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実験の背景


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図1

1998年10月末から11月にかけてスペースシャトル(STS-95ミッション)で飛行した向井千秋宇宙飛行士は、上田純一先生が提案したエンドウとトウモロコシの幼植物体を使った実験を行いました。切り取った茎の一部にオーキシンを投与して、オーキシンの輸送能力(量、速度、方向、蓄積量など、図1参照)に重力が与える影響を解析するのが目的でした。その結果、幼植物体の茎頂から根の方向に向けて移動するオーキシンの輸送メカニズム構築は、重力の影響を受けることが明らかになりました。

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図2

また、重力の影響を受けずに宇宙で発芽したエンドウは、植物が本来持っている(自発的)形態に成長する「自発的形態形成」を示すことが分かりました(図2に宇宙で生育したエンドウを示します)。この宇宙実験ではエンドウ種子の胚の方向を揃えて播種したので、図2に示すように、全ての幼植物体の茎が左へ45度傾いた方向に成長し、根も上方や右に傾いて成長しました。重力の無い環境では植物が自発的形態形成を示すことから、オーキシンの輸送能力と自発的形態形成には何らかの因果関係があることが示されました。

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図3

そこで、本実験では、宇宙環境で認められる自発的形態形成機構を詳しく調べるために、オーキシン輸送に関係する要因を分子レベルで解析することにしました。今回の実験では、オーキシン排出に関わるPINタンパク質がどこに有るかを観察するために、PINタンパク質の抗体を作製しました(図3に蛍光顕微鏡写真を示します)。地上に回収した化学固定サンプルに、この抗体を反応させることでPINタンパク質の存在場所を解析することができます。これにより、植物の姿勢制御機構に必要なオーキシンの輸送能力や方向を詳細に理解することができます。

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図4 植物細胞におけるオーキシン輸送模式図

植物の茎などの細胞の細胞膜には、オーキシンを細胞内に取り込む働きをするタンパク質(AUX1)と細胞の外に排出する働きをするタンパク質(PIN)が有ります。植物が普通にまっすぐに生育している場合、AUX1タンパク質は細胞の上側など細胞膜全体に、また、PINタンパク質は細胞の下側に配置されています。これらのタンパク質の働きによって、オーキシンは、茎などの細胞においては、上側から下側の細胞に輸送されます。細胞の中に取り込まれたオーキシンは、原形質流動と呼ばれる細胞内の溶液の動きによって細胞の中を移動し、排出する働きを持つPINタンパク質によって細胞の外に排出されます。この一連の過程を繰り返すことによって、オーキシンは上側の細胞から下側の細胞に一方向に輸送されます。光や重力などの環境刺激が変化すると、特にPINタンパク質の細胞膜上での分布が変化して、オーキシンの輸送が変わることで、光屈性や重力屈性がおこると考えられています。


実験の目的


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STS-95の宇宙実験結果から、植物の姿勢制御には、重力によって制御されるオーキシンの輸送能力が密接に関係していることが明らかになりました。この実験結果から、植物におけるオーキシンの能動的な輸送を詳細に研究することが、植物の姿勢制御機構を解き明かすための重要な知見を与えてくれることが分かりました。このことは、植物の成長制御に関する新しい技術開発へとつながり、その科学的・社会的意義はきわめて大きいと考えられます。 本実験では、宇宙の微小重力環境下におけるオーキシンの輸送および蓄積、またそれらを制御している遺伝子およびタンパク質分子がどのように細胞内で発現し、分布しているかについて統合的な解析を行います。この解析により、植物の「自発的形態形成」を理解し、姿勢制御のメカニズムを解き明かすことを目指しています。実験の条件として、重力の有無(微小重力環境と人工重力環境)、植物種(エンドウ、トウモロコシ)、外部からのオーキシン投与、オーキシンの輸送を妨げる薬剤の有無(エンドウのみ)等を設定します。

実験内容


実験の内容

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図6

今回の実験はRun1~Run4に分けて実施されます。Run1~Run3ではエンドウを、Run4ではトウモロコシを実験試料としています。いずれも、乾燥している種子を打上げて、軌道上で宇宙飛行士に給水して貰うことで生育を開始します。また、Run1~Run3ではオーキシンの輸送を妨げる薬剤を水に混ぜて給水し、植物の形態などへの影響を解析します。

(Run1) 植物の自発的形態形成に、オーキシン輸送方向を制御するPINタンパク質などの分子機構が機能しているかを解明します(免疫解析・植物ホルモン分析)

(Run2) 植物の重力応答に、オーキシン輸送能力の調整が必須であることを解明します(オーキシンの輸送能力解析、遺伝子解析)

(Run3) 幼植物体の形態形成に対する重力の関与を解明します(成長する幼植物体の画像観察)

(Run4) 上記のRun1~Run3の実験を単子葉植物であるトウモロコシを用いて実験します。双子葉植物のエンドウと同じメカニズムかどうかを検証します。

ココがポイント!


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Plant Cell3:677-684(1991)

右の図は、地上とスペースシャトル(STS-95)で成長したエンドウの幼植物体です。地上と宇宙では植物の幼植物体の姿勢が全く違うことが分かります。
いずれも光の無い暗黒で成長させていますが、茎は、重力が有る地上では重力と反対の真上方向に成長しました。一方、重力の無い宇宙ではエンドウの茎が本来持っている成長方向、すなわち斜め45度に傾いて成長しました。この現象は植物の「自発的形態形成」と名付けられています。
また、宇宙の写真で茎と反対側に傾いて成長しているものは、空気中に成長している根です。重力が無いと、根が地下に向かって伸びないこともあることも分かりました。
ISSの微小重力環境における植物のオーキシン輸送能力や、輸送を制御するタンパク質分子の細胞内分布、それを制御している遺伝子の発現を明らかにすることによって、植物の姿勢制御メカニズムを解き明かすことができます。こうして得られたさまざまな知見は、惑星探査における植物栽培、地上での植物工場等での植物の生産性の向上に繋がります。

植物を作っている細胞の一番外側には細胞壁と呼ばれる固い膜が有り、その内側の細胞膜に有るPINタンパク質は、オーキシンの輸送能力に大きく関わっています。右の図は、そのPINタンパク質に関わる遺伝子が異常で、正しくオーキシンを輸送できないシロイヌナズナpin突然変異体を示しています。この写真から分かるように、PINタンパク質が異常で、オーキシンが正しく輸送できないと、野生型と大きく異なり、花茎には葉や花が全く無くなって、針状の尖った形態を示すことが分かりました。


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