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実験の背景と目的


植物が重力方向に根を伸ばす反応(重力屈性)は良く知られています。19世紀から今日までの研究の成果から、根の先端にある「根冠」部分の細胞には、アミロプラストと呼ばれるデンプンの粒があり、それが重力によって細胞の下のほうに沈むことによって、根の伸展方向が決まるきっかけになることが分かっています。アミロプラストが沈むことにより、細胞内のカルシウム濃度が上昇し、その結果、植物ホルモン「オーキシン」の流れが変化することも、これまでに分かっています(多くの細胞は、カルシウムイオン濃度の変化により様々な外部の環境の変化を細胞内部へ伝えることが知られています)。実は、根の根冠のみならず、茎の内皮細胞にもアミロプラストは存在しており、ここでも植物が重力を感じていることが明らかになってきました。植物を回転させ、植物に重力方向を変える刺激を与えると、内皮細胞内のカルシウム濃度に変化が起きることも知られています。しかしながら、なぜアミロプラストの沈降により、カルシウム濃度が変わるのかなど、詳しい重力感受のメカニズムは未だ不明なのです。

そこで本研究では、植物が重力を感じて応答する(重力受容)、その具体的な分子機構に迫ります。図1に仮説を示しています。まず、比重の大きなアミロプラストが細胞内で沈み、細胞の中に張り巡らされている細胞骨格がアミロプラストの重みでひずみます。細胞骨格は、さまざまな分子を介して細胞膜にくっついていることが知られていますので、細胞膜に存在するイオンチャネル(細胞の膜にあるイオンを通す穴)の候補分子Mca1にも作用してMca1を活性化すると考えられます。Mca1は、特に重力の変化で、開いたり閉じたりする、機械受容イオンチャネルの一種だと考えられています。そのMca1の活性化の結果、カルシウム濃度が上昇するのではないか、という仮説を辰巳先生のグループは立てているのです。

宇宙で生育したシロイヌナズナを解析し、図1のような重力受容のための分子装置が微小重力条件下でも組み立てられるのか、また、組み立てられた重力受容装置の重力応答はどのようになっているのかを解明します。

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図1.植物細胞の重力受容の仮説
植物個体の茎(a)の内部の内皮細胞(b)には、重力により沈降するアミロプラスト(デンプンの粒)が存在する(c)。このアミロプラストは重力により沈降するとアクチン線維に沿って力をチャネルに伝えることによりイオンチャネルを活性化する。この複雑な重力受容装置が働くことにより重力刺激によって細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が起きる。Mca1は機械刺激受容イオンチャネルStretch Activated Channel (SAC)の候補タンパク質分子である。(a), (b), (c) : Morita and Tasaka. 2004 Current Opinion in Plant Biology, (d): Perbal and Driss-Ecole. 2003 TRENDS in Plant Science, を改変

実験内容


遺伝子型の異なる4種類(@野生株、AMca1を機能しないようにしたもの、BMca1自体が光るように細工したもの、C細胞内カルシウムイオンを検出できるエクオリン導入株)のシロイヌナズナの種子と生育培地を準備し、スペースX(エックス)社のドラゴン補給船運用4号機により国際宇宙ステーション(ISS)に打上げます。その後、実験は2回に分けて実施されます。

1回目は、シロイヌナズナの種子を生育培地にまき、植物実験ユニット(PEU)を用いて10日間生育させます。この生育は、細胞培養装置(CBEF)内の1G部とμG部で実施します。これにより、重力のある環境と重力のない環境で生育した2種類の植物を得ることができます。生育後の植物を特殊な化学液(パラフォルムアルデヒド溶液、遺伝子を保存できるRNAlater剤)に浸し、一部は冷蔵、一部は冷凍で地上に回収します。その後、細胞膜に存在するイオンチャネル候補分子Mca1の局在を顕微鏡観察(図2)します。これにより、重力の有無によるイオンチャネルの細胞での分布や数の違いを明らかにします。また、標本のmRNAの発現量を網羅的に解析し、重力の有無による遺伝子発現(転写)の違いを調べます。

2回目は、1回目同様、植物を生育させた後、植物を遠心機で回転し”重力”をかけて、植物体からの発光を特殊な装置(フォトン計測用供試体PMT:フォトマル)で計測します(図3)。

使用する植物には、あらかじめエクオリンというタンパク質の遺伝子を導入しておきます。その植物をセレンテラジンという化学物質に浸すと、セレンテラジンが細胞内に導入されて、細胞内のカルシウムイオン濃度に従った発光がおきます。植物が重力を感じ、細胞内のカルシウムイオンの濃度が上昇すると、遺伝子が作り出したエクオリンとセレンテラジンの合体物が発光しますので、この発光の強さを測定することで、植物が重力を感知したことが分かるのです(図3)。

もし、μG下で育てた植物に回転重力をかけても発光の強さが変わらなければ、植物が重力感知できる細胞を作るには、重力が植物に作用していることが必要であることが分かります。一方、もし発光の強さが重力刺激で変化するならば、植物は重力の向きや大きさの情報を知らなくても、重力感知する仕組みを作る能力を備えていることになります。

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図2 Mca1-GFPの局在。宇宙実験では、Mca1-GFPの局在を地上に持ち帰ってから観察する。緑色の蛍光を発している部分が細胞膜に局在するMca1(機械受容イオンチャネル候補タンパク質分子)である。Nakagawa et al., 2007. Proceedings of the National Academy of Sciencesを改変

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図3 植物が重力を感じイオンチャネルが開くと、カルシウムイオンが細胞の内部へ拡散する。その結果、細胞の内部のカルシウムイオン濃度が上昇する。この実験では、カルシウム濃度に依存して細胞が発光するよう工夫しているため、発光強度により、植物が重力に応答したことが分かる。 Aは植物の向きを変えると上記の仕組みに従って植物が発光することを模式的に示す。Bは植物細胞の中のアミロプラスト(黒い丸)、カルシウムイオンの通路であるイオンチャネル、Ca(カルシウムイオン)、Aq(エクオリン)、水色の矢印はカルシウムイオンによるエクオリンの発光を示す。Cは100秒で回転重力刺激を行った時の植物の発光重力応答(矢印)である。応答は120秒(刺激から20秒)で開始、250秒(=刺激から50秒)まで続く。100秒で見られる鋭い応答は回転に対する応答である。

ここがポイント!


ヒトは重力方向が変わるとすぐに分かります。では、植物ではどうなのでしょうか?実は植物もすばやく重力に反応します。図3のCを見てみてください。植物の向きを変えて20秒後には重力に対する応答が始まっています(矢印部分)。植物は、じっとしているようですが、結構素早く反応するのです。

植物の重力応答のメカニズムを調べることで、宇宙環境に適応する植物の開発や、転倒しても転倒から立ち直るのが早い植物の開発が可能となるかもしれません。もし、植物の種ごとに特別な重力受容分子を使っているならば、その特別な重力受容分子を薬物の標的にすることで、雑草などの有害植物の重力感受装置を特異的に阻害する農薬の開発が可能になるかもしれません。このようにこの研究の波及効果は計り知れません。また、もし植物で解明された重力受容の分子機構やその動作原理がヒトを含めて広く生命界で共通であるならば、宇宙飛行士が体験する重力依存的な現象(骨の現象や免疫機能の低下)の原因を突き止め解決する糸口が得られる可能性があります。


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