微小重力を利用した材料科学の本格的な宇宙実験は1970年代から始まり、現在のスペースシャトルによる地球周回軌道での実験に至るまで約30年の歴史を持ち、この間、航空機、小型ロケット、フリーフライヤーなどを用いた宇宙実験も多数行われました。また、落下式無重量施設を使った簡易な短時間無重量実験については1950年代から実施されています。
本格的な宇宙実験の初期から歴史を振り返ると、1973年からアメリカのスカイラブ計画が実施され、我が国もこれに参加して宇宙実験の有効性を示すことができ、その後の宇宙環境利用に弾みがつきました。特に、半導体の結晶成長実験で地上では得られないような高品質や大きさを実現し、電気的特性においてもはるかに良い一様性をもった結晶が育成できました。また、地上で混合すると非常に粗い分散と大きな分離が起こる金とゲルマニウムの混合では、非常に細かい一様な分散を示しました。得られた合金を分析すると、重力下では形成しない合成物であることがわかり、微小重力環境下における金属加工処理の将来における可能性に多大な関心を引く結果を残しました。この時期は宇宙実験における萌芽の時代であったといえます。また、スカイラブにおいて日本人の提案した「猫のひげ」と呼ばれる炭化ケイ素の細かい結晶を溶けた銀の中に分散させる実験も見事に採用されました。日本初の軌道周回上での宇宙実験がこの時期に行われたことは非常に注目された出来事でした。
その後、1980年代から1990年代はスペースシャトルによる定常的な実験機会により様々な分野の実験が行われ、宇宙実験が成長期を迎える時代となりました。我が国においては1992年の第1次国際微小重力実験室(IML-1)、第1次材料実験(FMPT)により本格的な地球周回軌道上宇宙実験が幕を開けました。材料科学分野では22テーマの実験が行われ、日本の宇宙実験は大きな飛躍を遂げました。これ以降、第2次国際微小重力実験室(IML-2)、第1次微小重力科学実験室(MSL-1)などへ積極的に参加するとともに、我が国独自に開発した実験用小型ロケットTR-IAによる実験の蓄積により、静電浮遊炉を用いた物質科学、シアーセル法による拡散係数測定、二波長干渉顕微鏡による温度場・濃度場同時その場観察技術などは世界のレベルを追い越しトップレベルの研究に成長した分野です。
スカイラブ、スペースシャトル、小型ロケットでの実験は今後の宇宙実験を行う際の指針を示す結果を数多く残しました。今後は国際宇宙ステーションでの長期間実験施設を手に入れ、これまでの宇宙実験を行うことに意味があった時代から、微小重力環境の特質を十分生かした実験へと変化し、宇宙実験として開花し貴重な成果が得られるであろう時代を今まさに迎えようとしています。
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物質科学と材料工学 |
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物質科学と材料工学分野は、物質の微細構造と物性の間の関係やこれらにおよぼす材料製造過程の影響を明らかにする研究領域であり、その最終目標は目的とする優れた特性を有する材料を製造するためのプロセスを確立することです。我が国は電子材料、光学材料などの高機能材料製造において世界をリードしており、微小重力科学の分野においても半導体単結晶成長や金属合金の凝固実験などで成果を得ています。
また、宇宙実験に伴う実験技術に関しては、静電方式無容器技術やシアーセル法による拡散係数計測技術、二波長干渉顕微鏡による濃度場・温度場のその場観察技術を確立しており、この領域では世界の先端にいます。
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この方法は加熱冷却時の影響を取り除き、温度が一定の時だけ拡散させるので精度が高くなります。 |
シアーセル法の概略図
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流体物理学 |
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流体物理学分野の目標は、流体の運動を明らかにし、半導体製造や薬品・食品開発・製造に寄与することです。微小重力利用による流体物理の研究では、マランゴニ対流、二相流、沸騰現象などの基礎的な研究が行われてきました。なかでもマランゴニ対流に関する実験が圧倒的に多く行われています。
マランゴニ対流とは液体自由表面での界面張力の不均質により発生する対流で、19世紀にイタリアの物理学者により理論的に予想されました。この現象が実験的に顕著に示されたのは宇宙実験でのことでした。
微小重力は、気体あるいは液体の状態に対して有効に作用することから、微小重力科学実験の基本は流体現象の理解・解析にあるといえます。
我が国のマランゴニ対流研究は、モデル材料による純流体力学的な研究と、実材料を用いた電子デバイスなどの品質向上を目的とした研究のふたつが行われていることが特徴です。
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気体と液体の界面の温度差により表面が低温の方へ引っ張られ発生する対流がマランゴニ対流です。 |
マランゴニ対流の発生原理
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燃焼科学 |
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地上 |
微小重力 |
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球形火炎
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自然対流+拡散
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拡散
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ろうそくの燃焼
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燃焼現象は燃料が発熱を伴いながら酸素と反応する現象で、人類のエネルギーの約85%は燃焼により得られています。そのため燃焼で得られるエネルギー変換は我々の日常生活や産業活動と密接に関係しており、環境問題への対応も含んでいます。燃焼現象は着火、燃焼、消炎などの現象が非常に高速に起こるため、それぞれの現象を個別に解明していくことが燃焼現象の理解へとつながり、ひいては燃焼機器の高性能化や環境問題への対応となりえます。現象の理解のために微小重力環境が果たした役割は大きいのです。地上では燃焼に伴い大きな密度変化が発生することから炎の周りに上昇気流が起こります。微小重力下での燃焼現象研究は、炎周りの流れが無くなるので、微小重力利用が最も有効である分野のひとつです。
微小重力環境を利用した燃焼研究は、1957年に熊谷先生により日本で始められた研究であり、現在も落下塔や航空機を中心に精力的に研究が進められています。特に噴霧燃焼機構の解明を中心的なターゲットとして、基礎プロセス、理論と比較可能な系を中心に研究が進められています。燃料液滴列やマトリックスなどの相互干渉にまで踏み込んだ実験、更に実際の噴霧に近い燃料液滴群の実験もなされており、世界のトップレベルにあります。
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