JAXA宇宙飛行士活動レポート 2013年6月
最終更新日:2013年7月17日
JAXA宇宙飛行士の2013年6月の活動状況についてご紹介します。
若田宇宙飛行士、米国で長期滞在に向けた訓練を実施
国際宇宙ステーション(ISS)の第38次/第39次長期滞在クルーである若田宇宙飛行士は、NASAジョンソン宇宙センター(JSC)で、船外活動と医学研究に関わる訓練を中心に、ISS長期滞在に向けた訓練を行いました。
SSATAの中でEMUを着用する若田宇宙飛行士(出典:JAXA/NASA)
船外活動に関わる訓練では、ISSの「クエスト」(エアロック)と同様の機能を持つSSATA(Space Station Airlock Test Article)と呼ばれる真空チャンバを利用して、船外活動の準備作業手順を確認しました。この訓練では、実際にISSで使用されている船外活動ユニット(Extravehicular Mobility Unit: EMU)と同等の性能を持った宇宙服も使用しました。若田宇宙飛行士は、EMUの準備、船外活動で使用する工具の準備、減圧症を防ぐための手順を、本番と同様の流れで順に行った後、EMUを着用してSSATAの中を減圧し、船外に出る直前までの手順を実際に行いました。船外活動に関しては、準備手順の確認以外にも、船外機器のメンテナンス方法や船外活動で使用する工具の使い方について訓練を行いました。
医学研究に関連する訓練では、宇宙飛行士の酸素消費量や視力、認知能力、概日リズムに微小重力環境での長期滞在が及ぼす影響を調べる研究や、筋萎縮や骨量減少を効率よく抑えるための運動プログラムの開発を目指す実験、将来の有人惑星探査を見据えた探査機などの操縦技量に長期滞在が与える変化を評価する実験など、さまざまなテーマに関わる訓練を実施しました。訓練を通してそれぞれの研究テーマについての理解を深めるとともに、長期滞在前の医学データの記録も行いました。その他、滞在中に定期的に行う体重測定に使用する機器や、眼圧計の操作などについても確認しました。
これらの訓練のほかに、若田宇宙飛行士は、ISSで火災が発生したことを想定した訓練や、ISSのギャレー(調理設備)の使い方、ARISSスクールコンタクトの一環でアマチュア無線で地上と交信する方法など、ISS滞在中のさまざまな活動に関連する訓練を行いました。
油井宇宙飛行士、ロシアで長期滞在に向けた訓練を実施
国際宇宙ステーション(ISS)の第44次/第45次長期滞在クルーである油井宇宙飛行士は、
ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センター(Gagarin Cosmonaut Training Center: GCTC)で、ISS長期滞在に向けた訓練を実施しました。
訓練は、ソユーズ宇宙船のISSへのランデブ・ドッキング運用と、ソコル宇宙服を含むソユーズ宇宙船の生命維持システムに重点を置いて実施し、講義を受けて知識を深め、シミュレータを使用した訓練を通してシステムを扱う技術を習熟しました。
水上サバイバル訓練に参加する油井宇宙飛行士ら(出典:JAXA/GCTC)
6月18日から21日にかけては、モスクワ郊外のノギンスクにあるロシア非常事態省の施設で水上サバイバル訓練を実施しました。この訓練は、ソユーズ宇宙船が海などの水上に不時着したことを想定して行われるもので、救助隊が来るまでの間、生存するためのサバイバル技術を学びます。油井宇宙飛行士は、ロシアのオレッグ・コノネンコ宇宙飛行士とNASAのチェル・リングリン宇宙飛行士と一緒に訓練に臨み、水上に浮かべられたソユーズ宇宙船のモックアップ(実物大の訓練施設)を使用して、帰還モジュール内での防寒・防水服の着用方法、サバイバル装備の準備、帰還モジュールからの脱出手順や脱出後の水上での編隊の組み方などを実習を通して学びました。訓練は、帰還モジュールの浸水や火災などの二次的な緊急事態の発生も想定して行われ、それぞれの状況に応じた対応手順も学びました。
星出宇宙飛行士、NASA宇宙飛行士室での技術業務を再開
星出宇宙飛行士は、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在から帰還後の活動を終え、NASA宇宙飛行士室での技術業務を6月から再開し、CAPCOM(Capsule Communicator)とISS Integration Branchでの活動が始まりました。
NASA宇宙飛行士室に在籍する宇宙飛行士は、宇宙飛行士としての訓練と並行して、宇宙飛行士活動に関連する業務に従事することになっています。
星出宇宙飛行士は、以前にもCAPCOM業務に従事していたことがあります。CAPCOMは、地上の飛行管制官を代表してISSに滞在するクルーと通信を行うことが任務です。6月はISSで異常が発生したことを想定したシミュレーションにCAPCOMとして参加しました。
ISS Integration Branchでは、ISSに滞在するクルーが作業をする際に参照する手順書の書き方や作業指示ツールの改善などを他の部署と調整するグループを取りまとめています。
野口宇宙飛行士、スマートフォン用アプリケーション「kibo360°」完成記念イベントへ出演
野口宇宙飛行士は、6月14日、銀座のApple Storeにて、スマートフォン用アプリケーション「kibo360°」のリリースを記念した披露イベント『Meet the Astronaut 野口聡一「見上げる宇宙から感じる宇宙へ」』に出演しました。
「kibo360°」は、「きぼう」日本実験棟の船内をスマートフォンで360°詳細に見回すことができる機能を搭載し、実際に「きぼう」にいるかのような体験ができるスマートフォン向けのアプリケーションです。
デモンストレーションを行う野口宇宙飛行士(出典:JAXA)
無重量の体験談を語る東儀氏(出典:JAXA)
イベントのはじめに、「きぼう」での滞在経験を持つ野口宇宙飛行士自らが、自身の滞在経験の話を織り交ぜながら、アプリケーションのデモンストレーションを行いました。
デモンストレーションの後には、雅楽師でありながらロシアでの宇宙飛行士訓練の経験を持つ東儀秀樹氏を迎えて、野口宇宙飛行士進行のもと、トークショーを行いました。東儀氏はトークショーの中で、世界の宇宙開発の最先端と聞いていたロシアの星の街を訪れた際に、昔から使用している訓練施設をほぼそのまま今でも使用していることに驚いたエピソードや、航空機による無重量の体験談などを熱心に語り、会場に集まった参加者はとても興味を持った様子で東儀氏の話に耳を傾けていました。この他にも、東儀氏が演奏する楽器と宇宙の接点など、さまざまな話題がトークショーの中で語られました。
トークショーの最後に、東儀氏にとって宇宙とはどの様な存在か野口宇宙飛行士が尋ねると、「宇宙は夢を与え続けてくれる場所」、「宇宙へ人類が行くこと自体に意味があると思う」と東儀氏は答え、野口宇宙飛行士は東儀氏の言葉を受けて自身の長期滞在を思い返し、「きぼう」の窓から外を見ると、そこに自分が生まれた地球が見えることが何事にも代えがたい経験であったことを述べ、トークショーを締めました。
古川宇宙飛行士、多久市第3回宇宙学校で講演を実施
6月27日、古川宇宙飛行士は、佐賀県多久市の多久市立小中一貫校の開校を記念した行事「多久市第3回宇宙学校」に招かれ、講演を行いました。
講演では、宇宙飛行士を目指したきっかけや、毎日の訓練の様子、国際宇宙ステーション(ISS)での任務、ISSから見た地球の様子などを紹介しました。講演を聞いていた子供たちは、古川宇宙飛行士の話のひとつひとつをとても熱心に聞いている様子でした。講演の最後に、古川宇宙飛行士は子供たちへ激励のメッセージを送りました。
大西宇宙飛行士、ISTSで講演会を実施
大西宇宙飛行士は、愛知県名古屋市で開催された「第29回宇宙技術および科学の国際シンポジウム(ISTS)」に参加し、6月2日、名古屋大学の豊田講堂にて講演会を行いました。
ISTSは、国内外の宇宙に関連する分野の専門家が集まり、研究発表や討論を通じて、宇宙開発の活性化や、人材育成を目的としています。航空宇宙分野においては国内で開かれる最大の学会です。研究発表や討論のほかに、展示イベントなどの催しや教育活動にも重点が置かれています。
講演を行う大西宇宙飛行士(出典:JAXA)
講演会は二部に分かれて実施され、第一部は小中学生を対象としたトークショーを行いました。トークショーは、会場に集まった学生らが、宇宙飛行士の仕事や訓練、どのようにすれば宇宙飛行士になれるのかなどといった質問を、大西宇宙飛行士に直接聞くことができる機会となりました。
第二部では、一般向けの講演とパネルディスカッションを行いました。講演では、国際宇宙ステーション(ISS)の概要や、日々積み重ねている訓練について紹介したほか、自身が宇宙飛行士を目指すきっかけとなったエピソードにも触れました。第二部の後半では、宇宙開発についてのパネルディスカッションに大西宇宙飛行士はパネラーのひとりとして参加し、有人宇宙開発の意義などについて議論を交わしました。
向井宇宙飛行士、女性宇宙飛行士飛行50周年記念討論会へ参加
6月12日から21日まで、オーストリアのウィーンにて、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)第56会期が開催されました。この会期中にウィーンの自然史博物館で開かれた討論会「50 Years of Women in Space」に、向井宇宙飛行士が参加しました。
この討論会は、ロシアのワレンチナ・テレシコワ宇宙飛行士が女性初の宇宙飛行を成し遂げてから50周年を迎えたことを記念して開かれたもので、討論会には、向井宇宙飛行士のほかに、ロシア、米国、カナダ、中国の女性宇宙飛行士が参加しました。
討論会では、宇宙での経験や宇宙飛行士の仕事について、それぞれの立場から語られました。向井宇宙飛行士は、現在の宇宙開発が国際協力の下で進められていることを手本に、地上においても人類は絆を強めてひとつになることが大切であることを討論会の中で訴えました。
油井・大西・金井宇宙飛行士による活動報告「新米宇宙飛行士最前線!」
※油井宇宙飛行士の「宙亀日記」は、今月は休載いたします。
6月のとある晴れの木曜日。ヒューストンのNASAジョンソン宇宙センターに、アメリカ中から往年の宇宙飛行士たちが集まっていました。
2年に1度行われるAstronaut Reunion(リユニオン)に参加するためです。リユニオンというのは、私たち日本人の感覚で言うところの同窓会のようなものです。退役した宇宙飛行士が医学検査も兼ね、かつて宇宙飛行に向けた訓練の日々を過ごしたヒューストンに帰ってくるのです。
プログラムは懇親会や各種ブリーフィング、施設見学などで、その時の一番新人の宇宙飛行士クラスがその事務局を担当するのが慣わしになっています。つまり、私のいる2009年クラスが今回の幹事だったというわけです。
今年のリユニオンに合わせ、もう1つのイベントがジョンソン宇宙センターで執り行われました。昨年8月に他界した、ニール・アームストロング飛行士の追悼式典です。
ニール・アームストロング飛行士は、あの人類初の月面着陸を成し遂げたアポロ11号のコマンダー(船長)で、「月面に初めて降り立った人間」として知られています。また彼がその時に発した、「これは1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という言葉も世界中で有名になりました。
アメリカの、いえ世界の宇宙開発史に不滅の栄光を刻んだアポロ11号。そのコマンダーの死を悼み、ジョンソン宇宙センターを挙げての式典が営まれたのです。
アポロ11号の他の2名のクルー、バズ・オルドリン飛行士とマイケル・コリンズ飛行士。アポロ17号コマンダーで、現時点で「月面に降り立った最後の人間」であるユージン・サーナン飛行士(現時点で、というのを強調しておきたいと思います!)を始め、多くの著名な宇宙飛行士が式典に参加しました。
バズとマイケルを始め、ニールのことを良く知る友人たちによるスピーチがありましたが、皆が口を揃えて話したのは、ニールがいかに優秀な宇宙飛行士であったかということと、そして彼の常に冷静で慌てることがなかったという人となりについてでした。
例えばマイケルなどは、NASAによる『マーキュリー7』に続く第2世代の宇宙飛行士の選抜試験で最終試験まで進んだ際、父親から「宇宙飛行士になれそうか?」と聞かれ、こう答えたそうです。
「自分がなれるかどうかはわからない。ただ1つ言えることは、ニール・アームストロングは選ばれるだろうということだ」
実際にニールはこの時選ばれた9人の宇宙飛行士『ニュー9』の1名になりました。マイケルは落選し、この次に行われた選抜試験で見事合格しています。
アポロ11号の月面着陸は、ニールの周囲の環境を激変させましたが、それでもニール自身は何ら変ることがなく、その名声を笠に着るようなことがついになかったと聞きます。
人間の評価というものは、その人が生を全うしたときになって初めて、もしくはそれよりもずっと後になってようやく決まるものなのかも知れないな、などど考えながら私はその式典に参列していました。
大きなホールでの式典が終わり、次に宇宙センターの入場門近くにある木立ちでTree Dedication Ceremonyが行われました。ニールの功績を称え、大きな1本の樫の木が彼に捧げられるのです。
その樫の木の前には、ニールが月面に残した最初の足跡が、写真から3Dモデルに変換されて作られた「レプリカ」として飾られていました。親しい友人たちがバラの花をその木の前に供えていきます。その中に彼の2人の息子、リック・アームストロングとマーク・アームストロングがいました。遺族を代表して、その兄弟2人が順番にスピーチを行いました。
木の前に供えられたバラの花とニールが月面に残した足跡のレプリカ
最初に、弟のマークが木陰に設置されたマイクの前に立ちました。
「私はもうずっと長い間、親父の影の中で生きてきました」
そこでマークは一呼吸おいて、自らの父に捧げられた大きな木を仰ぎ見ながら、こう続けました。
「親父、今こうして話している間も、私は親父の影の中にいるよ」
これには会場中がどっと沸きました。偉大すぎる父を持つ子として、余人には想像のつかない苦労や苦悩もあったでしょう。それを爽やかなジョークに変えた見事な瞬間でした。
続いて兄のリックの番です。ウィットに富んだ弟のスピーチの後で、どんなスピーチを披露するのか、私は興味津々で聞いていました。父そっくりの顔に、穏やかな表情を浮かべながらリックは話し始めました。
「親父には多くのことを教わりました。今日はその中の1つを紹介したいと思います。
・・・あれは私が12歳の時です。世の一般的な12歳の男の子というのがそうであるように、私もまた恐れを知らない子供でした。
当時、我が家には原動機付きのダートバイクがあって、これまた世の一般的な12歳の男の子がそうであるように、私はいつも親父にそれに乗らせてくれとせがんだものでした。
ある日、しつこくせがむ私を親父はガレージに連れて行きました。私は興奮しました。
親父はこう言いました。『バイクに乗せてやってもいい。ただし、1つだけ条件がある。』
私はそらきた、と思いました。どうせちゃんと勉強をしろだの、家の手伝いをしろだの、そんなところだろう、と。どんな条件を出されても、その時は呑むつもりでした。
ところが、親父はおもむろにバイクを床に寝かせてこう言ったのです。
『これを立ち上げてみろ』、と。
私は、そんなことは造作もないと、バイクを立たせようとしました。・・・ところが。
バイクは、ただの1インチさえも、持ち上がらなかったのです。
これには私は一言も返す言葉がなかった。
こんなこともありました。ある晩、ベッドで目を覚ますと、部屋の中に煙が充満していたのです。何が起こっているのかわからず呆然としていると、親父が部屋に飛び込んできて、『火事だ!』と言って私を急いで外へ連れ出したのです」
そこでリックは少し言葉を詰まらせ、涙ぐみながら父の木を見上げると、天に向かって語りかけるように続けました。
「―――親父。親父には、大きな借りがあるなあ」
リックのスピーチは、私の胸を打ちました。
人類初の月面着陸で、その名を歴史に刻んだニール・アームストロング飛行士。その彼が、1人の父としても偉大な男であったことを印象づける、見事なスピーチでした。
“Missing man formation”でジョンソン宇宙センター上空を飛行するT-38
セレモニーの締めくくりは、4機のT-38によるFly-overです。V字型の綺麗な編隊を組んだT-38が、こちらに向かって飛んでくるのが見えました。あの中には私のクラスメートも数人、パイロットとして、もしくは後席要員として乗っているはずです。ジョンソン宇宙センターの真上まで来ると、4機のうちの1機が一気に機首を上げ、天に向かって急上昇していきます。
”Missing man formation“と呼ばれる隊形です。
会場の人々は皆一様に、4機のT-38が見えなくなるまで、いつまでもいつまでも空を見上げていました。
※写真の出典はJAXA/NASA
みなさん、こんにちは。宇宙飛行士の金井宣茂です。
先日、アメリカの将来の宇宙開発を担う新しい宇宙飛行士8人が選ばれたというニュースがありました。
油井飛行士、大西飛行士とわたしが選ばれた2009年(実際の募集・選抜期間は2008年)は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ、カナダ、そして日本が同時に自国の宇宙飛行士の選抜を行ったビッグイヤーでしたが、今年はアメリカ(NASA)のみの宇宙飛行士選抜です。
有人宇宙開発については、巨額の経費がかかっていることや、それに見合う成果がはたして得られているのか?という疑問など、世界的に見ても、厳しい意見が多いように感じるのですが、あえてこの時期に将来の宇宙飛行士を選抜したのは、「アメリカは、今後も世界の有人宇宙活動をリードしていく立場にあるんだ」というメッセージのようにも感じられます。
実際、いくつもの民間の会社が独自に有人宇宙船を開発していたり、政府組織であるNASAもアステロイド(小惑星)を月の引力圏まで引っ張ってきて、そこに宇宙飛行士を派遣して探査をするという壮大な計画を検討していたりと、ヒューストンで働いていると、アメリカという国家全体としての有人宇宙開発に対する意気込みのようなものを強く感じます。
一方、現場の宇宙飛行士室では、同期(アメリカ人)の面々から「やった~これで一番下っ端じゃなくなる。いろいろな雑用をしなくて済む~!」という喜びの声も上がっています。
将来の有人計画も注目していくべき大切な話題ではありますが、誰がオフィスのコーヒー豆を買ってくるかとか、その代金をどうやってみんなから徴収するかとか、そういった一見ささいことも(宇宙開発には限らないでしょうが)現場の士気という観点ではとても重要だったりします。
もっとも、宇宙飛行士の先輩も同期も、びっくりするほど協調精神があって、「じゃあ、自分がオフィスのコーヒーを買ってきます」とか「お金は自分が集めます」とか、面倒に感じるような雑用でも、ほとんどの人が、自分から進んでみんなのために働こうとします。
これは実際のミッションのサポート業務であっても一緒で、たとえば宇宙ステーションの重要な部品が壊れて急きょ船外活動で修理しないといけない・・・なんて緊急事態が起こると、「俺が前回宇宙滞在してたときに、同じ部品の修理をやったことがあるから、徹夜して手順書を作るわ!」「じゃあ、わたしはあなたが出るはずだった会議に代わりに参加するね」「自分はプールで船外活動の訓練の予定があるので、出来上がった手順を検証してきます」などと、みんなで一斉に問題解決に動き出します。
直接関係してない人からも、「今は特別な案件は抱えていないから、手伝えることがあったら何でも言ってくれ!」なんてメールが飛びかいます。
「狭い宇宙ステーションでずっと一緒にいて喧嘩などしないんですか?」などと質問されることがありますが、こんな風に、自分のことより先に周りの人のことを気遣うような先輩や同期と一緒だと、とても申し訳なくて喧嘩などできません。
ところで、このコラムのご意見・ご感想で、「自分も宇宙飛行士を目指しています!」というコメントを何通もいただいており、とても心強く感じています。
「宇宙飛行士になるにはどうしたらいいんですか?」というのもよく受ける質問なのですが、自分のことだけでなく「どうしたら周りの人の手助けができるか?」、「どうしたらグループとしての目標を達成しやすくなるのか?」、ということを普段から考えるようにしてみるのも良いのではないかと、個人的には思います。
そのためのメンタルトレーニング・・・というわけではありませんが、宇宙飛行士同士のチームワークを養成するために、普段の職場を離れた場所で、さまざまなリーダーシップ訓練を行っています。
油井飛行士や大西飛行士が参加した、フロリダ沖海底にある「アクエリアス」水中施設でのNEEMO(ニーモ)訓練や、野口飛行士やわたしも参加したイタリア・サルディニア島での洞窟探査・CAVES(ケーブズ)訓練、アメリカ各地で実施される野外リーダーシップ訓練であるNOLS(ノルス)訓練などがそれです。
一緒に洞窟探査を行った仲間たち。右上より、トーマ(仏)、ランディ(米)、ティム(英)。左上より、自分、セルゲイ(露)。彼らとならば、火星まで数年がかりのミッションに行ってもうまくやって行ける気がします
“宇宙”飛行士なのに、荒野や、洞窟や、水の中など、野外の自然環境の中で過ごすような訓練が多いのはちょっと不思議な気もしますが、宇宙空間も、言ってみれば究極・極限の過酷な自然環境ととらえれば、野外での不自由さに耐え、自然や事故・ケガなどのリスクと向き合い、仲間とともに困難を乗り越えて行くという体験は、実際の宇宙ミッションに直結する訓練なのかもしれません。(実際に宇宙に行ったことのない自分が言うのも何ですが)
わたし自身は、将来のミッションへの任命を待つ身ですが、「こいつになら任務を任せられる」とチームメート(宇宙飛行士だけでなく、地上の管制官や、運用を担当する技術者やマネージャーを含め)から信頼を受けられるように、日々の訓練や業務を頑張るのが、宇宙飛行士修行と考えています。
※写真の出典はJAXA/ESA/V.Crobu
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