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凝縮系物理学・統計力学は、平衡系、あるいは線形に扱いうる平衡近傍の非平衡系を対象として理論化が進められてきた。一方、化学反応や燃焼、生命現象、地球環境から経済現象にいたるまで、自然界の多くの諸現象は平衡状態から遠く離れた非平衡状態としてモデル化されることが知られている。この場合、系は非線形性を強く持ち、統計物理学体系を適用することは困難である。このため、現状では現象ごとの個別の数値シミュレーションに基づいた研究が行われることが多い。しかしながら、これらを非線形非平衡の統計物理学としてくくりその普遍的な構造を見いだす研究が進展してきている。特に非線形非平衡系のなかでも、流入するエネルギーと、内部で消費(あるいは散逸)されるエネルギーがバランスして一定の構造が現れる系を非平衡開放系と呼び、またその構造は散逸構造と呼ばれている。散逸構造は、雲の形、雪の結晶、ろうそくの燃焼、稲妻、生物の形態など、自然界で最も頻繁に現れるパターンの形成メカニズムに深く関わっており、その非線形なゆらぎや秩序形成、緩和現象などのふるまいに関する研究が進められている。
散逸構造の特徴は、微視的なゆらぎが系の不安定性のゆえに巨視的スケールにまで成長し、それが時間とともに刻々と変化していくことにある。このような系では温度勾配や濃度勾配が重要なパラメータとなり空間構造の時間発展を決定するが、このため重力は巨視的(一般の流体系ではμm~mmのサイズ)に発達したゆらぎに強く作用し物理現象の推移に大きく影響する。この散逸構造を対象として非平衡熱力学系の安定性と重力との相関を考慮することで、自然現象に現れる複雑なパターン形成をより本質的に解明することが期待される。
このような非線形現象と非平衡熱力学過程の研究領域としては、反応拡散系の重力不安定性、化学反応における重力相関、非線形移流によるパターン形成、複雑液体系のダイナミクス、無容器・無界面反応化学などがあげられる。
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化学反応をともなう散逸構造は特に反応拡散系と呼ばれ、化学反応が物質の拡散と複合して様々なダイナミクスを示すことが知られている。散逸構造の形成に深く関わる非平衡熱力学系の安定性において重力を考慮した研究はプリゴジンらがレイリー・ベナール対流でのエントロピー生成をリアプノフ関数によって定式化したことに始まるが、重力安定性に関するこの理論研究を従来重力項が無視されてきた反応拡散系にまで拡張することは興味深い。
非平衡系で形成される空間パターンと重力との相関により、化学反応の進行が影響を受ける可能性がある。一般に化学反応は位置エネルギーに比べてエネルギーが高く、微視的に考える限り重力は輸送速度を変えるだけであり化学反応速度定数に作用することはないと考えられてきた。しかしながら、巨視的なスケールで不均一な密度のゆらぎがある場合には、空間的なかたまりで反応が進行するため分子の配向などに重力が影響し反応速度定数が変わる可能性を指摘することができる。巨大分子からなる酵素の反応やマクロ構造を形成するBZ(Belousov-Zhabotinsky)反応、低圧力プラズマの自己組織化や高分子重合反応などが、重力の影響を受ける化学反応の例として考えられる。
反応拡散現象において、拡散に加えて非線形な移流によっても物質が輸送される場合、新たなパターン形成のメカニズムが生じる。このような例として、微生物がある種の化学物質の濃度勾配を感知して積極的に移動する走化性(chemotaxis)により自己組織化パターンを形成する場合、正の走光性と負の走地性の競合で生じる生物対流、BZ反応における特異な波であるビックウェーブや水-油界面相互作用などがある。
高分子や液晶などの複雑液体(Complex Fluid)においては、分子間相互作用により非線形性の強い特異な空間構造が形成される。また現象の緩和時間も比較的長い。このため複雑液体は相転移やフラクタル成長現象など非線形性の強いダイナミクスを解明する上で重要である。複雑液体は溶媒との比重差が大きく相関長も長くなることから、密度ゆらぎが長時間にわたって維持される微小重力環境は実験環境として重要である。
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