連載二回目となります、新米宇宙飛行士の金井宣茂(かないのりしげ)です。
旅から旅へ、スーツケースを片手に世界各国を回って訓練をしている新米が、今月は、ロシアの星の街に行ってきました。
モスクワ近郊に位置する星の街の中には、ユーリ・ガガーリン宇宙飛行士訓練センターという訓練施設があり、ロシアの宇宙飛行士(コスモノート)はもちろんのこと、アメリカ・ヨーロッパ・カナダ・日本と、世界中から宇宙飛行士が集まって、日々訓練を受けています。
その名を冠したユーリ・ガガーリンによる人類初の宇宙飛行から51年。一見するとひなびた田舎の街なのですが、世界の有人宇宙開発の一端をリードしてきた訓練センターには、ソビエト連邦時代からの歴史を知る名物教官がそろっており、若い世代の宇宙飛行士に対して、変わらぬ情熱をもって授業や訓練を行ってくれています。
今回の訓練は、ソユーズ宇宙船のシステムについての勉強です。アメリカのスペースシャトル・プログラムが終わってしまいましたので、国際宇宙ステーションへの行き帰りは、現在のところ、ロシアの宇宙船しか手段がありません。ソユーズ訓練は、国際宇宙ステーションに搭乗する宇宙飛行士には、避けて通れない訓練となります。
また、スペースシャトルの訓練を受けたことのない若い宇宙飛行士にとっては、訓練とはいえ、「宇宙船を操縦する」貴重な経験となります。
宇宙を、もっと人類にとって身近な活動の場とすることを考えると、ロシアのソユーズ宇宙船だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの各国が、それぞれ独自の有人宇宙船を持つのが良いのではないか思うこともあります。実際、つい先日、アメリカの民間会社が宇宙ステーションへの宇宙船(人ではなく、貨物の運搬のみですが)のドッキングを成功させましたので、数年後には、ソユーズ宇宙船以外の有人宇宙船が宇宙ステーションを発着して、ますます多くの宇宙飛行士が行き来することになるかもしれません。
さて、そうは言っても、今はソユーズ宇宙船の勉強です。
ここ星の街での授業は、すべてロシア語で行われます。ロシア語の勉強を始めて、1年とちょっと。ようやく挨拶と自己紹介くらいはできるようになりましたが、まだまだ専門的な内容について授業を受けるには語学力が不十分なため、英語の通訳を介して訓練を受けています。
「ロシア語と英語と日本語と、3ヶ国語を頭の中でどうやって処理してるんだ?」と、アメリカの宇宙飛行士から、よくネタにされますが、専門用語ばかりの授業では、無理に日本語に翻訳するよりも、英語やロシア語のままのほうが理解がしやすかったりします。
すでに2年間に渡るアメリカでの宇宙ステーション訓練で、専門的な内容を、英語で理解する素地ができているから、そう感じるのかもしれません。
「各システムには冗長性が備わっており、電力供給システムの片系が遮断された際には、・・・」とか、「軌道力学に従い、毎秒○○m/sの主エンジン噴射を2回行うことにより・・・」などと、アメリカに渡った直後は、もともと医者をしていた自分には畑違いの勉強内容に、ずいぶん苦しめられたものした。
もうひとつ、星の街での生活で特に印象深いのは、宇宙に飛び立つ直前の“現役バリバリ”の宇宙飛行士たちと、生活をともにしながら訓練を受けることです。
ヒューストンで勤務しているときは、みんな自宅を構えていて、家族もおり、仕事や訓練の場でしか会うことがありません。一方、星の街では、一ヶ所の宿泊施設にみんなで滞在していて、家族とも離れて、勉強や訓練を行い、時には協力して自炊生活を送るので、まるで学生時代の合宿をしているように感じます。
7月から宇宙ステーションに長期滞在を始める星出彰彦飛行士は、クルーメイトのサニー・ウィリアムズ飛行士とともに、つい先日星の街入りをして、打ち上げ直前の最終訓練を開始しています。偶然なのですが、来年に飛行予定の若田光一飛行士も、同時期に星の街での訓練中で、今、星の街はとてもにぎやかです。
ロシアというと、日本人にはあまり馴染みがない国かもしれませんが、古くから東ヨーロッパなど、海外からの宇宙飛行士を受け入れてきた歴史があるせいなのか、外国人にも親切に丁寧に指導をしてくれるように感じています。
考えてみれば、日本人として初めて宇宙飛行を行ないミール宇宙ステーションに滞在した秋山豊寛さん以来、野口聡一飛行士、古川聡飛行士と、星の街で訓練を重ねて宇宙飛行を行う日本人飛行士もどんどん増えています。
世界の国々を大きな『宇宙家族』としてとらえると、ロシアとアメリカが、ずっと年かさのお兄さん・お姉さんというイメージでしょうか。
日本は、年の離れた弟(妹?)ですが、今年は毛利衛宇宙飛行士のスペースシャトル初飛行から20周年となり、もはやお兄ちゃんお姉ちゃんに助けてもらっているだけの子どもではなくなりました。
いつの日か、自分が宇宙飛行を行う際に、ソユーズ宇宙船に搭乗するかわかりませんが、星の街での貴重な経験を、何でも吸収してきたいと思います。
将来の日本の有人宇宙活動に役立てることはもちろんですが、新しく宇宙に挑戦しようとする国や組織に、あるいは国際社会全体としての宇宙開発に、兄弟に対するように、あるいは家族に対するように、貢献することができれば良いと考えています。
※写真の出典はJAXA/GCTC