JAXA宇宙飛行士活動レポート 2013年4月
最終更新日:2013年5月22日
JAXA宇宙飛行士の2013年4月の活動状況についてご紹介します。
若田宇宙飛行士のISS長期滞在に向けた訓練
国際宇宙ステーション(ISS)の第38次/第39次長期滞在クルーである若田宇宙飛行士は、ドイツにある欧州宇宙機関(ESA)の欧州宇宙飛行士センター(European Astronaut Centre: EAC)と、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センター(Gagarin Cosmonaut Training Center: GCTC)を訪れ、ISS長期滞在に向けた訓練を行いました。
ドイツのEACでは、4月9日から11日にかけて、ISS長期滞在をともにするNASAのリチャード・マストラキオ宇宙飛行士と一緒に、「コロンバス」(欧州実験棟)と欧州補給機(Automated Transfer Vehicle: ATV)の運用に関わる訓練を行いました。コロンバスについては、システム機器と実験機器の使用方法および交換方法を確認し、ATVについては、打上げから役目を終えて再突入するまでのミッションの流れや機体の概要を確認したほか、ISSに結合しているATVで火災や急減圧などの緊急事態が発生した場合の対処方法や、ATVとISS間の物資の移送に関する訓練を行いました。
4月下旬からは、ロシアのGCTCで、ソユーズTMA-09M宇宙船(35S)に搭乗するクルーの飛行前最終訓練にバックアップクルー(交代要員)として参加し、ISSのロシアモジュールとソユーズ宇宙船の集中的な訓練を行いました。
ソユーズ宇宙船の最終試験に臨む若田宇宙飛行士らバックアップクルー(出典:JAXA/GCTC)
そして、訓練の総仕上げである最終試験が4月25日から始まり、35Sのプライムクルーとともに、若田宇宙飛行士らバックアップクルーも最終試験に臨みました。
試験は、プライムクルーとバックアップクルーに分かれてシミュレータを使用して実施され、ソユーズ宇宙船が打ち上げられてからドッキングするまでの間の運用と、ISS滞在中のロシアモジュールの運用を想定し、様々なトラブルに対処しながら運用を進める技量が問われました。ソユーズ宇宙船が打ち上げられてから約6時間後(地球4周回後)にISSにドッキングする運用シナリオにおいては、地上のミッションコントロールと通信するための機器の故障や、船内の空気を浄化する機器の故障などに対処し、かつISSへのドッキングは、マニュアル操縦で安全に実行する能力が試されました。8時間以上に渡って実施されたISS滞在中のロシアモジュールでの作業を想定した試験では、急減圧発生などの異常への対応力が試されました。
シミュレーションの結果、プライムクルー、バックアップクルーともに試験に合格し、ソユーズTMA-09M宇宙船に搭乗するクルーとして正式に承認されました。35Sクルーが搭乗するソユーズTMA-09M宇宙船は、日本時間の5月29日に打ち上げられる予定です。
油井宇宙飛行士のISS長期滞在に向けた訓練
国際宇宙ステーション(ISS)の第44次/第45次長期滞在クルーである油井宇宙飛行士は、ISS長期滞在に向けた訓練を継続しています。
油井宇宙飛行士は、3月末に米国からロシアに移動し、4月はガガーリン宇宙飛行士訓練センター(Gagarin Cosmonaut Training Center: GCTC)で、ソユーズ宇宙船の姿勢制御や軌道制御に関連するシステムについて訓練を行いました。
講義やシミュレータを使用した訓練を通して、ソユーズ宇宙船の姿勢変更時や軌道変更時に、刻々と状況が遷り変っていく中でクルーが実行するシステムの操作に関する知識・技術を深めました。
大西、金井両宇宙飛行士が「きぼう」日本実験棟訓練を実施
大西宇宙飛行士と金井宇宙飛行士は、筑波宇宙センターにて、「きぼう」日本実験棟に関わる訓練を4月15日から18日にかけて実施しました。
ふたりは、「きぼう」ロボットアームのスペシャリストとして認定を受けるために、ロボットアームに関わる訓練を中心に行いました。ロボットアームに異常が発生した際の対処訓練では、異常発生箇所の隔離や復旧に向けて適切な手順を実行するための知識や、故障の影響でロボットアームの機能が制約を受ける状況下でのロボットアーム操作技術および運用継続を評価するための知識などを習熟しました。
大西宇宙飛行士は、この訓練に先立ち、定常運用時のロボットアーム操作や、ロボットアームの運用を視覚的に支援するカメラの操作に慣れるための訓練を行いました。また、実運用を想定して、エアロックや船外装置の取付け機構などのシステムとの連携を意識したロボットアームの運用知識・技術についても身につけました。
今回の訓練期間中の最後には、スペシャリストとしての技量を評価するための試験が行われ、ふたりはスペシャリストとしての認定を受けました。
ロボットアームの訓練以外に、大西宇宙飛行士は「きぼう」での実験に使用する装置の概要についても学びました。
星出宇宙飛行士、母校の茗溪学園を訪れ報告会を実施
報告会の様子(出典:JAXA)
星出宇宙飛行士は、茨城県つくば市にある母校の茗溪学園中学校・高等学校を訪れ、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在ミッションの報告会を行いました。
星出宇宙飛行士は、映像を交えながらミッションの様子を紹介した後、生徒からの質問に答えました。生徒たちからは、「宇宙に果てはあると思うか」、「宇宙に生物はいると思うか」といった有人宇宙開発の枠を越えた宇宙に関する質問から、「宇宙飛行士になるためにどのような努力をしたか」、「夢をかなえるモチベーションは何か」といった、将来の夢に向かう生徒の熱のこもった質問など、さまざまな質問が寄せられました。宇宙飛行士になるために努力したことについては、「英語や国際感覚を身に付けることは必須であると考え、高校二年生で留学した。また、宇宙飛行士選抜に3度挑戦したが、落ちた時でも次に何をすべきかを考えて再チャレンジした」と、在学当時や選抜当時を振り返りました。
生徒たちからの質問に答えた後には、ISS滞在中にARISSスクールコンタクトの一環でアマチュア無線交信を行った生徒らと、記念撮影を行いました。母校訪問の最後に、星出宇宙飛行士は、自身も在学期間中に身を寄せていた学生寮で、生徒たちと一緒になって桜の苗木の植樹を行いました。
大西宇宙飛行士、特別公開で講演を実施
大西宇宙飛行士は、科学技術週間に合わせて4月20日に開催された施設公開イベント「筑波宇宙センター特別公開」において、来場した一般の方々を対象に講演を行いました。
大西宇宙飛行士は講演を三度実施し、国際宇宙ステーション(ISS)と「きぼう」日本実験棟、宇宙での生活、微小重力環境で起こる特異な現象などを紹介しました。
この他に、大西宇宙飛行士自身がこれまでに経験した航空機による無重力体験訓練や、米国フロリダ沖の海底施設に一週間滞在した極限環境訓練などについても紹介しました。
宇宙飛行士候補者選抜試験の話題にも触れ、最終選抜試験で行われた1週間に及ぶ閉鎖環境試験では、「本来の自分の姿を出せたことが良かったのではないか」と当時を振り返りました。
会場の子供から質問を受ける大西宇宙飛行士(出典:JAXA)
会場からの質問コーナーでは、宇宙飛行士を目指したきっかけや、これまでの訓練で大変だったこと、宇宙でしたいことなど様々な質問が寄せられました。宇宙飛行士になるために大切なことを聞かれると、「一番苦しいときにどう頑張って乗り越えてきたかが一番大事。物事がうまく行っているときは人は成長しない。苦しいこと、嫌いなことを頑張ることが自分を成長させる大きな力になる」と、答えました。
この日の最後の講演において、大西宇宙飛行士は、会場に集まった子供たちに向けて、「資源の無い小さな国である日本が世界を相手にするためには、技術が大きな武器になる。今小さいお子さんたちが日本の将来を支えて行くことになるので、この機会に科学に興味を持って勉強してほしい」と、メッセージを送りました。
- 平成25年度科学技術週間 筑波宇宙センター特別公開
野口宇宙飛行士、ソチ冬季オリンピックに向けた研修会に招かれ講演を実施
講演後の記念撮影の様子(出典:アフロスポーツ)
4月21日、野口宇宙飛行士は、日本オリンピック委員会(JOC)が2014年のソチ冬季オリンピックに向けて開催した研修会「The Building up Team Japan 2013 for Sochi」に招かれ、日本代表選手団候補選手らを前に講演を行いました。
講演で、野口宇宙飛行士は、ソユーズ宇宙船の打上げから帰還までのミッションの流れを解説したほか、選手らからの質問に答えました。
野口宇宙飛行士は、緊急事態などの時間に限りがある事態を想定した訓練を行う際に「ただ焦って取り組むのではなく、『Slower is faster』(急がば回れ)の気持ちで取り組んだ」と、訓練に臨む際の心境などを語り、選手たちは普段交流を持たない宇宙飛行士の仕事や訓練の話に、とても興味を持った様子で聞き入っていました。
油井・大西・金井宇宙飛行士による活動報告「新米宇宙飛行士最前線!」
今月は、完全にロシアでソユーズ訓練一色でした。星の街で訓練をしている際は、家族が居ないので、完全に訓練のみに集中しています。家族にとっては、お父さんが居ない期間が長く、とても大変です。しかし、全力で訓練に取り組まなければ膨大な知識や技能を習得出来ないので、私の訓練環境としては最高なのです。実は、今回の訓練で学んだ軌道・姿勢制御系の学科は、最も難しい学科のうちの一つで「この試験に合格しないうちは、結婚してはいけない!」なんて冗談も聞きます。他の多くの職業も同様だと思いますが、基本的にはしっかりと良い仕事をしようとすると、家族の協力が必要不可欠です。お互いに家族への感謝は忘れないようにしましょうね。
ソユーズの訓練を受けていると、アメリカでパイロットになるための訓練を受けていた時の事を思い出します!そして、若返った気がしてしまうのです!43才の私が23才の時と同じ様に挑戦している事が幸せですし、機会を与えて頂いた事に感謝しています。(出典:JAXA/GCTC)
さて、今回色々なロシア人の方々と話している中で「人の幸せもそれぞれだな」と思った事がありましたので、少し紹介します。
ロシア人の日本人に対する印象は、とても良いようで、特に日本人の勤勉さを誉めてくださる方が多いです。実際、日本人の私自身がいうのも何ですが、私の周りにいる日本人は本当によく働くと思います。私の勉強ぶりを見て、誉めてくれるロシア人も多いのですが、私がよく言うのは「他の日本人は私よりももっと働きます。私自身も飛行士の訓練中は、睡眠時間も取れるし、寝袋で寝るわけでもないので、以前よりも働いていません。」という話をします。そこまで話すと、一部の方々は、そこまで仕事をするという事が理解出来ない様子で、「一体何の為の人生なんだ?」「お前はそれで幸せなのか?」と真剣に質問をされることがありました。以前お話しましたが、私の人生の目標であり幸福は、他の多くの方々の為に貢献する事ですので、そのためには、どんなに沢山仕事をしても幸せです。一方で、余りに仕事に集中しすぎると、家族へのケアーが疎かになり、家族の不満(特に妻?)が溜まってきます。そこで、あくまで仕事に軸足を置くのか、家族に軸足を置くのかは、意見が別れるところでしょう。
実際にロシアで会話をしている時も「仕事を一生懸命頑張っているのは、家族の為であり、世の中の為なのだから、家族がお父さんを愛しているなら、多少の事は我慢すべきだ!」という方もいましたし「仕事をして家族と過ごす時間が無いなんて、何の為に仕事をしているんだ!家族を疎かにするなんて本末転倒だ!」という意見も聞きました。思ったのは、お国柄、男女の差などはあるにしろ、色々な考え方の人がいて、それぞれの人の幸せの感じ方も異なるのだという事です。これは、実は当たり前の事で、それぞれの考え方を尊重しながら、自分の考え方を人に押し付けない事が、結局のところ多くの方が幸せを感じる秘訣かな?などと考えました。結婚してこれから家庭を築く方々や既に築いている方々も、一度しっかりと時間をとって話し合い、お互いの考え方を認識しておく事が大切かもしれませんね。相手をよく知った上でないと、相手に対する思いやりも、結局独りよがりになり、気持ちが通じませんからね。
少し話は変わりますが、最近、日本を取り巻く環境をみながら、他国との信頼関係を築く事の難しさを痛切に感じます。冷静に考えれば、憎しみから明るい未来が生まれることが無いのはわかるのですが、人間は、どうしても自分の立場や組織など身近な物の直接的利益を優先させる傾向があるのかもしれません。でも、先輩宇宙飛行士の方々をみると、些細な争いは勿論、国同士の争いなども超越している方々が多い気がします。人が宇宙に行くということは、本当に特別な意味があって、科学分野だけでなく文化・芸術なども含め、人類が新たな段階に進むための重大なステップなのかもしれませんね。以前、戦争という人類が長い歴史の中で継続してきた活動を、真剣に研究してきた私がそのように感じるのです。本当に何らかの真実があるのかも…私が宇宙に行ってきたら、その辺りの経験、感想をお話しするとともに、より多くの方が幸せに暮らせる世界のために更に頑張ります!
今回も、あまり、宇宙の話とは関係がない話をしてしまいました。次回は、宇宙開発関連の話題を書きますので、楽しみにしていてくださいね。
週末は、モスクワで気分転換です。私の両隣のワンちゃん達を、ご存知ですか?初めて宇宙に行って生還した、ベルカとストレルカです。彼女達は、野良犬だったそうです。宇宙飛行の他にも、ニュース報道の事も考え、多くの犬の中から、従順で可愛らしい犬が選ばれたようです。(とロシア語のドキュメンタリーで言っていたような…私の聞き取り能力によると…)(出典:JAXA)
去る4月20日、少し肌寒い中、筑波宇宙センターの特別公開にお越し下さった方々、どうもありがとうございました!
今回、ちょうど「きぼう」のロボットアームと実験装置に関する訓練のための帰国と重なり、講演をさせて頂く機会に恵まれたのですが、実はまだまだ講演というものに慣れておらず、とても緊張しました。というのも、これまでは大体新人宇宙飛行士3人で揃ってイベントに参加していたので、1人でやるという機会がほとんどなかったからです。言ってみればずっとバンドで活動してきたミュージシャンが、ソロ活動を開始するといったところでしょうか。その心細さたるや、相当なものがあります。
当日のスケジュールも、3回の講演に加えていくつかの取材や他のイベントへの参加など、終日分刻みのスケジュールになっていて、当初予定表を頂いた時には思わず目が点になってしまいました。
とまあかなり不安な気持ちで始まった特別公開だったのですが、いざイベントが始まるとこれが楽しいのなんの。やっぱり実際に皆さんと直接お話ができる機会は良いな、と思いました。
Q&Aコーナーでは、皆さんが抱いている様々な疑問に私なりにお答えすることが出来て嬉しかったです。特に、お子さんたちの質問は時としてとてもユニークで、こちらまで楽しくなってしまいます。
このQ&Aというのは答える側からすると結構大変なもので、頭の中で瞬時に答えをまとめなければいけないのですが、難しい質問になると時には話を始めつつ頭の中はフル回転で並行して自分の考えを整理していくといったことをやったりします。そうすると、言葉がカミカミになってしまったり、要領を得ない支離滅裂な回答になってしまったりして、後で反省することもしきりです。日頃から自分の意見を整理しておくというのは、とても大事なことだと感じました。
ところで、今回の講演で最も冷や汗をかいた瞬間は次のようなものでした。
あれは確か3回目の講演だったと思いますが、Q&Aコーナーで皆さんからの質問を受けている時に、一人の男の子が手を挙げました。
その男の子は、自分が当てられたと知ると、少し緊張してもじもじしながらやがて口を開きました。
「宇宙で、おならをするとどうなりますか?」
・・・私は完全に意表をつかれました。
『宇宙』というスケールの大きな科学的な言葉と、『おなら』という私たち人間のある意味ユーモラスな生理的現象とのギャップが私の意表をついたのです。
子供らしい、素朴な疑問なのですが、実際に宇宙に滞在したことのまだない私にとっては、難しい問題です。何しろ、訓練でそんなこと誰も教えてくれません。なのでここは私の知っている知識を使って答えるしかありません。私は必死で頭の中で考えました。
この時、私は『おなら=臭い』であると考え、この質問を「宇宙では臭いはどうなるか?」という質問に置き換えることにしたのです(この間、約5秒)。
そうするとこの子供らしい疑問が、実は宇宙での無重力状態での生活の特徴を鋭く突いていると思えてきたのです。
地上では、私たちの周りの空気は絶えず動いています。その理由の1つは、温かい空気は軽いので上へ、冷たい空気は重いので下の方へと動く熱対流が存在するからです。これは重力によるものです。無重力状態では、この熱対流が働かない為、空気の循環は地上よりも少なくなります。極端な話、ずっと一箇所に留まっていると、自分の吐く二酸化炭素が周りに溜まっていって酸素が薄くなっていくようなことになります。
その為、宇宙ステーションには空気を強制的に循環させるファン(扇風機のようなもの)がいくつも設置されています。空気の循環というものは、無重力空間では非常に大切なものなのです。
男の子がそういった知識をもった上でその質問をしてくれたのかはわかりません。けれども、子供らしい無邪気な質問が、ある物事の本質を突いていたことは確かです。私は宇宙ステーションにおける空気の循環システムの重要性について触れ、宇宙では地上よりも臭いが留まりやすいので、臭いが拡散するまで十分気をつけて!といった回答をその男の子にしたのでした。・・・内心冷や汗をかきながら。
講演は無事終わりましたが、この話にはまだ続きがあります。
日本での訓練とイベントを終えて、ヒューストンに帰る飛行機の中、私は特別公開のことを振り返っていました。そうして、例の男の子からの質問について思い出した時、私は自分がとんでもない思い違いをしていた可能性に気付いたのです。
その思い違いというのは、『おなら=臭い』と考えたことです。
でも『おなら』を物理的視点で考える時、忘れてはいけない側面があります。それは、『おなら=体内からのガスの噴射』という点です。
そのことに気付いたとき、私は愕然としました。ひょっとしたら、あの男の子は無重力空間でおならをすると、その反作用で体が進むか?ということが聞きたかったのではないだろうか!?
よくギャグ漫画などで、おならを推進力に空を飛んだりするあのイメージです。
男の子の質問の真意がどこにあったのか、今となっては知ることは出来ませんが、私はこの問題についてもっと深く考えなくてはならないと思いました。
理論的には、何らかのガスが噴射される以上、反作用は生じるはずです。ただ、そのガス(おなら)の噴射ベクトルを、体の重心方向とそれに直角な方向成分に分解してやる必要がありそうです。その場合、重心方向の成分が実際の推進力に、もう1つの成分は重心を中心に体を回転させるモーメントを生じさせることになるのでしょうか。となると、最も効率的に推進力を得るには、体の重心から真っ直ぐ遠ざかる方向へおならを噴射する必要が・・・(以下、略)。
うーむ、これだけでも論文が1本くらい書けそうです。私が途方にくれていたある日、運動用のジムで先輩の古川飛行士にお会いしたので、思い切って聞いてみることにしました。
私「古川さん、ちょっと変なことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
古川さん「(笑顔で)ええ、どうぞどうぞ、何でも聞いて下さい」
私「あの、先日の特別公開でかくかくしかじかで、こういった質問を受けたのですが、宇宙でおならをすると、体が動いたりするのでしょうか?」
古川さん「(笑顔で)ああ~、それですか。前に計算したことがあるんですが(エッ!?)、かなり大きいおならをしないと無理そうですね。実際には体感できるような反動はないんです」
私「はあ~、やっぱりそうですか。体とおならの質量の差が大きすぎるからでしょうか」
古川さん「そうなんです。意外と体を動かすのは大変で、例えば空中で一生懸命平泳ぎのように空気をかいても、本当にゆっくりとしか進まないんですよ」
私「なるほど。疑問が解けました、どうもありがとうございました!」
どうやら理論的には間違っていなさそうですが、いかんせんおならの質量が小さ過ぎて、実際に体感できるような推力は発生しないようですね。(古川さん、急な質問にも快く答えて下さり、どうもありがとうございました)
いかがですか?子供ならではの視点、大人も学べることが多いと思いませんか?
※写真の出典はJAXA
みなさん、こんにちは。宇宙飛行士の金井宣茂です。
これまで、約2年間にわたる宇宙飛行士候補者訓練と、それに引き続いて1年くらいかけてロシアを初めとした宇宙ステーション参加各国での特別訓練を受け、国際宇宙ステーションのシステムを学んできましたが、その後もまだまだ、宇宙飛行士“修行”は続いています。
教室でのレクチャーや、目の前の模型やシミュレーターあるいは実際の航空機を使った実技的な訓練ばかりでなく、NASA宇宙飛行士室の一員としてさまざまな会議に出席して情報を集めたり、軌道上のクルーが科学実験を行うための手順書を検証したり、管制官のシミュレーションに参加して支援をしたりと、それ自体は“訓練”とは言えませんが、将来のための貴重な経験の積み重ねとなるような活動も行っています。
今回は、管制官のシミュレーションをご紹介してみたいと思います。
国際宇宙ステーションは、24時間365日体制で、世界各国のミッション・コントロールセンターから管制を受けており、その主役が、フライトディレクターに率いられた各国選りすぐりの管制官チームです。
運用中の「きぼう」の管制室です。彼らが24時間365日体制で宇宙ステーションの「きぼう」を見守っています。(出典:JAXA)
1日3交代制のシフトをひいて常に宇宙ステーションをコントロールしている管制官ですが、実際の運用業務とは別に、常に訓練を行って不具合や緊急事態に対処するための能力を磨いたり、新しい人材を教育したりもしています。
ちなみに宇宙飛行士も、この管制官チームの一員として活動を行うことがあります。大西飛行士がやっているようなキャプコム(宇宙船コミュニケーター)という役割がそれで、ミッション・コントロール・センターを代表して、軌道上の宇宙飛行士と交信を行います。
いろいろな役割に分かれている管制官たちが、自分の仕事に関して、それぞれ勝手に宇宙飛行士と交信を始めてしまうと収拾がつかなくなってしまうので、“交信(コミュニケーション)”を専門とする管制官が1人おかれているのです。歴史的には、コミュニケーションの担当は、同じような訓練・経験を積んでいる宇宙飛行士が担当するのが慣例となっていたそうですが、宇宙ステーションの時代では、宇宙飛行士以外のキャプコムも多く活躍しています。
ちなみにわたし自身は、キャプコムとしての訓練を受けていませんので、実際の宇宙ステーションの運用には直接タッチはしていません。もっぱら、管制官の訓練のためのシミュレーションへ“クルー役”での出演をしています。
さて、そのシミュレーションですが、訓練を受ける側の管制官チームは、訓練用の管制室で、実際のミッションで使われるものとほとんど変わらないシステムで、“仮想の”宇宙ステーションを安全に運行します。
一方、訓練をする側のインストラクター・チームは、別の建物にあるシミュレーターを操作して、訓練の上での“仮想”宇宙ステーションに実にさまざまな不具合を発生させていきます。
クルーを演じるわたしはというと、インストラクターたちのいる部屋のすぐ隣のモックアップ(実物大模型)にこもって、宇宙ステーションで活動する宇宙飛行士を演じます。
管制官のための訓練ですので、宇宙飛行士も(わざと)さまざまな失敗をやらかします。
「ヒューストン、こちら宇宙ステーション。問題が発生した」
映画で聞いたことがあるようなフレーズで、マイクを使って管制室のキャプコムに声をかけます。
「トイレを使っていたら、急に赤ランプがついて止まってしまったんだけど、どうしたらいい?」
「実験の途中で手順を抜かしてしまったのに気づいたのだけれど、どうしよう?」
「ゴメン、作業の途中でネジが曲がってしまってパネルが締まらなくなっちゃった」
インストラクターからの指示に従って、さまざまな不具合や失敗を、次々に報告します。
そのたびに、キャプコムから、
「状況は理解した。こちらで相談して次の処置を指示するから、待機していてくれ」
と返事が返ってきます。
管制室内部のやり取りを宇宙ステーションにいるクルーは聞くことはできないのですが、担当の管制官が宇宙ステーションから送られてくる信号をコンピュータでチェックして状況を確認したり、技術資料のページをめくってデータを調べたり、フライトディレクターに指示を仰いだりしているはずです。
クルーからの報告だけでなく、同時並行で、宇宙飛行士の見えない(普通に生活している分には気づかない)ところでも、コンピュータの通信が止まったり、電気を配電する機械が壊れたり、ポンプが止まったりと、いろいろな不具合がどんどん起こりますので、管制室からいろんなコマンドを打って対処します。
現実世界で、故障や不具合がそんなに続けざまに起こることはありえませんが、シミュレーションの現場は、戦場のような慌しさのはずです。
宇宙飛行士も実際の宇宙ステーションの中では、いろいろな作業に追われて大忙しですが、シミュレーションでは、不具合を報告した後は待機状態。
「今ごろ、管制室は大忙しだろうな」
などと、のん気なものです。
しばらくすると、
「こちらヒューストン。それでは故障した部分を写真に撮って、復旧手順のステップ4と5を進めてくれ」
などと、キャプコムからの交信が返ってきます。
ときには、
「実は電気系の故障が見つかったので、アラームが鳴るかもしれないけれど、管制室から復旧コマンドを打って対処するから気にしないで大丈夫」
「どうやら冷却用の水が漏れているようだ。このままだとシステムがダウンしてしまうので、科学実験のほうは途中で中断して、どこが水漏れしているか、すぐに確認してくれ。場所は・・・」
などと、優先順位に従って、まったく別の状況説明や指示が飛んでくることもあります。
管制センターの対応や指示が妥当かどうかを判定するのはインストラクター・チームの仕事です。
管制官の発信したコマンドに応じて、宇宙ステーションの状況をシミュレーターに反映させたり、「じゃあ、10分たったら水漏れが○○で見つかったって報告してくれ。もし量を聞かれたら××ccくらいって答えて欲しいけれど、聞かれなかったら、わざと黙ってて」などと、クルー役のわたしに、こっそり耳打ちしたりしてきます。
毎回シミュレーションに参加するたびごとに、新しいシナリオを経験するのですが、その内容がとても練られているのには感心してしまいます。
例えば、シミュレーションが始まる際の前提条件で、2つある姿勢制御コンピュータのうち1つがメンテナンスのため動いていないというところからスタートしたとします。管制官もいざというときのことを考えて、1つしか動いていないコンピュータが故障した際に、メンテナンス中のコンピュータをすぐ使えるようにする準備を整えておくのですが、別の電気系の異常でメンテナンス中のコンピュータのスイッチをオンすることができなくなるとか、通信系の異常でバックアップコンピュータに最新のデータを送ることができなくなるとか、とにかく二重三重にも罠が張られているのです。
自分が試されるわけではないのですが、「うわ、えげつない~」と、ちょっと同情したくなります。
宇宙飛行士の立場としては、管制官を少しでもサポートして宇宙ステーションを安全に運行する手伝いをしたいところですが、複雑なシステムのほとんどは管制センターからのコマンド通信によって制御されているので、①現場の状況を報告し(シミュレーションでは、インストラクターの説明の通りにしゃべる)、②キャプコムの指示に忠実に行動する(シミュレーションでは、インストラクターがシミュレーターに情報を入力する)ことくらいしかできません。
管制官のための訓練ですから、まあ、仕方ありません。
逆に宇宙飛行士の訓練だと、「今、なんらかの状況で管制センターからコマンドが打てない状況にある」という前提で、宇宙飛行士と宇宙ステーションの安全を確保するための最小限の手順を、独力で実施する練習を繰り返します。
宇宙ステーションの安全な運行が、いかに地上の管制センターに依存しているか実感させられます。
このような、管制官の厳しい訓練を受けているのを間近に見ていますので、実際のミッションに際しても、「この人たちの指示の通りに行動すれば大丈夫」「こういう情報を伝えれば、うまく状況を処理してくれるばず」「全然返事が返ってこないけれど、たぶん先の細かいところまで想定して対策を練っているんだろう」と、全幅の信頼を持って一緒に仕事をすることができます。
「想定外を想定する」と、管制官の仕事っぷりを言葉で言ってしまうのは簡単ですが、実際に行動で示すためには、たゆまない研鑽と、プロフェッショナリズムに裏打ちされた自信がなくてはなりません。
『アポロ13号』で有名な伝説のフライト・ディレクターであるジーン・クランツの10カ条は、管制官だけでなく、宇宙飛行士にも、またはビジネスや他の仕事の現場にも役立つ含蓄ある教えだと思います。
この人がジーン・クランツです。(出典:NASA)
- Be proactive(積極的に行動せよ)
- Take responsibility(自ら責任を持て)
- Play flat-out(目標に向かって脇目を振らず、速やかに遂行せよ)
- Ask questions(分からないことは質問せよ)
- Test and validate all assumption(考えられることはすべて試し、確認せよ)
- Write it down(メモをとれ)
- Don't hide mistakes(ミスを隠すな)
- Know your system thoroughly(自分の仕事を熟知せよ)
- Think ahead(常に先のことを考えよ)
- Respect your teammates(仲間を尊重し、信頼せよ)
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