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JAXA宇宙飛行士活動レポート

JAXA宇宙飛行士活動レポートに連載している油井・大西・金井宇宙飛行士が綴るコラム記事“新米宇宙飛行士最前線!”のバックナンバーです。
最終更新日:2013年1月25日

みなさま、こんにちは。JAXA宇宙飛行士の金井宣茂です。このお正月は、いかがお過ごしだったでしょうか?

宇宙飛行士も、年末年始はしっかりお休みをいただきます。むしろ、飛行機操縦訓練や船外活動訓練など、危険をともなう作業を行うことも多いので、しっかりと休みを取って、体調や気力を整えておくというのも大切な心得です。

このお休み中に、1日時間を取って、救急救命処置の講習会に参加してきました。

わたしは元々自衛隊の医者として勤めていました。でも、宇宙飛行士の候補者として選抜されて以来、実際に患者さんを診察したり治療をすることはなくなってしまいましたので、このような講習会で、実技を練習したり、最新の医学知識を勉強するのは非常に貴重な機会です。

宇宙ステーションには常時6人の宇宙飛行士が滞在しています。しかし、常に医師出身の宇宙飛行士がメンバーに入っているというわけではありませんので、元々の職業に関わらず全員が、宇宙飛行の前には、救急救命処置の訓練も受けなくてはいけません。

効果的な心臓マッサージのやり方、マスクを使った人工呼吸の方法、AED(自動式除細動器)の使い方など、その内容は、一般の救急救命講習とほぼ同じ内容です・・・無重力の影響を除けば、ですが。

仮に仲間の一人が心肺停止となったとして、すぐに心臓マッサージに取りかからないといけない状況を想像してみてください。人の命を助けるための“しっかりした”心臓マッサージを行うには、かなり強い力で患者さんの胸を圧迫しないといけません。しかし、無重力の環境でそれをやろうとすると、相手を押した分、反作用で自分がすっ飛んで行ってしまいます。

このため、宇宙ステーションの中で救急救命処置を行わないといけない場合は、まず、床に固定された台の上に患者さんを、文字通り“くくりつけて”固定します。

その一方で、救助者自身も、手すりや、補助ベルトを使って体をしっかり固定しながら、心臓マッサージを行わなくてはいけません(写真1)。または、無重力を利用して、天井に足をつけて逆さまの態勢となり、床に向かって手を伸ばして心臓マッサージを行う方法もあります(写真2)。

写真1

写真1

写真2

写真2

わたしは医学が専門ですので、救急救命処置に限らず、宇宙ステーションでの医療行為に興味があるのですが、これも無重力という環境を考えると、なかなか難しい問題もあるようです。

例えば、病院で良く見かける点滴です。ビニール製の袋に入っている薬液が、“重力の力で”、ポタポタとゆっくり患者さんの体内に入って行くのを、ドラマでも目にしたことがあろうかと思います。しかし無重力環境では、“勝手に”薬液が“落ちていく”ことはありません。このため、ポンプなど、薬を持続的に送り込むための人工的な機材が必要になります。

別の例として、手術の現場を想像してみてください。滅菌された手術着を着た医師が、滅菌手袋をはめて、手を腰より高く上げたまま、「・・・メス」と言う、あのシーンです。手術を行う部分は消毒して、それ以外の患者さんの体は滅菌されたシートをかぶせて、すべて覆います。手術中に体の中にバイ菌が入りこむと大変なことになりますから、手術に使う器具も全部消毒・殺菌されたものを使用しますし、手を腰から下げないというのも、間違って殺菌されていない部分を触ったりしないようにという理由があります。

無重力環境で手術を行うことを検討してみると、このバイ菌のない完ぺきにクリーンな場を作り出すのが、非常に難しいと思われます。患者さんに関しては、(もちろん麻酔をかけた後に)心臓マッサージの場合と同じように台にくくりつけて固定するとしても、手術をするドクターは、どうにかして体を固定して安定な態勢を作り出さなくてはいけません。

でも、ドクター自身は、滅菌された手術着を身につけて、両手もやはり滅菌手袋をはめた状態です。何かの拍子にバランスを崩して、消毒していない壁に、ちょっとでも手や体の一部をつけたら、即アウト。バイ菌が混入して手術は失敗です。そもそも、メスやピンセットなど、手術に使う(でも常に手で持っているわけではない)器具が、どこへ飛んで行ってしまうかもわかりません。

グロテスクな話で恐縮ですが、手術の際に“出血”はつきものですが、体から出た血液が、フワフワと宇宙ステーションのどこかに飛んで行ってしまったら、致命的な機械の故障につながるかもしれません。

このように現状では宇宙で病院を開業するには困難が大きいのですが、何とかうまい具合に工夫できないかと、世界中の研究者が色々なアイデアを出し合って、宇宙ステーションで実際に試せるような(本当に人体にメスを入れるわけではありませんが)システムが検討されています。

一見難しそうに思える重力の問題も、思いもかけない発想の転換で簡単に解決したり、逆に地上ではできないメリットになったりする可能性もたくさんあり、ワクワクするような、有人宇宙開発の現場でもとっておきの研究分野です。

医学に限ったことではありませんが、固定観念に縛られない柔軟な発想を持っていたり、難しい問題を、他人が考えつかない方法で解くのを楽しいと感じるような人が、宇宙を舞台にした研究や開発には向いていると思います。

さて、話は最初に戻りますが、宇宙飛行士の日ごろの訓練では、飛行機操縦や、船外活動(EVA)、ときには野外活動訓練など、危険を伴う活動があることをお話しました。

そんなときに、宇宙ステーションのミッションに向けて救急救命訓練を受けた宇宙飛行士が一緒だと、何か不慮の事故が自分に起こった場合でも、仲間が何とか助けてくれるのではないかという安心感があります。

あまりそんな現場に出くわしたくないですが、オフィスや、家庭でも、いつ何どき、救命処置の知識や技術が必要になるかもしれません。最近は、AEDもいたるところで設置されるようになりましたが、自信を持って使用できる人はどのくらいおられるでしょうか?

専門家向けの講習会だけでなく、一般向けの講習会の機会も数多くありますから、みなさんも宇宙飛行士訓練のつもりで、一回くらい、いかがでしょうか?

※写真の出典はJAXA/NASA



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