JAXA宇宙飛行士活動レポート 2012年10月
最終更新日:2012年11月16日
JAXA宇宙飛行士の2012年10月の活動状況についてご紹介します。
ふわっと'92から20周年記念シンポジウム
JAXA宇宙飛行士が集まっての記念撮影(左から金井、野口、毛利、向井、若田宇宙飛行士)(出典:JAXA)
毛利宇宙飛行士の講演の様子(出典:JAXA)
毛利衛宇宙飛行士が、「ふわっと'92」(FMPT/STS-47ミッション)で日本人として初めてスペースシャトルに搭乗し、宇宙を飛行した年から20周年を迎えた今年、これを記念して10月11日と14日の2日間にわたり、JAXAは「ふわっと'92から20周年記念シンポジウム」を開催しました。
10月11日、東京プリンスホテルの鳳凰の間にて、「日本の宇宙飛行士が語る20年の歩みと今後の展望」をテーマに1日目のシンポジウムを行いました。
第1部「これまでの20年」では、日本の有人宇宙活動の歴史を映像で振り返った後、「これまでの20年の歩み、ISSで何をやっているか」と題した講演を、毛利宇宙飛行士自らが行い、自身が搭乗したSTS-47ミッションから20年の活動と、今後20年の目標について語りました。講演の中で、毛利宇宙飛行士は、「日本の有人宇宙活動は、人類の諸問題の解決に貢献する活動であるべき」と、長年の経験を通して自らが考える有人宇宙活動の意義を述べました。
第2部「宇宙飛行士から見た将来の展望」では、「日本の宇宙飛行士から見た20年の歩みと今後への期待」をテーマにパネルディスカッションを行いました。毛利宇宙飛行士の他、パネリストとして、JAXAの向井、若田、野口、金井宇宙飛行士と、日本人として初めて宇宙に行ったジャーナリストの秋山豊寛氏(当時TBS社員)、多摩六都科学館館長の高柳雄一氏、ジャーナリストの立花隆氏が顔を揃え、モデレータにNHK解説委員の室山哲也氏を迎えてパネルディスカッションは進行されました。日本の有人宇宙活動に関して、「巨額なお金をかけただけのリターンがない」、「米国のように人的被害を伴う大事故がが発生しても失敗を受け入れて乗り越えて進む文化的土壌が日本にはない」といった立花氏による問題提起から議論は始まり、「日本は独自の有人宇宙船を作るべきか」などといった議題にまで話題は広がり、パネラーはそれぞれの立場で白熱した議論を行いました。
パネルディスカッションの様子(出典:JAXA)
パネルディスカッションにおいて意見を述べる毛利宇宙飛行士(出典:JAXA)
10月14日のシンポジウム2日目は、「有人宇宙開発の現場」をテーマに品川インターシティホールで行いました。この日は、第1部「ここでしか聴けない宇宙の話」、第2部「パネルディスカッション」の1日を通して、金井宇宙飛行士が参加しました。
宇宙飛行士選抜試験の実体験を語る金井宇宙飛行士(出典:JAXA)
第1部において、金井宇宙飛行士は、JAXAの宇宙飛行士選抜試験や、宇宙飛行士の訓練、「きぼう」日本実験棟の利用といった各部門の担当者の講演にコメンテータとして参加し、会場から寄せられた質問に答えながら、金井宇宙飛行士から見た現場の様子などを紹介しました。金井宇宙飛行士は、「きぼう」で行われている実験を紹介する中で、自身が医師として病院で患者と向き合っていた頃を思い返し、「きぼう」での実験を通して「今まで助けられなかった患者さんを助けられるようになる希望がある」と述べ、「今は患者さんを診られる立場ではないが、宇宙での実験を通して、新薬の開発に貢献できることを誇りに思うと同時に、より多くの患者さんを救えると思うと興奮する」と、医師から宇宙飛行士へと立場が変わった今でも、病気の人を救いたいという変わらない信念を語りました。
金井宇宙飛行士は、第2部のパネルディスカッションにおいて、訓練を受ける立場としてNASAを訪れた際に、JAXA、ひいては日本の宇宙開発技術に対する信頼の厚さを実感したエピソードや、訓練の苦労話などを織り交ぜながら、有人宇宙開発の現場を紹介しました。パネルディスカッションの最後に、金井宇宙飛行士は、「宇宙開発を通して科学技術を身につけることは、日本の将来の力になっていく」と、宇宙開発を進める意義を語りました。
油井宇宙飛行士のISS長期滞在が決定
記者会見を行う油井宇宙飛行士(出典:JAXA)
10月5日、油井宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に第44次/第45次長期滞在クルーとして滞在することが決定しました。
滞在時期は、2015年6月頃から約6ヶ月間の予定で、打上げ、帰還ともにロシアのソユーズ宇宙船に搭乗する予定です。
ISS長期滞在決定後、油井宇宙飛行士が現在滞在中の米国ヒューストンのJAXA駐在員事務所とJAXA東京事務所を繋ぎ、油井宇宙飛行士は記者会見を行いました。
会見の冒頭で油井宇宙飛行士は、ミッションにアサインされた今の心境や今後に向けた抱負、これまで支えてきてくれた人々への感謝を述べました。
油井宇宙飛行士は、報道関係者からの質問に答える中で、自身が宇宙飛行士候補者に選ばれた当時の会見で目標を語る中で発した"中年の星"という言葉を引用し、「まだ6等星レベルであり、これから頑張って立派にミッションをやり遂げて、将来的には1等星として、空に燦然と輝けるような"中年の星"になりたい」と、ミッションへの意気込みを語りました。また、候補者として選ばれてから現在に至るまでを、「最初は、宇宙飛行士になることが非常に遠い目標に思えたが、ひとつひとつ積み重ねたら宇宙飛行士になることができた」と振り返り、「先輩方と同様に仕事ができるようになることは、非常に遠い目標に思えるが、自分がやるべきことをひとつひとつやっていけば、少しずつ先輩方に近づいて行けるのではないか。そのように思っている」と、長期滞在に向けた自らの心構えを語りました。
大西宇宙飛行士のロボットアームスペシャリスト訓練
大西宇宙飛行士は、9月のカナダ宇宙庁(CSA)での国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアームシステム(Mobile Servicing System: MSS)の運用訓練に引き続き、米国ヒューストンのNASAジョンソン宇宙センター(JSC)で同システムのスペシャリスト訓練を実施しました。
この訓練はそれまでの訓練で培ったロボットアーム操作技術を、実際に軌道上で必要となる作業のシミュレーションを通して、実践的なレベルに高めるためのものです。訓練カリキュラムは約2ヶ月間で、前半の1ヶ月は船外活動をロボットアームで支援する訓練になります。
大西宇宙飛行士は、訓練用に作成された手順書に従って、ロボットアームの先端に船外活動を行う宇宙飛行士を乗せて移動したり、大きな装置を運ぶためのサポートをする操作を学びました。位置の微調整が求められる状況では、船外活動クルーからの要求に応じてロボットアームの位置を修正する際の要領、コミュニケーションのとり方について学びました。
また、船外活動クルーが着用する宇宙服の空気漏れなどの緊急事態発生によって、船外活動を急遽中止する事態を想定し、宇宙飛行士を迅速に安全な場所へ移動する手順についても練習を重ねました。
大西宇宙飛行士は、11月も引き続きロボットアームのスペシャリスト訓練を継続する予定です。
向井、野口両宇宙飛行士、国際宇宙会議(IAC)に参加
レセプションにて、向井(中央)、野口両宇宙飛行士(左端)(出典:JAXA)
10月1日から5日の日程で、第63回国際宇宙会議(IAC2012)がイタリアのナポリで開催され、向井宇宙飛行士、野口宇宙飛行士が参加しました。
向井宇宙飛行士は「有人宇宙飛行の成果」に関するパネルディスカッションにパネリストとして登壇し、野口宇宙飛行士は基調講演「ソユーズ・シャトル・ISS;宇宙飛行士の視座」を実施しました。また、ふたりは「IAC学生セッション会場」を訪問し、各国学生代表と交流しました。
IAC2012には、各国宇宙機関の幹部、宇宙飛行士、研究者が集まり、航空宇宙産業界の展示と併せて活発な人材交流、意見交換が行われました。
なお、最終日の全体会議において、国際宇宙航行連盟(IAF)の次期会長にJAXAの樋口清司副理事長が選出されるという嬉しいニュースもありました。
筑波宇宙センター特別公開において若田宇宙飛行士、金井宇宙飛行士が講演を実施
質問をくれた子供にかけより、質問に答える若田宇宙飛行士(出典:JAXA)
10月13日に開催した筑波宇宙センター(TKSC)特別公開において、一部の催し物に若田宇宙飛行士と金井宇宙飛行士が登場しました。
「若田光一宇宙飛行士と話そう!」では、若田宇宙飛行士が自身の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在について紹介し、会場の参加者から寄せられた多くの質問に答えました。
この他にも、若田宇宙飛行士は、金井宇宙飛行士と一緒に、今後有人宇宙ミッションがどのような意義をもっていくのか、そしてどのような有人宇宙ミッションが求められているのか、今後の有人宇宙開発の方向性を探る宇宙×ミエル化意見交換会に参加し、聴衆の一般の方々と意見交換を行いました。ふたりは、「ボクらが宇宙を目指すわけ」をテーマにトークショーも行い、会場に訪れた方々と交流しました。
トークショー「ボクらが宇宙を目指すわけ」の会場の様子(出典:JAXA)
宇宙×ミエル化意見交換会の様子(出典:JAXA)
また、金井宇宙飛行士は、宇宙実験ショーにおいて、参加した子供たちと一緒になって実験を行ったほか、筑波宇宙センター内を回って特別公開に訪れた方々との記念撮影にも応じました。
金井宇宙飛行士、スペーストークに出席
スペーストークの様子(出典:JAXA)
10月24日、米国ワシントンD.Cにおいて、日米有人宇宙開発20周年記念イベントが開催されました。このイベントには金井宇宙飛行士が出席し、「スペーストーク」と題する講演会にて、日本の有人宇宙開発20年を振り返るとともに、今後の展望も含めた講演を行い、集まった日本人、米国人の多くの観客との交流を楽しみました。
油井・大西・金井宇宙飛行士による活動報告「新米宇宙飛行士最前線!」
皆様のお陰をもちまして、この度、第44/45次長期滞在での飛行が決定いたしました。今年の4月のNEEMO事前訓練から、この日記を開始したのですが、それからあまり日時が経っていないこともあり、あっと言う間にここまでたどり着いた様なイメージがある方もいるかもしれませんね。でも、本当の挑戦は、約4年半前に妻が用意してくれた願書に記入を始めた時に始まっていたのです。いや、きっと私が24才の時に、「ライト・スタッフ」と言う映画を見た時に始まったのかもしれません。更に言うと、私が宇宙に興味を持ち始めた小学校3年生の時からかも…それから今までと言うと、30年以上経っているわけです。これ迄の長い道程を振り返ってみると本当に色々な経験や努力が役立っているのを感じます。
皆さんは、仕事場や学校で、自分にやってくる仕事や勉強を先入観で選んでしまっていませんか?「これはどうせ将来使わないだろう」「この科目は、テストが無いからいいや…」「こんなことしても、1円の得にもならない」。私もよくこんな事を考えて、勝手に物事を取捨選択していました。人間、出来ることには限界があるので、優先順位をつけることは確かに重要です。しかし、ただ楽をするためだけに何かを切り捨てると、後で後悔する事が多いです。ツイッターでも書きましたが、大学の時に数学・物理・天文学を一生懸命勉強していた私に、多くの友人が言いました。「そんな知識、将来使わないから役に立たないよ」と…しかし、実際はパイロットとして航空機や装備品の限界を知るためには、物理や数学は必須でしたし、天文学の知識も、宇宙飛行士の仕事で非常に役に立っています。
一方で、自分には関係ないと思って切り捨てていた、ドイツ語、国語、美術、書道などは、一生懸命やっておけば良かったな…と思う機会が多くあります。ドイツで訓練を受けた際に、英語しか話せず、ドイツ人の方々に失礼な事をしたと反省しています。また、宇宙飛行士として、宇宙開発の重要性や宇宙の素晴らしさを伝える時に言葉に迷ったり、美しさを伝える芸術的センスの無さに、自分が嫌になる事があります。宇宙の事や自分が感じた感動を分かり易く皆様方に伝えるのも宇宙飛行士の重要な仕事の一つです。私が若い頃に必要ないと思って切り捨てていた分野は、実は非常に重要だったわけですね。若い方々は人生経験がまだ浅いですから、その少ない経験を基に知識の重要性を判断すると、私の様に後で後悔するので気をつけて下さい。
そもそも、この世の中に役に立たない知識なんて無いと思った方が良いです!役に立たないのは、役に立てる気がないだけで、知識を役立てようと思えば、随分いろいろと応用が出来ますよ。例えば、犯罪心理学で学んだ「始めから悪い人間はおらず、その人を取り巻く環境から犯罪は引き起こされる」といった考え方や戦場心理学の本を読んで得た極限環境下での人間の行動の知識は、自分自身の分析や厳しい環境でのリーダーを任された時などに役立っています。何にでも興味を持って真剣に取り組み、その経験や知識を将来に生かそうとする意思の強さが重要なのかもしれませんね。
さて、私もこれから打ち上げまで約2年半、様々な訓練が行われる予定です。それら数多くの訓練には、一つも無駄な物はありませんから、全力で取り組み、全てを吸収したいと思います。そして、有人宇宙開発の分野を通じて多くの方々のお役に立てる様な、立派な人間になりたいと思いますので、是非応援してください。そして、皆さんも私と一緒に頑張りましょう!打ち上げまでの2年半で、どれだけ自分を成長させられるか、励まし合いながら競争しませんか?
NEEMOの際に、地上の管制官達にメッセージを送ることになり、急に「絵を描いて!」と頼まれました。その時、私が描いた絵がこれです(笑)!若い頃から、もっと真剣に芸術に取り組んでおけば… ちなみに、「You guys rock!」は、「君達、最高!」といった意味です。
会見時の様子。自分の気持ちや宇宙開発の重要性など、美しくかつ理解しやすい日本語で話したいのですが、まだまだです。 国語をしっかりと勉強していれば…でも、まだ遅くないはず!これからも継続的に学んでいきたいと思います!当面の目標は、大西さんと金井さんです!
※写真の出典はJAXA
現在、私は国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアームに関する訓練を受けているので、今月と来月の2回に分けて、そのロボットアームについてご紹介したいと思います。今月はロボットアームとはどんなものか、来月は具体的に宇宙飛行士がどのような訓練を受けているのかについて、書きたいと思います。
ISSのロボットアーム(以下単にロボットアームと呼ぶ)は、カナダによって作られ、2001年に打ち上げられ、以降ISSの組み立てや実験装置の移設・取り外し、「こうのとり」をはじめとする補給船のキャプチャ(掴まえること)などに八面六臂の活躍を見せています。
写真は「こうのとり」2号機をキャプチャした状態のロボットアーム
その形状は身近な例で言えば、文房具のコンパスのような形をしています。ロボットアームを目一杯伸ばすと約17mもの長さになりますが、それでも全幅100mを超えるISSと比べると、とても小さいですね。そのままではISSの隅の方へはとても手が届きません。
そこでこのロボットアームには、いくつか作業範囲を広げる為の仕掛けが施されています。
まず1つ目は、ロボットアームを載せて動かせる台車です。ISSの主要構造部にレールが敷いてあって、ロボットアームごとその上を台車が動けるようになっているのです。
そして2つ目は、ロボットアーム自体がISS上を尺取虫のように移動していく方法です。例えが古いのでわかりにくいですね、もう少し具体的に説明しましょう。
ロボットアーム自体は機械ですから、動く為には電気や通信回路が必要です。電気でモーターを駆動して、アームの各関節を動かし、通信回路によってその動きをコントロールするわけです。その電気と通信を供給する、言わばコンセントのようなものがISSの各モジュールに取り付けられています(専門用語でPDGFと呼ばれています)。
写真の赤丸は、日本の実験棟「きぼう」に取り付けられているPDGFです
先ほどのコンパスの例えに戻ると、今、コンパスの1本の脚がコンセントAに取り付けられているとしましょう。コンパスには、コンセントAから電気と通信が供給されています。
その状態から、コンパスを開いていって、もう1本の脚で別の場所にあるコンセントBを掴むことが出来たとします。そうすると、今度はそのコンセントBから電気と通信を供給してもらうことが出来るので、元々のコンセントAを掴んでいた脚を離して、コンセントBを支点として、また別の場所にあるコンセントCを掴みに行くことが出来るわけです。
・・・言葉で説明するのは難しいですね(汗)
ISS上を、コンパスの2本の脚を交互に動かすように移動していくロボットアームの姿が想像出来ましたでしょうか??
ロボットアームがどのように作業場所へ移動するかについてお話しました。次は、実際にどのように作業するかですね。
ロボットアームは読んで字の如く機械的な腕(アーム)なので、その最も重要な役割は大きな物を運ぶことです。日本の実験棟「きぼう」も、かつてスペースシャトルで打ち上げられ、ロボットアームによってISSへ取り付けられました。
「物を運ぶ」ためには、もちろんその前に「物を掴む」という動作が必要になってきます。そのため、ロボットアームの2本の腕(コンパスの例えでは脚という単語を使いましたが、ロボットアームでは腕と呼ぶのが適切でしょう)の先端は、それぞれが物を掴めるようになっているのです。先にお話したとおり、1本の腕はコンセントを掴んでいる必要がありますので、もう1本の腕で目的の物を掴みにいくわけです。
ここで私たち人間の腕が机の上の物を取る場合を考えてみましょう。
私たちはまず、目で対象となる物を見て、その形状を判断し自分との距離を推測します。次に、その物を掴むために肩から手の指先にいたる関節をどのように動かせばいいかを瞬時に脳が判断します。そして実際に筋肉を使って関節を動かすことによって、物を取ることが出来るわけです。
ロボットアームで物を掴む時も、これと全く同じ事をします。ISSやロボットアーム自体に取り付けられたカメラからの映像で対象物との距離を判断します。そしてロボットアームには、3次元の空間で自由に動き回れるように、全部で7つの関節があります。人間の腕と同じように、肩・肘・手首にあたる位置に関節が配置され、それぞれの動きを組み合わせることで任意の位置に腕を持っていくことが可能になっているのです。
関節の動きはコンピューター(脳)によって制御され、電気を利用したモーター(筋肉)によって駆動されます。もちろん、そのコンピューターに命令を送るのは人間の仕事なので、それが私たち宇宙飛行士、もしくは地上のエンジニアたちの仕事になるわけですね。
以上、ざっとロボットアームとはどんなものなのかということについて書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?もしここがわからない、もっと詳しく説明して欲しいといった点がありましたらご意見募集のフォームからご質問頂ければ、可能な範囲で次回お答えしたいと思います。
次回は、宇宙飛行士のロボットアーム訓練の模様について書きますね。
※写真の出典はJAXA/NASA
地球に帰還する直前になりますが、星出宇宙飛行士が、相棒のウィリアムズ飛行士とともに、3回目の船外活動(EVA)を大成功させたという嬉しいニュースがありました。故障があったのは、宇宙ステーションの電力をまかなう太陽電池パネルの、とても大切な部分で、地上から作業をサポートしていた宇宙飛行士だけでなく、管制官、技術者、EVA担当者、プロジェクトマネージャーたちがかたずを飲んで見守る作業でした。船外活動が無事に終了した後は、ヒューストンのジョンソン宇宙センターの関係者は大興奮で、ちょっとしたお祭りさわぎでした。地上にいるときから入念に計画されていて、十分に訓練を行ってきた1回目、2回目の船外活動と異なり、突然の不具合に対して急に計画された作業を、安全確実に遂行することができたのも、2人の飛行士の豊富な経験と訓練とが生かされた結果だと思います。
今回は、この「船外活動」について触れてみたいと思います。宇宙ステーションの組み立てに際して、スペースシャトルで輸送した「きぼう」などの新しい部屋(モジュールと呼びます)を取り付けて稼働させたり、新しい部品や実験機器を宇宙ステーションの外側に取り付けたりするために、あるいは今回のように、故障した部品を取り換えたり修理したりするために、宇宙飛行士が宇宙服を着て、宇宙ステーションの外に出て作業を行うことがあります。これをわれわれは「船外活動」と呼んでいます。
でも、「船外活動」って、難しい言葉ですね。英語の「Extra Vehicular Activity」を略して「EVA」と呼んだりします。英語では、もっと一般的な用語として「Space Walk」などと言われ、同じようなニュアンスで、日本語にも「宇宙遊泳」という言葉があります。「Space Walk」にしても、「宇宙遊泳」にしても、無重力の空間をフワフワ漂うイメージで、何となく優雅にも思えるのですが、実際にはどうなのでしょうか?わたし自身、宇宙に行ったこともないですし、当然船外活動をしたこともないので、機会があったら、星出飛行士に、ぜひ話を聞きたいと思っています。
しかし、わたしがこれまで地上で訓練を受けた限りでは、とても優雅とは程遠い、過酷な作業であるというのが、正直な感想です。ところで、今、「地上」での訓練と書きましたが、これは「宇宙ではなく、地球上で」という程度の意味です。重力のある地球上で、無重力環境を模擬するために、正確に言うと、水の中に潜って、浮力を使って訓練を行っています。ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターには、Neutral Buoyancy Lab(無重力環境訓練施設、通称:NBL)という長さ100メートル、深さ10メートル以上の巨大なプールがあり、宇宙飛行士の訓練のために、実物大の宇宙ステーションの模型(モックアップといいます)が沈められています。宇宙飛行士は、水中作業用に改造された宇宙服に身を包み、二人一組となって、宇宙ステーションでの様々な作業について練習を繰り返します。
実際の宇宙での作業もそうなのですが、お昼になったからといって気軽に宇宙ステーションの中に戻って休憩を取るわけにはいきません。一回作業が始まると、6時間くらい連続して作業を行います。宇宙服の中には、ストロー付きの水袋が備え付けてあるので、少しずつ喉をうるおすことはできますが、食事は作業が終わるまでは食べられません(このため訓練の朝はしっかりとした朝食を食べていくのが大切です)。また、トイレに行くこともできないので、宇宙飛行士は必ずオムツをつけて訓練に(そして実際の宇宙での作業に)臨みます。
ところで、実際の宇宙では、宇宙服の外は真空の宇宙空間です。当然、そのままで人間が生きることはできませんので宇宙服の中に酸素を満たし、宇宙飛行士が活動できるための環境を人工的に保っています。それ自体が小さな宇宙船とも言える宇宙服の、多彩な機能について語り出すとキリがないのですが、ここで注目したいのは、宇宙服の内と外の圧力の違いです。真空の外側と比べ、宇宙服の中はだいたい0.3~0.4気圧ほど高い圧力になっています。これはプールでの訓練でも一緒で、外から受ける水圧よりも常に0.3~0.4気圧ほど高い圧力を一定に保つように常に空気が供給され続けています。
言ってみれば、宇宙飛行士はパンパンに膨らませた風船(=宇宙服)の中にいるようなものなのです。この空気で膨らんだ宇宙服を着て作業しようとすると、圧力に抗して腕を曲げ伸ばししたり、手を握ったりしなければなりません。作業に際しては、宇宙ステーションの外壁に備え付けられたハンドレールを伝って、ゆっくりと移動するのですが、見た目とは違って、実は、握力トレーニングのためのハンドグリップを繰り返し握るような負荷がかかっています。
安全索をかけたり外したり、道具箱から様々な道具を取り出したりしまったり、作業のためにネジまわしのドリルをまわしたり、故障した装置を取り付けたり、取り外したり、別の場所に運んだりと、6時間の作業は休む間もなく続けられます。その都度、体の姿勢を変えたり、腕を曲げたり、伸ばしたり、手を握ったりしていますので、その間、いわばずっと筋肉トレーニングを続けるようなものなのです。
訓練が始まってしばらくは元気でも、時間とともに疲れてくると、握力がなくなって、単純な作業でさえ難しくなってきます。ましてや複雑で難しい作業は、何度トライしてもうまくいかないこともあり、つらい姿勢で長時間何度も同じことを繰り返さないといけません。恥ずかしながら自分のことを正直に告白すると、疲労が増してくるに従って、訓練の途中で不機嫌になってイライラしたり、自分に腹立たしくなってしまうこともよくあります。また、作業中は、パートナーの宇宙飛行士や、サポート役のエンジニア(訓練では、プールの外のインストラクター)と常に無線交信を続けないといけないのですが、これもだんだん言葉が少なくなったり、英語の使い方が正確ではなくなったりしてきます。
宇宙飛行士候補者として初めて宇宙服を着てプールに潜ったときには、最初の一、二時間で体力が尽きてしまったり、与えられた作業を全てこなせずに訓練時間が終わってしまったりと、悔しい思いを何度も繰り返してきました。実は、星出宇宙飛行士の3回目の船外活動の数日前に、たまたま古川飛行士とペアを組んでEVA訓練を行う機会があったのですが、いつまでも働き続ける体力、一発で作業を成功させる正確性、訓練後半になっても衰えない周囲の気配りなど、とてもかなわないと感じさせられました。古川飛行士以外にも、日本人、アメリカ人を問わず先輩のベテラン宇宙飛行士と何回も一緒に訓練させていただいていますが、最初の頃は、技術の違い、体力の違い、経験の違いがあるからしょうがないと、単に実力の違いとあきらめているところがありました。
しかし、訓練のなかでいろいろ失敗して反省を重ねるうちに、「セルフ・アセスメント」がキーとなるのではないかと、最近、思い始めています。どんなに体力のある人でも、人間ですから、長時間作業していれば疲れるのは当たり前です。大切なのは、自分の状態を客観的に評価しつつ、いかに与えられた任務をこなすかという点です。難しい作業を一人で行ってうまくいかなければ、パートナーに助けを求める必要があるかもしれません。疲れてイライラしているなら、目の前の作業を一時中断して、冷静さを取り戻す必要があります。訓練も後半に入ってきて疲労が増していると思えば、努めて元気な声を出し、パートナー同士で気遣うことを心がけないといけないですし、ときにはジョークを飛ばし合って、明るい雰囲気を保つことも大切かもしれません。自分がパーフェクトではないという現実を受け入れて、その上で行動を選択することが、結果的には最良の結果が得られるのではないかと、最近になって考えるようになってきました。
先輩方のように上手にはできないかもしれませんが、自分の能力を過大評価して、重要な作業を失敗したり、宇宙ステーションに取り付ける貴重なスペアの機器を壊しては元も子もありません。刻々と変わりゆく状況に対応しながら、今の自分に何ができて、何ができないのかを冷静に判断し、作業の目的をもっとも効率的に達成するためにはどうするべきかに知恵を絞ります。体力だけでなく、判断力や頭の回転が試される作業でもあり、訓練を繰り返して興味が尽きません。
「船外活動」訓練の面白さは、何も訓練の内容そのものだけではありません。わたしが宇宙飛行士になる前の仕事は、海上自衛隊で潜水作業をするダイバーの健康管理をすることでした。宇宙服を着て宇宙に出るのと、潜水器をつけて海に潜るのと、不思議な類似性があります。
・・・と、さらに船外活動の話は続くのですが、掲載する紙面をすでに大幅にオーバーしてしまいましたので、続きは次の機会にさせていただきたいと思います。
※写真の出典はJAXA/NASA
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