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第4回7/26(水)【~将来への期待~】
金井飛行士:すでに有望な成果が出つつある「高品質タンパク質結晶化実験」ですが、今後はどのような展望があるのでしょうか?専門家の木平先生にうかがいます。
地上での生活に対してどんなことに活用・応用していけるか?
これまでに、タンパク質はそれぞれが固有の働き、固有の構造を持っていることをお話しました。つまり、タンパク質の構造を正確に観察できれば、その機能や仕組みを知ることが出来るということです。これをさらに発展させれば、タンパク質の機能を制御することも可能になります。薬の設計がまさにそうですね。病気の原因となるタンパク質を見つけ出し、その機能と構造の関係を明らかにできれば、その機能を調節する分子を作り出すことが出来ます。
その他、タンパク質の種類に酵素と呼ばれるものがあります。酵素とは、生体で起こる化学反応に対して触媒として機能する分子のことです。簡単に言うと、ある物質を別のものに変換する能力を持ったタンパク質が酵素です。前回お話したセルラーゼ、キチナーゼ、ナイロンオリゴマー分解酵素、ヒドロゲナーゼなども酵素の一種ですが、その他、生体内で起こるありとあらゆる化学反応は酵素の働きによるものだと言っても過言ではありません。
酵素の中には、私たちの生活を豊かにするために利用されているものもあります。このような酵素のことを産業用酵素と呼びます。身近なところでは洗剤の成分にも含まれていますし、食品加工、繊維加工、環境浄化、あるいは医薬品や血液成分分析など、産業用酵素は私たちの生活に欠かせないものになっています。その他、私たちに身近な、醤油や味噌、納豆、お酒など、微生物の発酵の力を借りて作っているものは、実際には微生物に含まれるタンパク質の働きを間接的に利用しているのです。
もちろん、触媒は酵素だけではありません。金属や無機物によって人工的に作られた触媒も広く産業界で利用されています。しかし、これらの触媒は高温・高圧状態でないと反応が進行しなかったり、反応に有害な有機溶媒が必要であったりするなど、取扱が非常に難しい場合が多いのです。一方、生体触媒である酵素は、常温・常圧かつ水中で反応が進行しますし、人工触媒では実現が困難な反応性を示すものや、人工触媒と比べて格段に高効率な触媒能力を有するものが多く存在します。
なぜ生物がこのような反応を非常に温和な条件で行うことが出来るのか、その仕組みを理解することができれば、より安定な素材を用いて模倣し、新たな人工触媒としたり、あるいは酵素そのものを高機能化し、より価値の高い産業用酵素として利用したりすることができるようになります。宇宙で高品質な結晶を作るということは、そのためのお手伝いをしていると言えるかもしれませんね。
金井飛行士:タンパク質の研究は、医薬の分野に限らず、「酵素」として工業製品や食料加工の分野でも成果が期待できるのですね。まさに酵素のパワー!タンパク質が、スーパーヒーローのように思えてきました。
宇宙の未だ解明されていない事柄に対しどのような前進ができると考えるか?
宇宙の大きな興味の一つに、「宇宙人」の存在があります。僕も子供の頃は宇宙人を特集したテレビや雑誌に夢中になりました。今でも宇宙人はいると思っています。生物学を学んだ身として、より正しく言うと、「地球外生命体」の存在を信じているということになりますね。
では、地球外生命体を真剣に見つけようと思った場合に、まずどこから探すのが良いでしょうか。地球とは違う別の星に探しに行くわけですから、費用も期間も莫大になります。なるべく効率的に探したいですよね。ですから、まず考えるのは、「どんな環境なら生物が生まれそうか、また持続して生きていけそうか」ということです。それがわかればその環境にあった星を探し、そこに実際に行ってみれば良いわけです。ただし、このとき参考になるのは、地球上の生物と、それが生きている環境だけです。
私たちは水がないと生きていけません。とりわけ、水が液体の状態で存在しているということが重要です。また気温が暑すぎても寒すぎてもだめです。ですから、地球外生命体も似たような条件を持つ星に発生するだろうと考えることが出来ます。つい最近、ある惑星系で「第二の地球」になり得る星が同時に3つも見つかりニュースになったので、覚えている人もいるかもしれませんね。
一方、ヒトが生きていけないような過酷な場所でも微生物やその他生物が生きている場合があります。例えば122℃もの高温や、強いアルカリ性の中で生きていけるものもいます。最近では、石の中からも微生物が発見されています。 現在でも、生物が生きていける環境の限界が拡がっているということです。
さて、そうなって改めて疑問に思うことがあります。
「そもそも、私たちはどれくらい自分たち地球生物のことを理解できているのか」ということです。
地球外生命体を見つけたときに、私たち地球生物と同じ部分、違う部分を正しく理解するためには、まず地球生物のことを正しく理解していないといけません。もっと言えば、地球外生命体を見つけたときに、それを生物だと認識できない可能性だってあります。
つまり私たちは、生物がどんな環境に存在できるのか、ということをもっと知る必要がありますし、究極的には、「生物(生命)とは何か」という問いについて、もっと深く考えなければならないということでしょう。
現在のところ、生物の定義は以下のように考えられています。
“生物とは、1つまたは複数の細胞からなる物体で、総体として自己保存しており、その物体中の細胞が含む遺伝情報に基づいてつくられるもの”
これをもう少し簡単にすると、「進化できる」という点と「エネルギーを使って自分を管理している」(つまり代謝を行っている)という2点が生命の本質だということです。
これまでに、生物は「遺伝子はDNA」、「代謝はタンパク質」が担っていることをお話しました。ここから考えると、地球外生命体はタンパク質を構成するアミノ酸の存在する場所にいるということになりそうです。ただし、これにも例外があります。タンパク質合成工場として紹介したリボソームですが、タンパク質を作るという反応だけを考えれば酵素の仲間です。ただし、その反応に最も重要な部位はタンパク質ではなくDNAの仲間のRNAという分子が担っているのです。つまり、生体触媒となり得る分子はタンパク質だけではないということがわかっています。
地球生物でもバリエーションがあるのですから、地球外生命体の場合には遺伝子はDNAではないかもしれないし、代謝を担っているのはタンパク質ではないかもしれません。むしろ、全く違うものを利用していると考えたほうが自然な気がしてきます。これではどこを探せば地球外生命体が見つかるかわからなくなってきましたね。でも逆に考えれば、地球生物のことを知れば知るほど、宇宙で生命が存在できる場所は拡大しているとも言えます。
話は少し逸れますが、この話題に関して面白い話があります。遺伝情報を持つDNAにはタンパク質の設計図が書き込まれていますが、このDNAの複製にはタンパク質が必須です。生命の起源を考えた場合に、タマゴとニワトリの関係のように、どちらが先に誕生したのか、という疑問が生まれますが、実は現在でもその疑問に対する答えは出ておらず、いろいろな仮説が存在します。その中でも最も有力視されているのが「RNAワールド仮説」と呼ばれるものです。触媒活性を持つRNAの発見が契機となり、生体触媒となりうる分子がタンパク質だけではないと明らかになったことで、RNAワールドの存在が生命誕生と深く関わっていると考えられるようになりました。一方、その考えに反論する声も未だ小さくなく、最初の生物は火星から運ばれてきたという説もあります。いずれにしても、決着が着くのにはもう少し時間がかかりそうな状況です。
ヒトではおよそ10万種、生物全体では100億種以上もあると言われているタンパク質は、それぞれが異なる大きさ、異なる形をしていて、その役割も様々です。これらが他のタンパク質と絶妙なバランスを取って協同して働くことで、あらゆる生命現象が引き起こされています。つまりタンパク質の働きを正しく理解することは、生命そのものを理解することに繋がるとも言えます。
いつか地球外生命体を見つけたときに、それを正しく理解するために、また、地球生物がどこから来たのか、そもそも生物(生命)とは何かという問いに答えるために、「きぼう」日本実験棟を使った高品質タンパク質結晶生成実験を通して、地上の研究に貢献していきたいと考えています。
「地球外生命体」にまで話が広がりました!!これはすごく面白いです。
タンパク質の研究も、突き詰めていくと、「生命とは何ぞや?」という一種、哲学的な命題につながっていくのですね。宇宙実験のこれからの進展が本当に楽しみになってきました。
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