実験の背景
私たちの骨格筋は、地上では運動を行うことや姿勢を保つことで維持されています。ところが重力のない宇宙空間では骨格筋はやせてしまいます。なぜ、骨格筋はうまく維持できずにやせてしまうのでしょうか。
骨格筋の負荷応答機構には骨格筋に内在する機構と、神経や腱、血管などとの相互作用に依存する機構があると考えられますが(図1)、いずれも未解明な点が多いままです。加齢や運動低下に伴って起こる筋萎縮とどのような関連があるかも、調べる必要があります。骨格筋の負荷応答・維持機構が解明されれば、長期宇宙滞在によって起こる筋萎縮の解決法を探ることや、高齢者、長期入院患者の骨格筋を維持し、回復させるなどの、予防や治療方法の開発に貢献することができるでしょう。
図1 骨格筋、腱、神経等の相互作用の模式図
実験の目的
ゼブラフィッシュを用いてこれらの機構の分子メカニズムの解明をめざします。そもそも、水中で泳ぐ魚の骨格筋は、宇宙でやせるのでしょうか。魚も水中で重力を感じ「姿勢」を保っていますが、微小重力環境ではそのバランスが崩れ、骨格筋への負荷が小さくなり、その結果、魚の骨格筋も衰えるのではないか、この宇宙実験ではそのことを検証します。
本実験では、骨格筋と腱が蛍光タンパク質で可視化されたトランスジェニック(遺伝子改変)ゼブラフィッシュ(図2)を用いて、重力に対する魚の骨格筋・腱の感受性を明らかにします。遺伝子発現の変化を調べて、骨格筋と腱との相互作用、骨格筋と周辺の血管や神経との相互作用が変化する可能性を検証し、骨格筋維持の分子機構の解明を目指します。また加齢、運動低下による筋萎縮との比較、筋萎縮を伴う病気との関わりも調べます。
図2 ゼブラフィッシュと骨格筋
実験内容
ゼブラフィッシュ幼魚18匹を軌道上に打ち上げ、そのうちの12匹を国際宇宙ステーションの水棲生物実験装置(図3)で約1カ月半、飼育します。残り6匹は、飼育開始時に遺伝子解析のための化学固定処理を行います。飼育中は毎日、水槽内での遊泳行動をCCDカメラで撮影し、運動量の変化を調べます。飼育終了時には、6匹のゼブラフィッシュは遺伝子解析と組織解析のための化学固定処理を行い、残り6匹は生存状態で、すべて地上に回収します。
生存回収を行った6匹のゼブラフィッシュは、地上でさらに約1カ月の飼育を行った後に遺伝子解析と組織解析のための化学固定を行い、地上に帰還した後の骨格筋の回復過程を調べます。
図3 水棲生物実験装置
ココがポイント!
この実験では、骨格筋と腱が蛍光タンパク質で可視化されたトランスジェニックゼブラフィッシュを用いて、骨格筋や腱の太さや形態がどのように変わるのか観察し、宇宙で魚の骨格筋はやせるのか、という疑問を解決します。また、網羅的な遺伝子発現解析により重力の影響と加齢や運動低下に伴う筋萎縮との関連を調べる点に特色があります。さらに国際宇宙ステーションで長期飼育が行われた魚が、生きて宇宙から地上に帰還するのは初めてのことです。帰還した後の遺伝子発現の変化は、筋再生における遺伝子発現などとも関連づけながら解析を行います。これらの解析により、筋萎縮とその回復に関する新たなメカニズムを解明することができれば、筋萎縮の治療や予防につなげていくことができます。(図4)
図4 解析のイメージ図
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