みなさん、こんにちは。宇宙飛行士の金井宣茂です。
先日、アメリカの将来の宇宙開発を担う新しい宇宙飛行士8人が選ばれたというニュースがありました。
油井飛行士、大西飛行士とわたしが選ばれた2009年(実際の募集・選抜期間は2008年)は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ、カナダ、そして日本が同時に自国の宇宙飛行士の選抜を行ったビッグイヤーでしたが、今年はアメリカ(NASA)のみの宇宙飛行士選抜です。
有人宇宙開発については、巨額の経費がかかっていることや、それに見合う成果がはたして得られているのか?という疑問など、世界的に見ても、厳しい意見が多いように感じるのですが、あえてこの時期に将来の宇宙飛行士を選抜したのは、「アメリカは、今後も世界の有人宇宙活動をリードしていく立場にあるんだ」というメッセージのようにも感じられます。
実際、いくつもの民間の会社が独自に有人宇宙船を開発していたり、政府組織であるNASAもアステロイド(小惑星)を月の引力圏まで引っ張ってきて、そこに宇宙飛行士を派遣して探査をするという壮大な計画を検討していたりと、ヒューストンで働いていると、アメリカという国家全体としての有人宇宙開発に対する意気込みのようなものを強く感じます。
一方、現場の宇宙飛行士室では、同期(アメリカ人)の面々から「やった~これで一番下っ端じゃなくなる。いろいろな雑用をしなくて済む~!」という喜びの声も上がっています。
将来の有人計画も注目していくべき大切な話題ではありますが、誰がオフィスのコーヒー豆を買ってくるかとか、その代金をどうやってみんなから徴収するかとか、そういった一見ささいことも(宇宙開発には限らないでしょうが)現場の士気という観点ではとても重要だったりします。
もっとも、宇宙飛行士の先輩も同期も、びっくりするほど協調精神があって、「じゃあ、自分がオフィスのコーヒーを買ってきます」とか「お金は自分が集めます」とか、面倒に感じるような雑用でも、ほとんどの人が、自分から進んでみんなのために働こうとします。
これは実際のミッションのサポート業務であっても一緒で、たとえば宇宙ステーションの重要な部品が壊れて急きょ船外活動で修理しないといけない・・・なんて緊急事態が起こると、「俺が前回宇宙滞在してたときに、同じ部品の修理をやったことがあるから、徹夜して手順書を作るわ!」「じゃあ、わたしはあなたが出るはずだった会議に代わりに参加するね」「自分はプールで船外活動の訓練の予定があるので、出来上がった手順を検証してきます」などと、みんなで一斉に問題解決に動き出します。
直接関係してない人からも、「今は特別な案件は抱えていないから、手伝えることがあったら何でも言ってくれ!」なんてメールが飛びかいます。
「狭い宇宙ステーションでずっと一緒にいて喧嘩などしないんですか?」などと質問されることがありますが、こんな風に、自分のことより先に周りの人のことを気遣うような先輩や同期と一緒だと、とても申し訳なくて喧嘩などできません。
ところで、このコラムのご意見・ご感想で、「自分も宇宙飛行士を目指しています!」というコメントを何通もいただいており、とても心強く感じています。
「宇宙飛行士になるにはどうしたらいいんですか?」というのもよく受ける質問なのですが、自分のことだけでなく「どうしたら周りの人の手助けができるか?」、「どうしたらグループとしての目標を達成しやすくなるのか?」、ということを普段から考えるようにしてみるのも良いのではないかと、個人的には思います。
そのためのメンタルトレーニング・・・というわけではありませんが、宇宙飛行士同士のチームワークを養成するために、普段の職場を離れた場所で、さまざまなリーダーシップ訓練を行っています。
油井飛行士や大西飛行士が参加した、フロリダ沖海底にある「アクエリアス」水中施設でのNEEMO(ニーモ)訓練や、野口飛行士やわたしも参加したイタリア・サルディニア島での洞窟探査・CAVES(ケーブズ)訓練、アメリカ各地で実施される野外リーダーシップ訓練であるNOLS(ノルス)訓練などがそれです。
一緒に洞窟探査を行った仲間たち。右上より、トーマ(仏)、ランディ(米)、ティム(英)。左上より、自分、セルゲイ(露)。彼らとならば、火星まで数年がかりのミッションに行ってもうまくやって行ける気がします
“宇宙”飛行士なのに、荒野や、洞窟や、水の中など、野外の自然環境の中で過ごすような訓練が多いのはちょっと不思議な気もしますが、宇宙空間も、言ってみれば究極・極限の過酷な自然環境ととらえれば、野外での不自由さに耐え、自然や事故・ケガなどのリスクと向き合い、仲間とともに困難を乗り越えて行くという体験は、実際の宇宙ミッションに直結する訓練なのかもしれません。(実際に宇宙に行ったことのない自分が言うのも何ですが)
わたし自身は、将来のミッションへの任命を待つ身ですが、「こいつになら任務を任せられる」とチームメート(宇宙飛行士だけでなく、地上の管制官や、運用を担当する技術者やマネージャーを含め)から信頼を受けられるように、日々の訓練や業務を頑張るのが、宇宙飛行士修行と考えています。
※写真の出典はJAXA/ESA/V.Crobu