロットを目指せ!」

私:(大変な事になってきたぞ…)

以降、書類上私の希望は常に「戦闘機パイロット」でした(苦笑)。

実際の飛行訓練が開始されました。ここでの詳しい事は、また別の機会にお話ししますね。

訓練は厳しく、実際に何人かの仲間は、パイロットになることが出来ずに別の道を再選択していきました…

次の大きな人生の選択は、パイロットになるための教育を全て日本で受けるコースと、一部を米国で受けるコースの選択でした。パイロットとしての訓練を約1年強継続したところで、どちらの道に進むかが決定されます(当時の話で、現在は少し状況が異なります)。私は国内での訓練を希望し、それを書類に書きました。理由は2つありました。

①国内での訓練では英語を勉強しなくても良いので、米国での訓練コースよりも早くパイロットになれる

②海外での訓練コースは、卒業後必ず戦闘機パイロットになるコースに進む

私は、書類上戦闘機パイロット希望でしたが、実はまだ心の中では輸送機のパイロットになりたいと思っていたのです。

そして、いよいよ国内組、米国組の決定の発表の日が来ました!

そこで、私は信じられない状況に直面します。

教官:「只今から、米国組の名前を発表する!○○、××、油井!?…」

私:(あれ??何かの間違いか?)

発表の後、早速教官のもとへ確認に向かいました。

私:「すいません…私は国内組希望の筈ですが…」

教官:「おお!すまん!あれ俺が書き換えたから!」

私:(絶句)

教官:「心配するな!お前ならできる!」

私:(一体何を根拠にそんなことを…)

それまで英語が話せなかった事や、米国で私の運命を変える「あの映画」に出会った事を考えると、この教官の決定は、私が宇宙飛行士になる上で非常に大きな意味を持つのですが、その時の私には、その事を知る由もないのでした…(続く)

私の優柔不断さが伝わりますか?後半では、私自身が変わっていきますよ!

写真

自分の進路に悩みに悩んでいた頃の私…20年以上前の話です。

※写真の出典はJAXA





2014年になりました。ヒューストンでは私の2016年の第48次/49次長期滞在に向けた訓練が始まりました。また、今後2年半に及ぶ訓練スケジュールの概要が決まって、それによると今年は5回、ロシアでの訓練が計画されていて、計6ヶ月をあちらで過ごすことになりそうです。1年のなんと半分ですね(^^;)

ソユーズ宇宙船の訓練はとてもチャレンジングだと聞いていますが、どんな生活が待っているのか、今から楽しみです。

先月のコラムでは国際宇宙ステーションの外部冷却システムで発生した故障と、それに伴う船外活動の実施について書きました。まずはその船外活動についてですが、結果的に2度の船外活動が実施され、2名のアメリカ人宇宙飛行士の活躍によって無事冷却システムのポンプが交換され、現在はシステムは正常な状態に復帰しています。もちろん、若田飛行士が得意のロボットアームを操作してその船外活動を支えたことも、この作業が大きな問題もなく、予定していた3回よりも少ない船外活動で終わったことの要因の1つと言えるでしょう。

今後、故障したポンプを地上に持ち帰ることが出来れば、今回の不具合の発生原因について詳しく調べることができ、それがまた将来の宇宙システムの開発に生かされることでしょう。

さてさて、今月のトピックは同じく船外活動からです。

先日、現在公開中のある映画をこちらで観ました。船外活動中にアクシデントに見舞われる宇宙飛行士たちを描いた宇宙モノです。その映画の中で、宇宙飛行士が船外活動服に装備された小型の推進装置を使って、宇宙空間を自由自在に飛びまわるシーンがあるのですが、そのシーンを観ていて、「ああ、一般の方にとって、船外活動というのはこういうイメージなのかな」と。

そこで今回は、現在宇宙ステーションで船外活動を行う際に用いられる、宇宙飛行士の命綱についてご紹介したいと思います。

そもそもなぜ命綱が必要なのか、という点ですが、ISSはほぼ無重力に近い状態で飛んでいるので、もし命綱無しで船外活動を行っていて、何かの拍子にISSから宇宙飛行士の体が離れてしまったら、そのままどんどんISSから離れていってしまうんですね。

これは非常に恐ろしいです。

こうなってしまうと下手をすると、というかほぼ確実に、その宇宙飛行士は2度とISSへは戻れず、そのまま地球の周りを回る1個の「天体」となり、やがて大気の抵抗(非常に薄いですが、大気は存在します)によって高度が下がっていき、いつしか大気圏に突入して燃え尽きることでしょう・・・((((;゜Д゜))))

船外活動をする宇宙飛行士に、命綱が必須な理由がお分かり頂けたかと思います。

実は先ほどの映画に出てくる、小型の推進装置。現在ISSで使用されているアメリカ製の宇宙服には実装されています。SAFER(セイファー)と呼ばれる装置です。ただ、推進剤となるガスの量が限られているので、「自由自在に飛びまわる」というのとは程遠い感じです。

私も1度、このSAFERの使用方法に関する訓練をヴァーチャルリアリティーのシミュレーターで受けたことがあるのですが、なかなか難しいです。遠くに離れていくISSの方向へ向かってSAFERを使用するのですが、自分の戻りたいポイントをしっかりと狙わなければなりませんし、ガスの搭載量の関係上、チャンスはせいぜい2度というところでしょうか。

ですから、このSAFERはあくまで最後の頼みの綱であって、とても命を預けられる代物ではありません。

命綱と呼べるものは、これとは別に用意されています。

この命綱、業界用語では「Safety Tether(セーフティー・テザー)」と呼ばれます。直訳すると安全綱でしょうか。

このセーフティー・テザー、構造はいたってシンプルです。

※写真の出典はJAXA/NASA

写真

写真手前に写っているフックが、宇宙服に取り付ける部分です。そしてもう片方のフックを、ISSの手すりなどの固定されている部分に取り付けます。写真の中で「29」とラベルされている灰色の部分の中がリール構造になっていて、そこに強靭なワイヤーが収納されています。宇宙飛行士が移動していくにつれて、そのワイヤーがするすると伸びていく仕組みになっています。なので万が一、宇宙飛行士が手を離してしまって宇宙空間に放り出されても、このリールが自然と巻かれていき、最初にフックを取り付けた場所に戻ることができるのです。

いたってシンプルじゃありませんか?

宇宙飛行士が船外活動を開始するとき、エアロックを出て最初に行う作業が、このセーフティ・テザーの一方のフックをすぐ近くにある穴に引っ掛けることなのです。

セーフティ・テザー自体はあくまでバックアップとも言うべき手段で、基本的に宇宙飛行士は必ず片手はISSのどこかを掴んでおり、もし両手を空けたい時には別のテザーを使います。これはセーフティ・テザーのようにリールがついておらず、約1.5mくらいの長さのテザーです。

この、作業をする時などに近くのてすりなどにテザーを引っ掛けておくことを、業界用語で「ローカル・テザー」といいます。私たち宇宙飛行士は、長さ60m幅30mの巨大プールで普段船外活動の訓練を実施していますが、この訓練中、教官から口を酸っぱくして言われるのが、作業場所に着いたらまずはとにかくこのローカル・テザーを忘れないように、なのです。

そしてローカル・テザーを忘れてうっかり両手を離してしまっても助けてくれるのがセーフティ・テザー、さらに万が一セーフティ・テザーが壊れて宇宙空間に放り出されてしまった場合には、先のSAFERの出番となるわけです。

一口に船外活動と言っても、なかなか一般の方々には実際どういう作業をしているのか想像が難しいかもしれませんが、今回のコラムでその一端をご紹介できていれば幸いです。

NASAテレビで実際の船外活動の中継を観ていれば、このテザーという言葉、かなり頻繁に出てきますので、興味があれば是非1度中継をご覧になって下さいね。

最後に余談、というか宣伝を。

現在ISSに滞在中の若田飛行士が、You tubeで「週間若田」という短いビデオクリップを頻繁にアップしているのはご覧頂いてますでしょうか?

寝袋で寝る時はズボン穿いてないなど、若田さんの思わぬカミングアウトが飛び出したり、非常に興味深く、楽しい内容になっています。こちらも是非ご覧下さい。

写真

年明け早々、毎年恒例のSafety Stand Down Dayがエリントン空港で行われました。これはクリスマス・新年休暇を合わせて3週間近くT-38の飛行訓練が止まってしまうので、訓練を再開するにあたり皆でもう一度「安全」についてじっくり考えましょう、というものです。

写真はその中の宇宙飛行士チームと教官チームによる、T-38のシステムに関するチーム対抗クイズゲームから。かなりマニアックな問題も出題されます。この時ばかりは新人もベテランも、子供に帰ったようにゲームの進行に一喜一憂です。





新年が明けました!みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

昨年末は、国際宇宙ステーションの外部冷却システムの大切な装置の故障がありましたが、軌道上のクルーの船外活動により、すべての機能は復旧しました。若田飛行士が、得意のロボットアームの操作で作業を手伝ったのは日本でもニュースや報道で取り上げられていましたね。

一方、日本ではあまり注目されていなかったかもしれませんが、宇宙服を着て宇宙ステーションの外で作業を行ったのは2人のアメリカ人クルーでした。何を隠そう、そのうちの一人であるマイク・ホプキンス飛行士は、2009年に宇宙飛行士候補者として選抜を受けて、一緒に2年間の候補者訓練を受けたクラスメイトです。

写真

テキサス州ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターで行われた宇宙飛行士候補者(通称アスキャン=アストロノート・キャンディデート)訓練には、アメリカから9人、カナダから2人、日本から3人の合計14人が参加しました。

ホプキンス飛行士は、クラスの中でも一番最初にミッションへのアサインを受け、若田飛行士よりも3カ月前から宇宙滞在を行っています。

クラスの仲間が一番最初に打ち上がったときも仲間内で大変な盛り上がりでしたが、今回、(クラスのメンバーとして)初めての船外活動を成功させたのにも、特別な思いを感じました。

ちなみに、2009年はヨーロッパ宇宙機関(ESA)も6人の新しい宇宙飛行士を募集しました。彼らはドイツのケルンにあるヨーロッパ宇宙飛行士センターで、NASAでのものと同じようなカリキュラムで候補者訓練を受けた、これまた、いわば同期の仲間です。

若田飛行士が入れ替わった形で、無事に地上に帰還したルカ・パルミターノ飛行士はイタリア出身。2009年選抜組としては一番最初に宇宙に行って、帰ってきた宇宙飛行士となりました。

奇しくも、パルミターノ飛行士も宇宙ステーションに滞在中に船外活動で活躍しましたが、その作業中にヘルメットの中に水が漏れて、ちょっと大変なことになった・・・というニュースを目にされた方もいるかもしれません。

JAXAからは、2015年に油井飛行士、2016年に大西飛行士が宇宙に旅立つことが決定されており、これまた今から楽しみです。

でも2009年クラス全体を見渡すと、これからのミッションが決まっているのはJAXAの2人だけではありません。

若田飛行士と交代で今年(2014年)の夏に打ち上がる予定なのが、リード・ワイズマン飛行士(米)とアレキサンダー・ガースト飛行士(独)。

その次の入れ替わりとして、2014年の冬に、サマンサ・クリストフォレッティー飛行士(伊)。

さらに次の交代要員として2015年の夏には、43Sという番号のついたソユーズ宇宙船で、油井飛行士と一緒に、同級生のチェル・リングレン飛行士(米)が飛び立ちます。

なお、この二人が宇宙ステーションに長期滞在を行っている最中に、短期間ミッションでアンドレアス・モーガンセン飛行士(デンマーク)が宇宙飛行を行います。

油井飛行士、リングレン飛行士の交代で、2015年冬から宇宙ステーションに長期滞在するのが、ティモシー・ピーク飛行士(英)。

そして、ピーク飛行士と代わる形で、2016年夏から大西飛行士のミッションが始まります。

こうして並べて見ると、2013年から2016年まで、ひっきりなしに交代でクラスメイトたちが宇宙滞在を行っていることになります。数えてみたら(すでにミッションを終えた人も含め)合計10人!

時代は今まさに2009年クラスのもの、と言っても過言ではないと思います。

いったんミッションにアサインを受けると、打ち上げまでの2年半は、分刻みの忙しい訓練スケジュールが待っています。自分のミッションには何が必要で何が不必要なのか、優先順位をはっきりつけないと、余計なことをしている暇はありません。

そう考えると、ミッションの決まっていない自分が、今この時間に、将来のミッションのためにどんな準備をしていくのかというのは、とても重要なことであるように感じます。

つい時間は十分にあるように考えがちなのですが、クラスの仲間が次々に宇宙に飛び立っている状況を鑑みると、のんびりしている余裕はありません。

日本で言うところの「一年の計は元旦にあり」に近い言い回しで、英語ではお正月明けに「今年の目標(Resolution)は決めたの?」と聞かれることがあります。

わたしの今年の目標は、この「ミッションにアサインされる前をどう過ごすか」という部分で、いかに有意義に時間を使っていくかというところにあると考えています。

※写真の出典はJAXA/NASA



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