みなさま、こんにちは。大雪が降ったり、インフルエンザが流行っていたりしていますが、いかがお過ごしでしょうか?
1月は、大西宇宙飛行士と一緒に、筑波宇宙センターで日本実験棟「きぼう」の運用訓練を受けるために、2週間ほど日本に戻ったのですが、あまりに寒くてびっくりしました。いつも生活しているヒューストンでも時々寒い日はあるのですが、そうは言ってもメキシコ湾に面した温暖な地域です。2009年からこちらで生活を送るようになり、体の感覚もすっかりヒューストン仕様になってしまったようです。
さて、わたしの「きぼう」訓練も、昨年夏に続いて2回目となります。前回は、“ユーザー”資格と、その先の“オペレーター”資格を取得しましたが、今回はさらにその上の“スペシャリスト”資格を得るのが目的です。
以前のスペースシャトルの時代には、宇宙飛行士は、船長/パイロット/ミッションスペシャリスト/ペイロードスペシャリストという職種に区分されていました。船長やパイロットはスペースシャトルの操縦や安全な運航を担当し、ミッションスペシャリストはロボットアームの操作や船外活動などミッションを実施する専門家、ペイロードスペシャリストは宇宙での科学実験を行う担当とされていました。
一方、宇宙ステーションの時代になると、全クルーの安全をあずかりチームを指揮する船長を除くと、それ以外の宇宙飛行士は、全員“フライトエンジニア”と呼ばれています。宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士は、全員がロボットアームを操作したり、宇宙服を着て宇宙空間に出て作業をする技能を持っていますし、ステーションで行われているさまざまな宇宙実験についての勉強も重ね、地上にいる主任研究者の先生方と交信しながら科学実験も行います。
こうやって書くと、今の時代の宇宙飛行士は、シャトル時代のミッションスペシャリストとペイロードスペシャリストの両方の技能を兼ね備えたスーパー宇宙飛行士のように思えてしまいますね。でも、一人の宇宙飛行士が、複雑な宇宙ステーションのシステムをすべて理解し、かつすべての科学実験に関しても勉強するというのでは、どんなに訓練時間があっても足りませんので、チームメンバーの中で専門分野を決めて役割を割り振っています。
A飛行士は、環境制御システムと電力供給システムの専門家、B飛行士は、熱排気システムと通信システム、制御コンピュータシステムの担当。C飛行士には、日本実験棟とヨーロッパ実験棟を任せる。自分たちの長期滞在期間中に予定される実験も各人で分担し、この実験はA飛行士、あの実験はB飛行士とC飛行士の二人で実施・・・などと計画に従って訓練・準備を行い、実際の宇宙飛行に臨みます。1人だけではミッションをこなすことができず、常にチームとして活動しなくてはいけないのも、このようにチームメンバーの一人ひとりが、それぞれ別々に専門をもって責任を分担しているのが理由です。
実は、わたしが資格を取得した“ユーザー”、“オペレーター”、“スペシャリスト”という分類は、まさにこの宇宙ステーション時代の宇宙飛行士の専門性を定義するものなのです。
たとえば、宇宙ステーションのロシアが提供する区画は、「ロシア・セグメント」と言いますが、わたしが昨年ロシアで訓練を受けて取得したのは“ユーザー”資格。ロシア・セグメントに立ち入って生活することは可能ですが、内部に設置されている様々な機器を操作することはできません。
一方、米国ヒューストンで2年間の宇宙飛行士基礎訓練を経て、アメリカが提供する区画「USセグメント」では“オペレーター”の資格が認められています。このため、「USセグメント」に設置されている様々な機器(環境制御システム、熱排気システム、姿勢制御システム、あるいはステーションをコントロールするコンピュータシステムなどと、いくつかのシステムに分類されます)を、“故障や異常がない定常状態において”操作を行う知識と技能があります。
実際に長期滞在ミッションを行うに際しては、これだけでは不十分で、万一機器の故障があった場合には、それを修正したり修理したりする技能がさらに必要になってきます。このための訓練を積んでいるのが“スペシャリスト”です。
繰り返しになってしまいますが、たった一人の宇宙飛行士が、宇宙ステーションすべてのシステムに精通するのは大変な時間がかかりますので、スペシャリストの訓練は、一緒にミッションを行うチームメンバー内で分担をして、システムごとに各人が専門分野を決めて担当するのです。
昨年、長期滞在ミッションが決定した油井宇宙飛行士も、候補者訓練を経て「USセグメント」に関しては、全システムについて“オペレーター”水準の技術と知識を習得していますが、これに加えていくつかのシステムの“スペシャリスト”レベルの専門訓練を受講しなくてはいけません。
ミッションが決定して、実際の宇宙飛行まで2年半の訓練期間があります。ずいぶん悠長だなぁと感じる方も多いのではないでしょうか?でも、自分が担当を任されたシステムの専門家としての知識や技能を身につけ、さらに自分のミッション中に計画されている科学実験についての勉強を重ね、宇宙ステーションへの行き帰りに利用するロシアのソユーズ宇宙船の操縦法を学び・・・と万全の準備を整えるために、ミッションの決まった宇宙飛行士は分刻みのスケジュールで訓練や勉強に追われる毎日を送っているのです。
さて、日本人宇宙飛行士として、絶対にはずせない専門分野があります。すなわち「日本実験棟きぼうのスペシャリスト」です。日本人宇宙飛行士が宇宙ステーションに滞在していないときは、アメリカやヨーロッパ、カナダの宇宙飛行士が「きぼう・スペシャリスト」として仕事をしてくれますが、日本人宇宙飛行士は、同じ“スペシャリスト”資格者といっても、さらに詳しい知識がなくてはいけません。いわば、「きぼう・スーパー・スペシャリスト」です。
“スペシャリスト”は、自分の担当分野で不具合や故障があった場合に、船長に対してミッション全体に与える影響を説明したり、船長に代わって地上の管制センターとやりとりをする可能性もあります。日本実験棟きぼうは、船外曝露部や独自のロボットアーム、エアロックを備えており、宇宙ステーションの中でも一番複雑なシステムなのですが、それゆえに、「きぼう」のことを、しっかり理解している日本人クルーが宇宙ステーションに滞在しているというのがとても大切なことになるのです。
さて、ここでようやく冒頭の「日本に訓練に行ってきました!」というところにつながるのですが、宇宙飛行士の職種分類を説明しているうちに、今月もまた、与えられた紙面をオーバーしてしまいました。
以前の記事にも書かせていただきましたが、筑波宇宙センターにいる凄腕の訓練担当インストラクターは、いつもニコニコ優しいのですが、やらせるところはやらせる、締めるところは締めるという感じで、新人の自分たちは頭が上がりません。
ヒューストンで一緒に仕事をしているアメリカ人ベテラン飛行士に「今度、日本に訓練に行くんです」と話したら、「自分がミッションに行ったときにすごいお世話になったから、よろしく言っておいて」と何人もの人にも言われたので、訓練教官というのは、ベテラン飛行士にとっても頭の上がらない存在なのかもしれません。
宇宙開発に限ったことではありませんが、予算の緊縮により、訓練を提供する現場でも、さまざまな難しいものがあるようです。しかし、それを補って余りある、日本の訓練担当インストラクターの創意と工夫、熱意と努力の一端をご紹介できればと思っているのですが、それは次の機会ということとさせてください。
次回の予告・・・ではありませんが、訓練中の一コマを紹介します。ベテランインストラクターの叶さんと天内さん。手作り(!)の模型を使って、手順を説明してくれているところです。
インストラクターの天内さん
インストラクターの叶さん
※写真の出典はJAXA