みなさん、こんにちは。JAXA宇宙飛行士の金井宣茂です。新年度が始まりましたが、いかがお過ごしでしょうか?
学生さんならば、新しい学校での、あるいは新しい学年としての生活が始まりますし、社会人ならば、新しい部署に異動したり、逆に新しく人を迎え入れたりしたかもしれません。毎年のことではあるのですが、春という季節は、新しいことを始める気持ちがみなぎるような気がします。
わたしたち3人の新人宇宙飛行士が、約1年がかりの宇宙飛行士選抜試験を受けたのが、2008年。選抜結果が出たのが、2009年の3月末でしたので、それからもう4年が経ったことになります。もう「新人」というほどのフレッシュさはなくなってしまったかもしれませんね。
さて、その後、宇宙飛行士候補者として訓練を受けることになって、苦労はいろいろありましたが、そのひとつは、“語学の壁”であったと思います。
もしかしたら皆さんの中にも、「英語がしゃべれたら良いのに・・・」とか「今度、海外出張があるけれど、語学が苦手だから憂うつ」という方がいらっしゃるかもしれません。何を隠そう、私自身が、JAXAに入社する前は、まさしくそんなことを考えて毎日の生活を送っていました。
JAXAに入る前は、海上自衛隊で勤務をしており、日々の仕事で英語を使うことは皆無でした。
ただ、ときおり米海軍や他国の海軍と合同演習があったり、在日米軍の関係者と交流したり、あるいは近年は自衛隊の海外での活動も行われるようになってきたこともあり、ありがたいことに、職場として英語学習を奨励する環境にはありました。
希望者のみですが、年1回、TOEICの試験を受けることができましたので、個人的に参考書を読んだり、リスニング教材を勉強したりしていました。
勉強をすることで、毎回テストの点数が上がっていくのは楽しいものです。また、文法の問題には、クイズやパズルを解くような面白さを感じておりました。
よくあるプロフィールの質問で「趣味は?」という質問項目があったら、「英語学習」と答えていたかもしれません。「“英会話”はあくまでコミュニケーションの“手段”に過ぎず、“趣味”などと言えるものではない」と、厳密なことをおっしゃる人もいるかもしれませんが、当時の自分にとっては、クロスワードパズルや将棋を趣味にするような感覚で、英語の勉強を楽しんでいたというのが正直なところでした。
「日本の英語学習は、文法ばかりが中心で、英語コミュニケーションに役立たない」という意見がありますが、わたしの英語勉強も、まさにその「コミュニケーションに役立たない、日本式英語学習」の典型であったと思います。
今になって思い返してみると、そもそも、勉強することそのものが目的になってしまっており、外国人とコミュニケーションを取ろうということを、目的として明確に意識さえしていなかったように思います。しかし、結論を先に言ってしまうと、そんな「役に立たない日本式英語学習」でも、今から思い返してみると、割と役立ったなぁと感じています。
米国ヒューストンに渡って宇宙飛行士の訓練(語学だけではなく、宇宙ステーションのシステムや、航空機訓練など)が始まると、説明はすべて英語で行われました。言われることがチンプンカンプンで、「英語が全然分かってないヤツが来たぞ」とずいぶん心配されたものでした。
でも、言われて分からないのは、宇宙工学や航空業界の専門用語、宇宙ステーションに関連する略語、そしてインストラクターやクラスメートがしゃべるネイティブのくだけた言い回し(とジョーク)なのです。
講義や会議などで、意思の疎通には支障のない語彙と文法知識は、日本で勉強している段階ですべてマスターしていたと、今でははっきり言うことができます。
逆に、現在でも、事前の知識のない特別な装置やシステムに関する話し合いに参加しても、初めてアメリカに来たときと同じくらい話についていけませんし、ネイティブの人に、くだけた言い回しでしゃべられてもポカンとするばかりなのは変わりません。
4年間のアメリカでの生活で、耳が英語の音に慣れて一つ一つの単語を聞き取る力がついたこと、ネイティブ風のくだけた言い回しを幾つか覚えたことはあるものの、正直なところ、自分の英語の語学知識そのものはさほど深まったようには思いません。むしろ、JAXAに入る前のように文法テキストを真面目に勉強することもなくなり、知識という点では、やや退化したかもしれません。
「おまえの英語は本当に進歩したよ。すごいよ、尊敬するよ」
励ましなのか、そう言ってくれるクラスメートやインストラクターは多いのですが、苦笑いをしながら「サンキュー」とのみ答えています。
この場面だったら、こういう風に声を掛ける、こんな話題を振るという風に、会話のパターンにも文化的な差異がありますので、そういった異文化への理解という点では、現地で過ごしてきた4年という“時間”が効いているのかもしれません。純粋な意味での語学力というのとは、ちょっと違う気もしますが、現地の人の考え方を理解するというのも、コミュニケーションという点ではとても大切だと感じます。
さて、宇宙飛行士訓練の科目でも大切なものの一つに、ロシア語の勉強もあります。
語学の学習方法に関しては人それぞれのやり方はあろうかと思いますが、わたしの場合、ロシア語学習においても、まずは基本的な文法事項から固めていくという日本風のアプローチが非常に肌に合っているような気がします。
アメリカ人やカナダ人のクラスメートや先輩飛行士は、「文法なんかどうでもいいから、とにかく言葉をたくさん覚えて、それを並べれば意思は通じるんだ」と、ロシア人相手に果敢にコミュニケーションを取りに行きます。尊敬すべき積極性ですし、実際にそれで、言葉の通じないロシアの宇宙飛行士やインストラクターと仲良くなっていますから、少し見習ったほうが良いのかもしれません。
でも、自分の場合、(英語を話すときもそういう傾向があるのですが)文法や構文に反したり、自分で自信のない内容を口にすることに、どうにも抵抗感を感じるのです。
ロシアの『星の街』に、ソユーズ宇宙船と宇宙ステーションの訓練に出かけた際も、勉強を始めたばかりのロシア語はほとんど封印して、ロシア語-英語の通訳を介して授業を受けたものでした。これを、「消極的である」と批判的にとられることもありましたが、自分の性分ですからしかたありません。
ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターには、語学ラボがあって、専門の先生たちが、NASA職員や宇宙飛行士に対して語学レッスンを提供してくれます(写真)。
いつもお世話になっている語学ラボの先生(ジェーン先生(英語)、ピーター先生(ロシア語))とスケジューラーのナターシャ(中央)さん。ほかにもたくさんの先生がいますが、みんなとてもフレンドリーで、親身に勉強を教えてもらってます。
ロシア語を教えてくれる先生の指導法も、大きく2パターンあり、細かな文法事項は放っておいて、とにかく日常会話や技術書などのテキストの読み下しを重視する先生と、教科書に沿って単純な構文で基礎文法事項から始める先生とがいます。
いろいろと先生が変わるので苦労することもありましたが、わたしの好みに合っていたのは断然、後者のパターン。
「このときはこの構文を使い、このときは別のルールを適用する」と、一つ一つ納得していくことで、自信を持ってロシア語会話に臨むことができる気がします。最初は、型にはまった単純なことしかしゃべれませんが、最終的には応用が効いて、正確な会話ができるようになる近道なのではと考えています。
考えてみると、今、自分が行っているロシア語の勉強は、日本の中学・高校時代に英語を習ったときの過程そのものな気がしてきます。
日本式の英語学習方法のように、日常会話に直結するような実践的なアプローチではないかもしれませんが、逆に将来的に応用が効く、しっかりとした文法知識という点では、英語を母国語としない他国の学習者に比べて優れているような気がします。
わたしの性格的な問題なのかもしれませんが、同じ内容をしゃべっていても、文法的に正しく話しているという自信があるか・ないかだけで、相手からの理解も格段に違うような気もします。
最近、ロシア語文法に関する知識が少しずつ増えていくのが実感としてありますので、かつてTOEICで高い得点がとれるように英語勉強をしていたときのような、楽しささえ感じます。
他国の言語を学ぶことで、その土地の文化や考え方を知ることが楽しい・・・などと高尚なことを言うと格好良いのですが、テストで良い点を取ることを目指したり、クイズ的な知識を蓄えることだって十分に楽しいことだと思います。
英語とロシア語の2ヶ国語を学んでいて強く感じるのは、どんな形であっても“楽しい!”という気持ちがないと、勉強がまったく進まないということです。
さまざまな国々の協力プロジェクトである国際宇宙ステーション計画に携わっていると、色々な局面で、国ごとの特徴(お国柄)が見えることがありますが、語学学習に対するアプローチも、もしかしたらそういうお国柄があるのかもしれません(個人の性格による影響も大きいように思えますが)。
日本風の英語学習というと、あまりポジティブな評価がないような気がしますが、そうはいっても日本人には誰しも馴染みの深い方法ですし、個人的な経験では、いざ海外赴任となって、実際に役立ってくれてたなぁという気がします。
この新学期、みなさんも新しい挑戦として、英語や他の外国語習得にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
“楽しい”と思い続けられたら、語学学習の成功は約束されたようなものですよ(きっと)。
※写真の出典はJAXA/NASA