凝縮系物理学・統計力学では、我々が日常的に観測しうる巨視的な世界における物質の性質を、原子や分子といった基本的な粒子の運動や構造の集積として記述しようとする。統計力学の起源は、相互作用のない理想気体を対象としたマクスウェルの気体分子運動論に遡ることができる。その後平衡系の相転移現象を平均場近似で説明する試みなど、粒子間の相互作用を無視し得ない系へと次第に対象を拡げていった。平衡系では、相互作用の相関距離が長いため平均場近似が適用できない臨界現象についてもスケーリング理論やくりこみ群によって理論的に記述することが可能となった。一方、非平衡系については、微視的領域と巨視的領域との乖離を接合するようにメゾスコピック領域を顕わに表現し階層構造化することで理論の体系化が進められていった。まず、線形応答理論により平衡系への線形な摂動として非平衡状態が記述できる範囲について理論化が進められた。またメゾスコピックな粒子集団が個別のランダムな粒子運動を凌駕する動的臨界現象においても、川崎によるモード結合理論により理論的な説明が可能となっている。しかしながら、メゾスコピック領域の距離・時間と巨視的領域の距離・時間とを明確に峻別できない他の非平衡現象についてはまだ理論は発展途上にある。このうち特に、臨界点近傍での緩和現象、核形成やスピノーダル分解、濡れ転移などの非平衡相転移、二相界面や渦といったトポロジカルな境界を持つ系などが重要な課題として認識されている。
臨界現象では、数百nm程度のメゾスコピックな領域でのゆらぎの相関が巨視的な現象と本質的に関わっていることがわかっている。このようにメゾスケール〜巨視的スケールにわたる階層構造を持った物理現象のダイナミックなふるまいを調べるためには、微小重力環境の利用が重要となる。また、臨界点近傍では、比熱、圧縮率が発散するなど、物理的性質に異常が現れる。例えば、気液相転移点の近傍(臨界点や気液共存領域)では、圧縮率、比熱、体積膨張率が発散するために、系のわずかな温度ゆらぎや圧力ゆらぎが大きな密度ゆらぎの原因を作り出す。このため静水圧が作用する地上では、臨界状態への接近にともなって系の密度が極めて不均一になり、臨界点は系全体には広がらず部分的にしか成立しない。また熱膨張が著しいことから加熱に対して直ちに対流が発生する。微小重力環境ではこの二つの要素、すなわち空間的不均一性と対流が抑制でき、臨界点近傍の物性研究に本質的な役割を果たすものと期待されている。