みなさん、こんにちは。先月は休載させて頂いたので、2ヶ月ぶりになりますね。
10月前半、米国の一部政府機関が16日間にわたり閉鎖されたのはご存知でしょうか?原因は暫定予算案をめぐる与野党の対立だったのですが、それに伴い、NASAも一部の業務を除き閉鎖される事態となったのです。宇宙飛行士の訓練も、優先度の高いものを除き停止されるという異常事態でした。
一部の業務を除きと書きましたが、国際宇宙ステーションの運用など、現在実施中のミッションに関する業務は例外的に継続が認められ、幸い悪影響は出ませんでした。私は現在NASAの宇宙飛行士室でクルーサポート・アストロノートという業務を担当していて、期間中も変わらずその業務を行っていたので、いつも以上に忙しい毎日を送っていました。
以上が、前置きが長くなりましたが、先月のコラムを休載した言い訳になります(笑)
さて、今月はつい先日まで私が参加していた、「Field Maintenance Training」について書きたいと思います。直訳すると「実地整備訓練」ということになるのですが、実際には「飛行機整備訓練」と呼んだ方がわかり易いかもしれません。
訓練は10月28日から11月15日までの3週間にわたって、私たち宇宙飛行士が普段T-38ジェット練習機の飛行機操縦訓練を行っているエリントン飛行場で行われました。
NASAは現在T-38を20機ほど保有していますが、その整備作業を専門の整備士と共に実施するというのが、訓練内容になります。この訓練は非常に新しい訓練で、私が参加したコースはテストランを含めても2コース目になり、まだまだNASAとしても開発途中というところです。
ではなぜこのような訓練を開発しようとしているのでしょうか。
現在、軌道上で宇宙飛行士が行っている主な作業の一つに、ISSのシステム装置や実験装置のセットアップ・メンテナンスがあります。システムの制御や科学実験の実施の多くは、地上からの遠隔制御によって可能になっているのですが、それでも実際の装置の取り付けや実験サンプルの交換などには、どうしても宇宙飛行士の手作業が必要になってくるからです。
こういった手作業に必要なスキルは、いわゆる「日曜大工」に必要とされるスキルと似ています。つまり、工具の正しい使い方を理解して、作業マニュアルに従って正確に作業することです。ただ軌道上での作業が特殊なのは、工具の種類が相当な数に上ること、スペアパーツの数が限られていて、何か問題があったときに取る手段が限られていること、などでしょうか。
これらのスキルは基本的には回数を重ねることによって、ある程度の水準まで上達するものなのですが、個々の宇宙飛行士によって過去の「日曜大工」経験にばらつきがあり、そのばらつきを少しでも緩和する、スキルレベルの底上げを図るという目的で、ISSの長期滞在を経験した宇宙飛行士の声を元に今回の訓練の開発がスタートしたというわけです。
何しろ車社会のアメリカでは、大概の車のトラブルは自分でガレージで直してしまうという人も多く、そういった経験を日頃から積んでいる人とそうでない人の差は、かなり大きいのです。
私はと言うと、簡単な棚の組み立てなどはやったことがありますが、使う道具といってもドライバーやトンカチ程度で、ゲームで例えればレベル1の冒険者というところでしょうか。ここは将来の長期滞在に向けて、少しでも経験値を上げておきたいところです。
3週間の訓練中、T-38の整備部門の各部署を数日おきにローテーションで回りました。読んでいる皆さんの、「おいおい、整備作業ど素人が高性能ジェット機のメンテナンスなんて、大丈夫か」という声が聞こえてきそうです。
実際、今回の訓練に臨むにあたり、先輩飛行士の星出さんからも、
「頑張ってねー。とりあえずどの機体を整備したのかは、(乗りたくないから)教えてね」
と心温まる励ましを頂きました。
しかしそこはやはり安全第一の航空宇宙業界ですから、訓練中は常に有資格整備士と一緒で、私が実施した整備作業は必ずその整備士が後で実施状況を確認し、さらに「検査官」と言われる専門家がダブルチェックを行うという万全の体制になっていました。
訓練を開始してまず私の前に立ちはだかったのは、数多くの工具たちでした。
訓練中に使用した工具の「ごく」一部
初心者の私には一見して、どう使うのかもわからない工具がたくさんあります。ネジを締めるレンチひとつとっても、ラチェットレンチ、コンビネーションレンチ、トルクレンチなどなど・・・
しかもややこしいのは、アメリカではヤード・ポンド法が依然主流の為、長さの単位にインチが使われていたり、しかもその刻み方が0.1とかではなく、1/32とか1/16とかになっていて、
「おーい、そこの1/4インチ径のラチェットレンチに3インチの延長ソケット、1/4インチ径⇒3/8インチ径アダプターを取り付けてくれ」
などど指示されるわけです。最初のうちは、頭の中でどんな工具のことを言っているのかをイメージするだけでも一苦労でした。
NASAのT-38のメカニックたちは、みな超がつくほどのベテラン揃いで、20年以上の経験者がぞろぞろいます。油圧システム担当の部署で一緒になった年配の整備士の方など、「NASAで働き始めて、もう32年になる。その前は空軍で20年近く働いてたよ」と言っていました。
どの世界でもそうですが、プロというのはすごいですね。
ネジの頭を見ただけで、それが7/16インチ径なのか、3/8インチ径なのかすぐにわかりますし、例えばある工具を使ってボルトを締めようとして、それが周りの配管に邪魔されて上手く締められないような時でも、すぐにいくつかの工具を組み合わせて微妙な隙間からアクセス出来るようにしてしまいます。とにかく、問題が起こった時にそれを解決する為の方法を色々知っていて、その時々のケースに最適な方法ですぐに解決してしまうスピードは、見事と言うほかありませんでした。
他にも、ネジを受ける溝が擦り切れてしまってネジが締められない場合の対処や、きつく締めすぎているボルトの取り外し方なども習いました。
こういったトラブルは実際の軌道上でも頻繁に起こるので、非常に参考になりました。
今回の訓練で一番苦労したのは、T-38のエアコンの取り外し&取り付けです。
事の発端は、コックピット内で微量の煙が発生したという事例でした。状況から判断して、どうやらエンジン周りから発生した煙がエアコンを介してコックピットに流れこんでいるらしいということが判り、疑わしいパーツを交換するなどしていった挙句、最終的にエアコン自体が怪しいということになり、エアコンの心臓部を交換することになったのです。
エアコンが収納されているのは、機体下部の中央付近。そこのパネルを取り外すと、中の入り組んだ配管やケーブルが見えます。目指す心臓部は、それらのパーツの一番奥。非常に狭いスペースに芸術的に詰め込まれている配管を、一本ずつ丁寧に慎重に取り外していきます。
そうして出来た空間の中で、大きな心臓部パーツを時に回転させたりしながら2人で協力して取り出しました。ここまでで、作業開始から既に2時間近くが経過していました。まるで知恵の輪をやっているようだなと、思わず隣にいた整備士さんに
「これをデザインした人は、後で整備する時のことを考えてたのかな」
と漏らすと、
「ジグソーパズルみたいだろ?このエアコンの作業をしていると、周りに人が寄ってこなくなるんだ。みんな関わりたくないからさ。でも俺はこの作業が好きだけどな」
という答えが返ってきました。
私も全く同感です。チャレンジングな作業の方がずっとやりがいがありますし、それをやり遂げた時の達成感も大きいですもんね。
エアコン収納部
取り外されたエアコンパーツ一式
心臓部パーツは幸いスペアがあったので、その取り付けをその後行ったのですが、これは取り外しよりもずっと大変でした。ひたすら緩めて外していく取り外しとは違って、取り付けはそれぞれのパーツをしっかりと元の場所に戻していかないと、途中でどこかの配管が繋げなくなったりするからです。
整備士さんと2人で汗水たらしながら作業して、全てのパーツを元通りの位置に戻してパネルを閉じたのは、もうその日の勤務時間が終わろうとしていた頃でした。
エアコンの取り付けに悪戦苦闘
翌朝、エアコンを交換した機体を早速テストしてみたところ、煙の再発は起こりませんでした。担当した整備士さんとガッチリ握手。
3週間に及んだ訓練で沢山のことを学びましたが、何よりも得がたいものは、私たち宇宙飛行士の訓練を縁の下の力持ちとして支えてくれている方々と一緒になって過ごした時間かもしれません。
機体へのパネルの取り付け
※写真の出典はJAXA/NASA