みなさん、こんにちは!旅行鞄を片手に、旅から旅の訓練生活を続ける、新米宇宙飛行士の金井宣茂(かないのりしげ)です。
7月の訓練は、欧州宇宙機関(ESA)で行われました。常夏のヒューストンから大西洋をひとっ飛びに、まだ夏が始まる前のさわやかさが残るドイツのケルンに入りました。大聖堂で有名な街の中心街から20分ほど南に車を走らせた郊外、ドイツ航空宇宙センターの敷地内に、ヨーロッパ宇宙飛行士訓練センターがあります。その名のごとく、欧州宇宙機関に所属するヨーロッパ各国の宇宙飛行士が訓練の拠点として活動しており、アメリカ・ロシア・日本など、世界各国から宇宙飛行士を受け入れて訓練を行う施設です。
日本が、国際宇宙ステーションの一部として、日本実験棟「きぼう」を運用しているのと同じように、ヨーロッパも独自の実験棟「コロンバス」を24時間体制で運用しています。今月は、このコロンバス実験棟で、宇宙飛行士として仕事をするための訓練を行いました。
電力や空気などの資源(リソース)はアメリカが管理をする部分から供給を受けなくてはなりませんが、「コロンバス」内部で独自に、電力を配分したり、空気を循環させたり、人間が生活するのに最適の室温や湿度を保ったり、宇宙での科学実験を行ったり、またそれらの活動をコントロールするコンピュータを備えていたりと、「コロンバス」そのものが小さな宇宙ステーションとしての機能を備えています。宇宙飛行士は、さまざまなシステムに不具合があった場合に備えて、何が問題なのかを判断し、ミュンヘンにある管制センターからの指示に従って、必要な処置を講じる必要があります。
来月分のネタを少しバラしてしまいますが、8月に予定されている日本実験棟「きぼう」に関する訓練では、日本独自のロボットアームや、物品を宇宙に出し入れするためのエアロックなど、少し(かなり?)複雑な独自システムを勉強しないといけないので、比較的シンプルな「コロンバス」のシステムで、しっかりと宇宙ステーションの基礎を勉強する機会を持てたのは、とても有意義でした。
さて、ヨーロッパ訓練センターの教官・スタッフは、欧州機関の各国から優秀なエンジニアが集まっています。日本から見れば一つのヨーロッパのように考えがちですが、各国それぞれが、独自の歴史、言語、文化を持っており、お互いにそれらを尊重し許容しつつ、一つの目的に向かって仕事をする現場の雰囲気は、“国際”宇宙ステーションを運用するのに、実に似つかわしいというのが正直な実感でした。
思い返してみると、JAXAで仕事をするようになって、自分の考えている「世界」というものが、日に日に大きく広がってきているように感じます。
宇宙飛行士になる前は、生活や仕事をする場として現実感を感じられる限界は、日本国内がせいぜい。外国といえば、テレビやハリウッド映画を通してアメリカが思い浮かぶくらいが精いっぱいでした。
宇宙飛行士候補者に選ばれて、ヒューストンで訓練を始めると、アメリカの宇宙飛行士と一緒に訓練を受ける機会に恵まれました。つたない英語で、毎日の業務を行っていると、なんだか世界を股にかけて仕事をしている気分になったものです。でも、今にして思えば、アメリカ=世界というような単純なイメージだったように感じます。
その後、宇宙飛行士の認定を受け、ロシア、ヨーロッパと世界のさまざまな場所を訪れるようになり、自分が思っていた以上に、世の中には、多様なモノの考え方・感じ方があるのだと肌で感じ、身を持って体験させていただいています。
JAXAは宇宙開発に関して、アジアの国々とさまざまな国際協力を行っていますが、アメリカとも、ロシアとも、ヨーロッパとも違う、アジアならではの宇宙開発に対する取り組みや、アイデアというものが、きっとあると考えています。
また、今はアメリカ・ロシア・日本・ヨーロッパ・カナダで協力して運用している宇宙ステーションですが、将来は、南米・中東・アフリカなどの国々も参加した、まったく新しい形の有人宇宙開発が始まるかもしれません。
アメリカとロシアという二つの大国の競争から始まった宇宙開発ですが、一つの国が巨大な予算をかけて最先端の技術を競い合う時代は過ぎ、各国がそれぞれの得意分野で貢献しながら、“人類”としての一つの大きな目標に向かって協力する体制が進んでいます。
政治や経済の利害関係もあり、世界の国々が協力して活動を行うというのは、ときに困難な場合もありますが、宇宙開発は、自分の主張することは主張し、相手のために譲るところは譲るという、「理想的な国際協力関係」を成功させている一つの例あるように思えます。
個人的な意見になってしまいますが、この成功の理由として、昔から「和をもって貴し」とする日本が、その中で大きな役割を果たしていることが挙げられるのではないかと考えています。
“日本人”宇宙飛行士として、宇宙ステーションでしっかりとした仕事をする上で、技術や知識を身につけるのはもちろんですが、各国の宇宙開発の現場に直接足を踏み入れ、さまざまな経験を積むことも、また大切ではないかと強く感じています。
※写真の出典は、JAXA/ESA-Evi Tabea Blink