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コラム ―宇宙開発の現場から―

コラム―宇宙開発の現場から―
【紀さんの宇宙あれこれ】 Vol.17 リンクス宇宙機(XCOR社)-2人乗り宇宙ロケットプレーン-
 この原稿を書いている時点で、アメリカのスペースエックス(SpaceX)社のドラゴン(DRAGON)補給船運用2号機が国際宇宙ステーッション(ISS)に結合中です。ドラゴン補給船は去る3月1日打上げられ、ファルコン9ロケットから分離後、一部トラブルがあったものの、1日遅れの3月3日、ISSへ近づき、日本の「こうのとり」と同じ方式でISSのロボットアームにつかまれ無事ドッキングしました。
 今回お話するアメリカ、XCOR(エックスコア)社のリンクス(LYNX)宇宙機はドラゴン補給船のように地球低軌道(約400km)まで行くものではありません。気軽に宇宙(100km)への入り口付近へ到達し短時間宇宙に滞在し、無重力状態や周りの景色を楽しむ宇宙旅行や、宇宙実験そして宇宙教育などを行なうという目的に開発されているものです。
 リンクスは2人乗りで全長約9m、幅約7.5m、4つのエンジンを有していて、乗客は副操縦席に与圧式宇宙服を着て搭乗します。お値段は、3日間の事前トレーニングを含んで、95,000ドル(約900万円:1ドル95円換算)です。これはスペースシップ2の半額です。
 先ずはXCOR社についてお話します。
 XCOR社は、4人の創設者が1999年アメリカ、カリフォルニア州モハベ砂漠のモハベ航空&宇宙港にあるチーフエンジニアの小さなハンガーの中から、「一般の人が手軽に宇宙へ行けるための手段を開発しよう」との思いで設立されました。現在は約1,000平方メートルのハンガーで経験豊かな、腕の良い社員たち約50名のチームへと拡大し、商業宇宙輸送業界の最前線を走る民間企業のひとつになっています。
 社長のジェフ・グレイソン氏は、インテル社勤務の後ロータリーロケット社でエンジン開発チームを率い、その後1999年にXCOR社を共同創設しました。グレイソン氏は実力派技術系社長で、2002年にイージーロケット(EZ-Rocket)、2007年に液体酸素メタンエンジンの開発で、タイム誌の「今年の発明」を2回受賞しています。
リンクスマークⅡの飛行予想図。眼下にフロリダ半島がイメージされている。(提供XCOR社)
リンクスマークⅡの飛行予想図。眼下にフロリダ半島がイメージされている。(提供XCOR社)
社長のジェフ・グレイソン氏。技術系社長らしくエンジンの地上燃焼試験を陣頭指揮しているショット。(提供XCOR社)
社長のジェフ・グレイソン氏。技術系社長らしくエンジンの地上燃焼試験を陣頭指揮しているショット。(提供XCOR社)
 XCOR社といえば、2010年夏、私は個人的に西海岸カリフォルニア州のロスアンゼルス近郊と、モハベ航空&宇宙港にある幾つかの宇宙ベンチャーの熱気を直に感じたくて、或るツアーに参加したことがあります。空港敷地内ハンガーのひとつがXCOR社で、外観はお世辞にも綺麗とは言えない研究室兼試作工場でした。その内部はところ狭しと試作品や燃焼スタンド、実験機があり、説明してくれる技術者は丁寧で熱心で、しっかりと技術開発をしているとの強い印象を持って帰国しました。
 XCOR社の主たる業務はロケットエンジンやロケット推進システムの研究・開発、並びに安全で信頼性のある、完全再使用型打上げ機(RLV:Reusable Launch Vehicle)の製造とそのプロジェクトマネージメントです。
 具体的にその内容をご紹介します。
 設立から初めの11年間で12種類の小型のエンジンを研究開発しながら、有人ロケット機の開発を進め、2001年にイージーロケットを開発し、2008年にはエックスレーサー(X-Racer)を完成させました。XCOR社はこの2つの機体で67回の飛行試験を行い、エックスレーサーは1日に7回の離着陸の飛行記録を作りました。さらに、この2つの機体開発と飛行を通じて約4,000回のエンジン試験と合計500分の燃焼時間を達成しました。これらの技術実績と米国内の有人飛行へ機運を踏まえ、開発されているのがリンクスロケットプレーンシリーズです。
イージーロケット(EZ-Rocket)。XCOR社の有人ロケットプレーンの基礎となった機体。(提供XCOR社)
イージーロケット(EZ-Rocket)。XCOR社の有人ロケットプレーンの基礎となった機体。(提供XCOR社)
2008年のEAA Airventure でエンジン噴射中のエックス-レーサー(X-Racer)。この年にテスト飛行は完了した。(提供XCOR社)
2008年のEAA Airventure でエンジン噴射中のエックス-レーサー(X-Racer)。この年にテスト飛行は完了した。(提供XCOR社)
 リンクスには以下のような3種類の機体があります。
① リンクスマークⅠ:いわゆるプロトタイプの飛行実験機で、新しい生命維持装置、推進系、タンク、構造、エアロシェル(再突入時の熱シールド構造)、空気力学特性、再突入空気力学加熱特性をはじめ他の設計上の要素を確認する。到達高度約61km。燃料はケロシン、酸化剤は液体酸素(LOX)の液体ロケットエンジン。主ペイロード、120kg。2次ペイロード、コックピット内と機体外部後方に小規模。
② リンクスマークⅡ:リンクスマークⅠの開発中に制作は並行して始める。リンクスマークⅠと同じ推進系とアビオニクスものを使うが、新規フッ素系複合材LOXタンクをはじめ構造材料の軽量化が図られ、より高性能な実用機。非ヒドラジン系RCS。到達高度100km以上。ペイロードは基本的にリンクスマークⅠと同じ。
③ リンクスマークⅢ:リンクスマークⅡの高性能機。高性能脚。高度化胴体構造。高性能推進系。ドーサルパッドペーロード、650kg(これにより地球低軌道(LEO)に小型衛星打上げ用の2段式ロケットも搭載可能)。
リンクスマークⅢ。リンクスシリーズの最高機種で機体背中に2段式小型衛星打上げ用ロケットを収納できるドーサルパッドが装備され、利用範囲が拡大している。(提供XCOR社)
リンクスマークⅢ。リンクスシリーズの最高機種で機体背中に2段式小型衛星打上げ用ロケットを収納できるドーサルパッドが装備され、利用範囲が拡大している。
(提供XCOR社)
リンクスマークⅢのペイロード搭載位置。図中①が主ペイロード、②が機体外側の小型の2次ペイロード、?がドーサルパッドペイロード(提供XCOR社)
リンクスマークⅢのペイロード搭載位置。図中①が主ペイロード、②が機体外側の小型の2次ペイロード、?がドーサルパッドペイロード(提供XCOR社)
リンクスマークⅢから分離し、小型衛星打上げ用ロケットが点火された瞬間(提供XCOR社)
リンクスマークⅢから分離し、小型衛星打上げ用ロケットが点火された瞬間(提供XCOR社)
 次にリンクスの飛行パターンですが、同じ短時間滞在型のヴァージン・ギャラクテック社のスペースシップ2は2段式で、ジェット機の母機で約15㎞まで上昇し、母機から分離された後自身のハイブリッドロケットエンジンに点火し105㎞辺りの宇宙に到達します。
 一方、リンクスは1段式で再着火可能な2人乗り(パイロットひとり、乗客ひとり)完全再使用型です。乗客の替わりに実験装置を搭載することも出来ます。1日に4往復、ターンアランド(着陸後点検整備、ペイロード・乗客搭載、燃料充填等を行い離陸までの時間)は2時間です。普通の飛行場の滑走路から、初めから自身のロケットエンジンを使って滑走し離陸後、宇宙に一気に向かいます。往路では最大スピードマッハ2.9(音速の2.9倍)で音速の壁を超えて上昇します。約100㎞の宇宙で5分ほど無重量状態を体験した後。帰りはロケットエンジンを使わず、グライダーのように大気中を旋回しながら滑空し、約3gの加速度を受けて(体重が3倍に感じる)通常の飛行場へ戻ってきます。
リンクスマークⅡの飛行パターン。水平状態で離陸&着陸。高度58㎞でエンジン停止し、上昇し約3分で宇宙へ到着、無重力状態に約5分滞在し下降する。全飛行時間は25~30分。(提供XCOR社)
リンクスマークⅡの飛行パターン。水平状態で離陸&着陸。高度58㎞でエンジン停止し、上昇し約3分で宇宙へ到着、無重力状態に約5分滞在し下降する。全飛行時間は25~30分。(提供XCOR社)
リンクスのコックピット。乗客は離陸時からパイロットと同じ目線で飛行を体験できる。(提供XCOR社)
リンクスのコックピット。乗客は離陸時からパイロットと同じ目線で飛行を体験できる。(提供XCOR社)
 ところで、米国では、NASAが2010年から5年間の「商業再利用サブオービタル研究」CRuSR(Commercial Reusable Suborbital Research)プログラムを開始して、宇宙飛行への民間参加の支援をしており、XCOR社もLYNXの開発でその支援を受けています。ついでながらNASAは同じ2010年、民間企業による商業宇宙管理システムを開発促進し、ISSへの人員輸送を目的に商業有人輸送のシステム概念開発、技術開発等を実施する「商業クルー開発」CCDev(Commercial Crew Development)も始め、スペースエックス社を先頭に競争しながら確実に実績を上げています。
 さて、ちょっと余談ですが、イージーロケットの機体は、既に本コラムVol.12と14でご紹介したスペースシップ1、スペースシップ2の開発で有名なバート・ルターン氏が開発し、当時人気の複座の組み立て式飛行機ルターン・ロング・イージー(Rutan Long-EZ)のレシプロエンジンの代わりにロケットエンジン2基を取り付けたものです。またテストパイロットは、やはり、バート・ルターン氏が設計したルターン ボイジャー (Rutan Voyager) で1986年に初めて無着陸・無給油での世界一周飛行に成功した実の兄のディック・ルターン氏という不思議で、素晴らしいコンビの関係があったのですね。

 XCOR社は革新的なロケットエンジン技術開発の評価が高く、NASAやDOD(国防総省)の契約も受けながら、燃料としては、プロパン、エタン、メタン(LNG(液化天然ガス))、アルコール、ケロシン、液体水素と、酸化剤は液体酸素や亜酸化窒素(笑気)を組み合わせた多種のエンジンシステムが開発されています。
 XCOR社はエンジンシステムの中でも、軽量化と作り易さ、そして低コストを目指し、ピストン方式ポンプとアルミニウム合金ノズルを開発しています。推力が25kg~40トン程度のあまり大きくないエンジンには、ターボポンプ方式より有効で、酸化剤が液体酸素、燃料がケロシンのリンクス用に、将来的には推力15トンクラスの液体酸素・液体水素エンジン向けに応用しようと開発が進んでいます。特にピストン方式ポンプはリンクス以外にもアメリカの大型ロケットアトラスⅤロケットやデルタ4ロケットそして、現在NASAが月・火星探査用に開発中のSLS(Space Launch System:宇宙打上げシステム)の上段液酸液水ロケットなど再着火するロケットに有効だとアピールしています。
NASA先端プログラムに対し、ATK社と共同で実施したメタンメタンエンジンの燃焼試験。燃焼ガスにダイアモンドコーン見える。2007年。(提供XCOR社)
NASA先端プログラムに対し、ATK社と共同で実施したメタンメタンエンジンの燃焼試験。燃焼ガスにダイアモンドコーン見える。2007年。(提供XCOR社)
XCOR社の開発した3軸ピストンポンプ(提供XCOR社)
XCOR社の開発した3軸ピストンポンプ
(提供XCOR社)
 小型のエンジンは姿勢制御用のRCSや人工衛星の位置制御を目的に開発されています。また不燃性で軽量化タンク材料としてフッ素系複合材料や軽量で使い易い特殊な燃料ボールバルブなどの開発も進んでいます。しかし部材によっては専門メーカーと共同開発しており、例えばコックピットはアダムワークス社(AdamWorks)、主翼はATK社、主翼取り付け部はファイバーダイン社(FiberDyne)などがあります。

 少し技術的な話が続いてしまいましたが、XCOR社の独創性的な戦略は、技術開発だけでなく、開発後の利用者獲得作戦もユニークです。
 XCOR社は2011年9月に、SXC(Space Expedition Corporation)社と、リンクスの総合販売代理店契約「ウェトリース契約」を調印しました。ウェットリースとは、ある航空会社が機体、乗務員、整備員、保険契約のすべてを、ほかの航空会社に通例1カ月~2年程度貸し出すものだそうです。
 SXC社はオランダ・アムステルダム市に本社を持ち、宇宙旅行専門会社として2009年にオランダの富豪ミッシェル・モル氏が設立しました。KLMオランダ航空はメンバーであり、飛行士のトレーニング等もKLMの施設を利用し、使用する飛行場はベネズエラの北のカリブ海にあるキュラソー島キュラソー国際空港だそうです。
 また、世界的に有名なユニリーバの男性化粧品アックス(AXE)のコロン、ボディスプレーなど製品のグローバルキャンペーンに、リンクスマークⅡによるサブオービタル宇宙旅行が採用され、22フライトが割り当てられています。これは「アックスアポロキャンペーン」と銘打って、プロモーションテレビにアポロ11号で人類初の月面着陸を行ったひとりのバズ・オルドリン氏が出ているのにはちょっと驚きました。
ユニリーバの男性化粧品アックスアポロキャンペーンのテレビコマーシャル出演のバズ・オルドリン氏(提供ユニリーバグループ&SXC社)
ユニリーバの男性化粧品アックスアポロキャンペーンのテレビコマーシャル出演のバズ・オルドリン氏
(提供ユニリーバグループ&SXC社)
 XCOR社は、昨年2012年8月フロリダ半島に、米国東海岸の運用拠点とリンクスマークⅡの製造・組立センター作る計画を発表し、地元やNASAから歓迎されています。これはスペースシャトル引退後のNASA施設の活用、地元の雇用確保とXCOR社の事業展開構想が一致した結果だと思います。

 順調に進めば、2013年にはリンクスマークⅠの飛行が始まるかもしれません。
さらに、8人乗り(パイロット2人を含む)のスペースシップ2の営業フライトも早ければ今年後半スターとするでしょう。来る6月には中国が神舟10号の打上げが予定されています。
 このように世界が大きく有人宇宙飛行へ進む中、いろいろな事情があるにせよ、我が国の動きがスローダウンしている感じがするのは私だけでしょうか。残念ですね。
 突然ですが、この「紀さんの宇宙あれこれも」も今回で一区切りといたします。ビゲローのインフレータブルモジュールやシエラ・ネバダ・コーポレーションのスペースDevのドリームチェーサーなど最新の世界の動きがありますが、また機会が出来ましたらお会いしましょう。どうもご愛読ありがとうございました。

日本時間3月27日スペースX社のドラゴン補給船はメキシコ西岸沖の太平洋上に日本の冷凍メダカを含む約1.2トンを搭載して無事着水し、帰還しました。
斎藤紀男
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