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実験の背景


宇宙空間での受精及び発生に関する研究は魚類や両生類で盛んに行われ、それらの動物種は微小重力環境でも問題なく繁殖可能なことが確かめられています。ところがほ乳類の生殖に関する研究は、妊娠後期における微小重力の影響について調べられているだけであり、受精及び初期発生についての研究はほとんど行われていません。なぜならほ乳類は環境の変化に敏感であり、せっかく宇宙へ運んでも交尾をしない可能性が高いからです。実際に宇宙でラットの繁殖を試みたロシアの衛星「コスモス1129」の実験では、宇宙どころか地上のコントロール実験でも繁殖行動をせず失敗に終わっています。

一方、動物の代わりに生殖細胞を用いた研究も、魚類や両生類などでは行われてきました。しかしほ乳類の生殖細胞は小さすぎるため、顕微鏡による細かな作業が必要であり、現在までに微小重力環境下での宇宙飛行士による操作はまだ実現していません。

このようにほ乳類の受精に関する研究がほとんど成功していない原因は、先に述べた、顕微鏡下の複雑な作業が必要なことに加え、宇宙への運搬、回収機会が貴重であり、めったにチャンスがないこと、ほ乳類の生殖細胞の室温での寿命がわずか数日しかないことがあげられます。ところが若山先生の研究チームは、長年マイクロマニピュレーターを用いた顕微授精の研究を行い、宇宙でのマウスの研究を進めようと、さまざまな挑戦をしてきました(図1、2)。1998年には、フリーズドライにした精子から子ネズミを得ることに世界で初めて成功しました(図3)。また同様の技術を用いて、同年、世界初の体細胞クローンマウスの作出に成功しました。さらに、2008年、それまで16年間凍結保存されていたマウスの体からのクローンマウスの作出に成功しました。若山先生の研究チームが開発してきたマイクロマニピュレーター技術および精子のフリーズドライ技術を用いれば、宇宙実験に必要な運搬や回収のチャンスを最大限に生かし、これまでの問題を解決できます。

写真:リゾチーム結晶

図1 マイクロマニピュレーターと顕微鏡(地上での実験室の装置)

写真:リゾチーム結晶

図2 マイクロマニピュレーターを用いた顕微授精

写真:リゾチーム結晶

図3 フリーズドライにした精子から子ネズミを得ることに世界で初めて成功しました(写真は地上実験の結果)。

実験の目的


ほ乳類の初期発生における微小重力環境の影響は、大変興味深い課題であるにもかかわらず、実際の実験は成功したことがありません。宇宙で初期発生が進むかどうか、この結果の検証のためには宇宙での実験は不可欠です。

しかし宇宙実験を行うためには、打ち上げに関しての技術的な制約をすべてクリアしなければなりません。そこで本実験では、フリーズドライ状態で保存した精子から産仔(子ども)を得る技術を用いて、精子を宇宙で一定期間保存したのち地上で産仔をつくり、宇宙放射線の精子への影響を明らかにすることを目的とします。この実験により、ほ乳類初の宇宙精子由来の産仔が得られることや、遺伝子資源保全の究極の保管場所という将来の可能性も調べられるなど、予測される成果は非常に大きいのです。その後、この研究の成果をもとに実験系を発展させ、最終的に宇宙で産仔を得ることを目標とします。

実験内容


地上で凍結乾燥させた精子を宇宙に運び、国際宇宙ステーション用の冷凍庫(Minus Eighty degree Celsius Laboratory Freezer for ISS: MELFI)で保管した後、打上げから5か月後、1年後、2年後の3回に分けて地上に持ち帰ります(図4)。持ち帰った精子は、顕微授精(顕微鏡下で精子を卵子内へ注入すること)を行ないます。そして宇宙保存精子による受精率、放射線の影響、DNA損傷(修復)率、初期発生の正常性、および最も重要な産仔の出産率を調べます。これらの実験によって宇宙での保存が精子の完全性にどう影響を与えているのか明らかにします。

写真:リゾチーム結晶

図4 宇宙実験で使用するアンプル

ココがポイント!


種の保存を目的とする遺伝資源保存プロジェクトにおいては、電力や液体窒素の継続的な供給が不可欠ですが、震災などのアクシデントで全滅してしまう恐れがあります。本研究の成果は、繁殖学や畜産の分野で重要なテーマとなる良質な肉や毛を持つ家畜の繁殖や有益な実験動物の種の保存など、生殖細胞の保存に応用できます。

また、本研究において、宇宙での生殖細胞の保存が可能であることが証明できれば、宇宙空間あるいは月面などの、遺伝資源の究極的な保管場所としての可能性が広がります。


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