9月は2週間の日程で、カナダでロボットアームの操縦訓練を受けてきました。
日本の「こうのとり」を始め、補給物資を運んでくる宇宙船をキャッチする(これを“キャプチャー”と呼んでいます)のが、カナダアーム2と呼ばれる全長17メートルの巨大なロボットアームです。
間違って宇宙ステーションにぶつけでもしらた、大惨事につながるかもしれませんので、いくつものテレビカメラで動きを確認しながら、左右2つのハンドコントローラーを使って、安全に操縦しないといけません。
時間をかけてゆっくりと操作しながら、少しでも安全に懸念が出たり、予期しない故障が起こった場合などには、テレビカメラを切り替えて安全確認を行ったり、地上の管制官と交信してトラブルシュートをするのが宇宙飛行士の仕事です。
「何かおかしいな?」と感じたときには、安全を第一に、すぐに作業を止めて、ゆっくり状況を確認すれば良いだけなので、はじめのうちは訓練を受けていても難しさはさほど感じません。
今回の訓練で本当に大変だったのは、後半の「宇宙船キャプチャー」の訓練でした。
カナダ宇宙庁のロゴの描かれた壁を挟んで、同時に2人の宇宙飛行士 が、教官とマンツーマンの訓練を受けます。右側は、訓練パートナーの英国出身のティム・ピーク飛行士。
訓練の状況設定では、キャプチャー・ポイントに到着した宇宙船は、ある特定の区域の中を、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、ランダムに動き回ります。これをロボットアームで追っかけて行って掴むというのが、なかなか難しいのです。
(注:実際のミッションでは、たとえば「こうのとり」などは、所定の位置にぴったりと張り付いて動かず、まるで固定された目標をつかみに行くようだと聞いておりますので、訓練とはちょっと違うみたいです)
何せロボットアーム自体が巨大で質量も大きいので、急にハンドコントローラーを動かすと、アームの先端が大きく揺れてコントロールがつかなくなってしまいます。
ロボットアームがつかむためのピンに対して、上下±10センチ、角度は±10~15°の範囲でアームの先端を持っていかないといけないので、ソロリソロリと、微妙な力加減でハンドコントローラーを操作しながら、忍耐強く、宇宙船を追いかけなくてはいけません。
しかも、宇宙船から1.5メートルの位置からは90秒のタイマーが動き出し、限られた時間内で作業を完了しなくてはならないというプレッシャーまであります!
作業がうまく行かないと思ったら、いったんアームを引いて仕切り直しをすることもありますし、引き返せないところまで近づいていたら無理矢理でも(なるべく安全に)宇宙船をつかまえないといけない場合もあります。
作業の途中で何か故障が起こったら(現実には可能性は低くても、訓練では当然、嫌な場面で、いろいろな故障が発生します)、その場でとっさに判断を下して、作業の継続か中断を決めないといけません。
繊細な作業に集中していても、急に発生した異常事態に対し、とっさの判断で対応する能力が問われます。
わたしの勝手な思い込みかもしれませんが、パイロットや、スポーツ選手は、こういうとっさの判断力に優れているような気がします。
一方で自分は、こういう秒単位での瞬間の判断というのは極めて苦手で、ロボットアームの操縦には向いていないのではないかとさえ思います。
訓練の最初から立て続けにキャプチャーを失敗して、教官も「こりゃ大変な生徒が来たぞ・・・」と顔色が変わっていました(苦笑)。それでも、2日目、3日目と何度も繰り返し練習するうちに、だんだんと「クリーン・キャプチャー」(縦横・角度がいずれもバッチリ範囲内に収まる成功)が出るようになり、最終試験も何とかパスして「ロボティックアーム・オペレーター」の資格を取得することができました!
失敗をするたびに、「いいか、これは決して簡単な操作じゃない。基本に忠実に、ハンドコントローラーは最小限の力で動かせ。忍耐力を継続しろ。時間は十分にある」と繰り返し助言をしてくれた教官の先生方には、感謝してもしきれません。
自分自身が優れたロボットアーム専門の管制官である教官が、「これは難しい操作だから」と何度も繰り返していたのには、失敗して落ち込むたびに、励まされたものでした。
「自分は才能やセンスがないから」と逃げ腰になりがちの自分でしたが、「パイロット出身だからといって、最初から上手くできるわけでもなく、その人が一生懸命頑張って練習しているから上手くできるのだ」と、考えを改めさせられもしました。
ひるがえって、宇宙飛行士の訓練全般について考えてみると、先輩宇宙飛行士が難しい作業や仕事を、何でもないことのように簡単にこなしているのを見て、「あの人は才能があるから」「自分は才能がないから」と、自分で勝手に理由づけをして納得してしまっていたように思います。
でももしかしたら、その先輩飛行士が新人の頃には、自分と同じように悩み、失敗をしていて、それでも長年練習や勉強を重ねて、今の技量を身につけるようになったのかもしれない・・・とも、考えられるようになりました。(もちろん多くの先輩飛行士は才能あふれる素晴らしい方ばかりなので、最初から何でもできた・・・という可能性は十分高いと思われます)
日々の訓練で「あれもできない」「これもできない」と悩むことが多いのですが、カナダから帰ってからは、「難しいことばかりなんだからできなくて当たり前。だから今頑張ってるんだ」と、少しだけですが、開き直ることができたような気がします。
単にロボットアーム技術だけでなく、宇宙飛行士としてのあるべき姿(=努力を続ける姿勢、これは何も宇宙飛行士に限らないのかもしれませんが)を教えてくださったカナダの教官たちは、本当に素晴らしい先生たちでした。
ヒューストンに戻る際には、「君が宇宙で活躍するのを楽しみにしているから」と声をかけてもらえました。
将来ミッションに任命を受けたあかつきには、このロボットアームの教官たちが、今度は管制官として一緒に働く同僚となることを考えると、とても心強く、頑張ろうという気持ちになります。
2週間の訓練を担当してくださった教官たち。自分が受けている訓練の影に、いかに多くのサポートがあるかを実感します。皆さん、普段は、管制官や エンジニアとして宇宙ステーションのミッションをサポートしているそうです。
※写真の出典:the Canadian Space Agency