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最終更新日:2014年12月18日

宇宙実験サクッと解説:エピジェネティックな変化って?編

宇宙実験調査団のピカルが物知りハカセに突撃取材しました。
線虫のエピジェネティクスについて徹底的に解剖します。

物知りハカセ

ピカル

ピカル:

ハカセ、この実験の略称にもなっている「エピジェネティクス」ってどういうこと?

ハカセ:

遺伝子の本体DNAの配列はA、T、G、Cの4つの塩基の配列であることはすでに勉強したかのう。これまで遺伝子が変化する場合は、遺伝子の配列が変異する、つまりこのA、T、G、Cの4つの塩基の並び方が変わったり、余計な部分が増えたり逆にすっぽりとなくなったりすることで本来の遺伝子が変異して、それがガンや遺伝病の原因につながると思われてきたんじゃ。ところが、近年、DNAの配列には変化がみられないにもかかわらず、遺伝子の働きによってタンパク質がつくられる量に大きな違いが生じたことが様々な生物で発見された。さらに同じ現象が娘細胞と呼ぶ分裂したあとの細胞、つまり子孫の細胞にも受け継がれることが見つかったんじゃ。このようにDNAの変異によらず、子孫にも受け継がれる遺伝子の働き(発現)の変化をエピジェネティクスと呼ぶのじゃ。ちなみにエピというのは後天的なという意味。ジェネティックというのは遺伝という意味じゃ。すなわち、DNAの配列が変わる突然変異ではなく、しかし、後代にも遺伝する後天的に生じた変化の意味なんじゃ。さらにエピジェネティクスという現象は、細胞の発生や分化、老化、生活習慣病、体質、ガン化などにも大きく影響していることが分かってきた。また、2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥博士のiPS細胞でも、細胞のリプログラミング(分化した細胞から未分化の状態に戻すこと)時にこのエピジェネティックな変化がなくてはならないこともわかったのじゃ。

ピカル:

病気や体質、リプログラミングにも関係しているとは、とても重要な現象なんですね。でもハカセ、DNAの配列が変わらずに遺伝子の働きが変化するというのがよく分かりません。DNAの配列通りに遺伝子は働くんじゃないのですか?

ハカセ:

遺伝子の発現量、すなわち遺伝子がどれだけ働いてどれだけタンパク質をつくるかを調節している方法が何種類もあって、それがすごくよくできていて、ちょっとした周りの変化にもすぐに対応できる仕組みになっていることが分かってきたんじゃよ。この仕組みは生物が環境に適応していくのにも使われているようなのだ。ちょっと難しくなるが、エピジェネティクスの実体というのはDNA自体やその周りのヒストンタンパク質に化学的な修飾が生じることをいうのじゃよ。

ピカル:

ヒストンに化学的な修飾?

ハカセ:

うむ。図4を見てごらん。全ての核を持った生物、ヒトも含まれる真核生物では遺伝情報を担うDNAがヒストンと呼ばれるタンパク質に巻きとられているのじゃ。このヒストンの一部がアセチル基(CH3CO-)が付加されてアセチル化するとDNAの巻き取りがゆるみ、遺伝子の発現が活発になるのじゃ。一方、アセチル基が脱アセチル化酵素の働きによって取られて、さらにメチル基(CH3-)が付加されてメチル化されるとDNAがより強くヒストンに巻き付いて遺伝子の発現が低下するのじゃよ。また、線虫やショウジョウバエ以外の植物からヒトに至る多くの生物ではDNAの塩基の1つC(シトシン)にもメチル基(CH3-)が付加されてメチルシトシンという化合物に変わることもある。このDNAのメチル化によっても発現が低下するのじゃ。つまり、エピジェネティックな変化とは、DNAやその周りのヒストンタンパク質に化学的な修飾すなわち変化が生じることをいうのじゃよ。その結果、遺伝子からの発現つまり転写、メッセンジャーRNAをつくることが抑えられたり、逆に活性化されたりして、遺伝子の発現が変化するんじゃ。

画像
図4 遺伝子発現の制御におけるヒストンのアセチル化とメチル化の役割(出典:東北大学)

ピカル:

DNAが突然変異によって失われてメッセンジャーRNAの発現がなくなるのと、結果的には良く似てるんだね。遺伝子発現を調節する仕組みってことなんだ。これまでの実験でも宇宙に行くとメッセンジャーRNAの発現が多くなったり少なくなったりすることもあるって結果が出たの?

ハカセ:

うむ。これまでの線虫を用いた宇宙実験CERISEでは、線虫の筋肉などが微小重力環境の影響を受けて、遺伝子の発現が低下したという結果が出ている。 だから今回の宇宙実験では、メッセンジャーRNAの発現量だけではなく、その理由を知るために適したサンプルを持って行く。ヒストンを脱アセチル化(アセチル化を元に戻すこと)する酵素の遺伝子が変化して脱アセチル化しにくくなった線虫を2種類と普通の線虫、合わせて3種類の線虫を使う。それは2009年の実験では遺伝子名がhda-4sir-2.1というヒストン脱アセチル化酵素遺伝子の転写が活性化した結果が得られたからなのじゃ。脱アセチル化が活性化したということは、遺伝子が読まれにくくなっているという解釈ができる。だから宇宙で筋が弱ったりする現象につながったのかもしれない。すなわち、hda-4sir-2.1が変異して無くなった線虫では宇宙でも筋が弱くならない可能性があるのじゃ。もし世代を交代させても宇宙での変化が見られないなら、これらの遺伝子を抑えるような薬を作ると、エピジェネティックな変化が原因となる筋委縮を防ぐことができるかもしれない。なんで変異体を使うかというと、普通の線虫と比べることで、変化をしっかり見つけようという工夫じゃよ。宇宙で線虫を世代交代させてしかも変異体を使って変化をしっかり調べようという実験はこれが初めてで、新発見が期待される。地上での分析も最新の装置を使って詳細に行う予定なんじゃ。

ピカル:

今回の科学実験ではすごく厳密な比較分析を必要とするのですね。しかも前回の実験結果を土台にして発展させることで、さらにすごい新発見があるかもしれないんですね。

ハカセ:

その通り。さきほども説明した前回のCERISE宇宙実験では8日間の実験で線虫の親虫と子虫、つまり宇宙での2世代を実験試料として得ることに成功した。宇宙生まれの群では次のことが分かった。
1)筋・細胞骨格タンパク質関連遺伝子群の発現が低下して、脱アセチル化酵素の転写因子が活性化することが分かった。つまりエピジェネティックな制御により遺伝子が読まれにくくなった。
2)代謝やエネルギー生産に関わる遺伝子群の発現が低下した。

ピカル:

筋とエピジェネティックに加えてエネルギー生産や代謝という言葉がでてきました。もう少し詳しく説明して下さい。

ハカセ:

宇宙では重力が働かなくなることで、からだを支える力が必要なくなり宇宙飛行士の筋肉や骨が急速にやせてしまう。線虫でも、宇宙では筋のタンパク質が減ることがわかったんじゃ。また、エネルギーをつくるために働く、少し難しく言うと代謝に関係する遺伝子の発現も少なくなることがわかったんじゃ。宇宙ではあまりエネルギーを使わなくていいのかも知れない。ただ1回の実験でそこまで結論付けることは危険だし、なぜそのような結果が出たかがまだすべてわかったわけではない。そこで今回は、筋やエネルギー代謝が宇宙で低下する理由とエピジェネティックな制御の関係を調べることに注目したんじゃ。つまりたった2世代でも筋肉にも変化が出て、エピジェネティックな制御にも変化が出る可能性が2009年のCERISE実験で初めて得られたから、もっと長く世代交代させて宇宙での世代交代の影響をはっきりと見ようというのが今回の実験の特徴じゃ。

ピカル:

今回は何世代交代させるの?

ハカセ:

今回は宇宙では4世代。つまり宇宙で4回の植え継ぎを行う。冷蔵で持って行った線虫の子虫に餌になる大腸菌を与えて、20℃で培養する。大腸菌と言っても病原性ではないものを使うから安心してよいぞ。線虫は4日で親になって卵を産み、卵から子虫がかえるから、子虫だけを新しい培養バッグへ移してやるんじゃ(図5)。そうすると子虫が4日でまた親虫になって卵を産む。

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図5 植え継ぎ方法(出典:JAXA/東北大学)

ピカル:

どうやって子虫だけ新しいバッグに移すの?

ハカセ:

親虫の体長が約1ミリメートルじゃ。ということは、子虫はもっと小さい。宇宙では顕微鏡を覗きながら一匹ずつピンセットでつまんで取り出すわけにはいかないので、子虫だけが通るような網目の細かいざるのようなフィルターで選り分けるのじゃ。実際は10マイクロメートル、つまり1ミリメートルの100分の1の網目を持つフィルターをつけた注射器で線虫の混ざっている液体を引く。そうすると注射器の中にフィルターを通過した子虫だけが回収される。それから続けて、それを新しい培養液の中に注入してやれば、次の世代だけの入った培養バッグができあがる、という仕組みじゃ。これを4回繰り返す(図6)。

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図6 複数世代の植え継ぎの説明(出典:JAXA)

ピカル:

なるほど。とってもいいアイディアだね。その注射器とフィルターを使って4世代の線虫の飼育が可能になったんだね。

ハカセ:

宇宙で実験するには、地上とは違ったいろいろな工夫が必要な場合がある。宇宙飛行士が迷わずに操作しやすくするためにいくつか工夫しているのじゃ。使う線虫は3種類。1種類につき2つのバッグを用意している。1つだけだと線虫が増えていなかったりこぼした時に困るからのう。最初に線虫を入れて打ち上げるシリンジと、植え継ぎに使うキット、大腸菌の入った培養バッグは線虫の種類ごとに緑、青、ピンクに色分けされている(図7と図8)。これは宇宙飛行士が植え継ぐとき間違って別の種類の線虫をバッグに混ぜてしまわないようにする工夫なのじゃ。4世代、同じ線虫を植え継いでくれないと変化を分析することができなくなる。さらに宇宙の培養装置で重力がない状態と遠心機で人工重力を作った状態でそれぞれ6バッグずつ、つまり一度に12個の培養バッグを種類を間違いなく植え継いでいくことが必要になる。宇宙飛行士も限られた時間内に順序良く作業しないといけないので、いかに操作しやすい機材にするかで実験の成功が左右されるのじゃ。この実験に限らないが地上の実験チームは日々、実験成功のために知恵を絞っておる。宇宙飛行士が使う手順書の作成も実物を使って確認作業を何回も繰り返して、確実なものにしているのじゃ。

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図7 実験機材色分けの説明@スタート時(出典:JAXA)

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図8 実験機材色分けの説明A植え継ぎ時(出典:JAXA)

ピカル:

とっても工夫されている実験だということが分かりました。最後にこの研究は僕たちの生活にも役に立つの?

ハカセ:

宇宙飛行士が長期に宇宙に滞在するとき筋肉や骨が急速に減っていく現象にもエピジェネティックな制御が働いていると予想できる。人間を対象とした研究でもエピジェネティックな変化が病気の原因になっていることが分かってきたから、将来的には人間の病気の治療に応用することを目指しているのじゃよ。もちろん、宇宙のみならず、地上でもわしのような年寄りがケガで寝たきりになった場合などにも役立つことを期待しているよ。

ピカル:

ハカセはまだ寝たきりになられては困るから、早くそんな薬ができるといいな。僕もたくさん勉強してこの実験を手伝えるようになりたい。もっと実験のことをたくさん勉強するよ。

Written By Sachiko Yano


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