ときどき、「いつも訓練ばかりで休みがあるのか?」「週末はどう過ごしているのか?」と質問を受けることがあります。
宇宙飛行士の訓練は、基本的に平日の朝8時~夕方17時くらいまでの勤務時間内にスケジュールされ、土曜日・日曜日は普通にお休みです。ミッションにアサインを受けてロシアなど海外を飛び回る飛行士は別ですが、ミッションへの任命を受けていない自分のような飛行士は、わりあい規則正しい生活を送っています。
じゃあ、週末は何をしているんだ、という話なのですが、朝はゆっくり寝坊して、部屋の掃除をして、スーパーに買い物に行ってと、これも別段、変わったことをしているわけではありません。
「せっかく海外で生活をしているのだから、アメリカ国内を旅行で巡ったりすれば良いのに」と、知人からアドバイスを受けることも多いのですが、もともと旅行好きというわけでもなく、仕事でヨーロッパやロシアなど様々な国に行かせてもらう機会も多いので、それで十分満足してしまい、部屋でゴロゴロするばかりです。
趣味をきかれると、いつも答えに困ってしまうのですが、本を読むのは昔から好きでした。ジャンルは問いませんが、歴史小説や時代物は好きなもののひとつです。日本を離れて暮らしているので、余計に、日本的な題材のものを求めているのかもしれません。
武士の名誉をかけて決闘するような剣豪小説や、江戸の町を舞台にした人情話など、時代背景や住んでいる国が違っていても、人間の行動や心の動きに変わりはないような気さえします。
国の威信をかけて国際調整会議で自分たちの立場を主張し、その裏では現場レベルの担当者と腹を割って本音の話を重ねて何とか案件をまとめる・・・などというJAXAのエンジニアの皆さんの仕事を間近で見ていると、余計そんな風に感じます。
さらにマニアックに、日本の武道に関する古い本を読むこともあるのですが、昔ながらの日本の教えの中に、今の仕事にも生かせるような考え方があるような気がします。
例えば、剣道や柔道などで教わる「残心(身)」という考え方があります。勝ちを制した後でも、油断せずに心と体の準備を残しておくという風に理解していますが、例えば大切な宇宙実験において、複雑な手順を終えた後に「あ~終わった、終わった」とすぐに緊張を解いてしまうのではなく、「よし、難しい仕事を終えた。けれど、何かミスはしていないかな?」と一呼吸おいて振り返りを行う手間が、もしかしたら大失敗を防ぐことにつながるかもしれません。
剣豪として有名な宮本武蔵の著作『五輪書』には、「一対一の戦いで用いる理論は、軍隊同士での戦いと同じである」とか、「大工の棟梁が、材料や道具を選んで、部下を自在に使って建物を作るように、武道に通じた大将というのは、世の中を良く治めるものだ」ということが書かれています。
「一芸に通じると、多芸に通じる」ではありませんが、別分野の技術的な解説であっても、読み方によっては、今自分が従事している仕事に通じるような貴重な教えがあるように感じています。
江戸時代に徳川将軍の剣道師範をされていた柳生宗矩という先生の本には、「剣道を初めたばかりのころは何も考えずに素直に刀を振っているけれど、少し修行をすると色々と難しいテクニックのことを考えたりして、戦うことが難しく感じるようになる。さらに一生懸命稽古を続けていると、考えることなしに、初心の頃のように無心になって、自由自在に刀を使えるようになる」という話が載っています。
ロボットアームの操作や、飛行機の操縦訓練では、いまだに苦労しているのですが、自分自身が成長していないわけでは決してなく、「少し勉強が進んで、より高度なテクニックを使おうとして苦しんでいる」と、同じような状況にあること気づいたりします。
戦前の居合道の先生の言葉ですが、「表の働きは、その裏の力。眼に見えるところの働きは、眼に見えぬものの力の現れである」。
「右手を使うときには左手に注意しなさい」「前に進むときには、後ろに残る足に気をつけなさい」などと、単純にテクニックの上での技術論と読むこともできますが、「ミッションでの成功の陰には、人知れぬところでの長年の努力があるんだよ」と読み解くこともできそうです。
あるいは、「世の中の注目を浴びることの多い宇宙飛行士という職業だけれど、実はエンジニア、管制官、インストラクター、マネージャーというたくさんの人たちの働きがあって、国際宇宙ステーションは安全に運航されているのだ」などとも読めるかもしれません。
先日、国際宇宙ステーションに長期滞在中の若田宇宙飛行士が、日本人として初めて船長に就任しました。
「これはわたし一人の力ではなしえなかったことであり、これまで日本が築き上げてきた実績、そして高い信頼の表れであると思います」という挨拶は、有人宇宙活動の最前線で働くJAXAスタッフの皆さんの仕事を見聞きしているだけに、深く、重く心に響きました。
「日本人の心を表す言葉である、和(ハーモニー)が信念」というのも、国際協力の現場において、日本という国柄が、世界に対して普遍的な価値観を提供するという点で素晴らしいと感じます。
普段の訓練はもちろんなのですが、日本の昔ながらの価値観や考え方を見つめ直すというのも、日本人宇宙飛行士として大切にしたいと思います。